第46話

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「ふっ!」


息を一つ強く吐き、天井に潜むコウモリの群れの間を縫うように通り抜ける。

もちろん【影の剣】を発動している。


全滅だ。


「んー……ん。よしよし。汚れてないな」


地上近くまで降り、ケープを脱ぎ汚れを確認するが、返り血は付いていない。

腕を振り回しても全く邪魔にならないし、2組と戦闘を行ったが、コウモリはこの倒し方で正解だ。

これで浅瀬の魔物はあらかた網羅した。


先日少し早いが誕生日プレゼントとしてセリアーナから貰った、背中に大きくミュラー家の紋章が入った赤いケープ。


それを着ていたら大丈夫だろうと言われたので、セリアーナについて行くのをやめ、ダンジョンに向かうことにしたのだが……虫除けというか、冒険者避けというか……効果は大きかった。


そもそもアレクに声をかける意気地が無いから俺に来ていたわけだし、別に俺の権限が増えたとかそんなことは無いのだが、やはり紋章が胸元に小さくあるのより、これ見よがしに目立つ真っ赤なケープの背中に入っていると、インパクトがあるのだろう。

お陰様で元通りの気楽な生活に戻れた。


貴族学院はね……お行儀良くする必要があってやっぱり肩が凝る。

城の敷地内だから【浮き玉】も使えないし、歩きで移動するのは荷が重い。


やはりこちらのガサツな生活の方が合っているって事だな。


「おっと、終わった?」


魔物の核の処理を任せていたアカメが袖に潜り込んできた。

死体も全部消えている。


「よしっ。次はイノシシかな」



「ふぅ……」


イノシシの群れ4頭の討伐を終えた。

もちろん汚れも傷も無しだ。


「あら……お代わり?」


死体の処理をしようとしたところ、離れた所にいたイノシシの群れがこちらに向かって来ている事に気づいた。

ペースが少し速い気がするが、この時間帯はダンジョンも人が少ないし、こんな事もあるんだろう。


意識を死体から向かってくるイノシシの群れに改めて切り替える。

【妖精の瞳】も発動してみるが、どれも同じ程度の強さで、特別なのはいない様だ。


数は6頭と少し多いが、これなら余裕だな。


待ち伏せてもいいが、まだ先程の分の死体が転がっているし、ここは俺から攻めよう。

死体は残したままになるが……すぐ終わるし大丈夫か。


他の階層もそうなのかはわからないが、この階層の魔物は人間がいる方向はわかっても、高さまでは判別できない様で、上からなら簡単に近づけるし不意もつける。


これで行こう。


方針を決め【浮き玉】の高度を天井近くまで上げ、起伏の陰に身を隠す。

再度周囲を見回し、魔物が他にいないかも確認。


魔物も、ついでに冒険者もいないし、これなら遠慮なくやれるな。


そんなことを考えていると、先頭の1頭が見えてきた。

少し遅れて2頭目3頭目と続いているが、群れ全体がばらけている。

これなら先頭からじゃなく、最後尾から狙った方が良さそうだ。


「ふっ!」


まずは1頭目。

他のイノシシが眼下を通り過ぎていく中、最後尾を狙い急降下。

そして、首を刎ねる。


それに気づき足を止め振り返ろうとした2頭目、3頭目は、間をプロペラの様に回転しながら通り抜け、これまた首を刎ねた。


4頭目は、外側の少し離れた位置にいるから無視!


「ふっ!たぁ!」


5頭目は完全に向き直りこちらに向かって来ていたので、【緋蜂の針】を発動し、頭部を蹴り体勢を崩させてから首を刎ね、向き直りこそしても足を止めていた6頭目は、一気に接近し核を貫いた。


出来ればこいつも首を刎ねる程度にしておきたかったが、もう1頭後方に残っているし仕方が無い。


さぁ、最後の1頭、カモ……ん?


「あれ?どこいった?」


先頭を走っていたイノシシを倒したところで、外側にいたからパスしていた最後の1頭に備えようと上昇しながら振り向いたのだが、いない。


10数秒で姿が見えなくなるほど離れられないだろうし……どこだ?


辺りをキョロキョロと探していると、一つ気付いたことが。


「アカメ君?君いつの間に出ていたんだい……?」


スカートの裾から体を伸ばしているアカメ。

呼びかけに反応し振り返ったが、ほんのり目が光っている。

死体の核を齧った時に見る光だ。


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核を潰した1頭を除き、俺が倒して死体が残ったままだった4頭の核をアカメが齧り、潰すことで死体が消えていく。

アカメの目を見ると、先程と同じように少し光っている。


「う~む……」


いつも通りだ。

試しに手のひらに移動するよう念じてみるが、ちゃんとその通りに動く。

頭をツンツンと突くが特に変わりは無い。


2組目のイノシシ6頭。


そのうち俺が後回しにし倒していなかった1頭だが、やはりアカメが倒したんだろう。

潜り蛇は索敵能力こそ高いが、戦闘能力はそれほど高くないと聞いていたんだけど、音も無く倒していた。

引っ張られるような感触は無かったし、恐らく横を抜ける際に、核を一撃で潰したんだと思う。

面白いものでダンジョン内だと、魔物同士で争ったりはしないそうだが、外の魔物であるアカメは違うんだろう。


強いじゃないか……。


セリアーナが【妖精の瞳】を使った時、アカメは俺より強いとか言っていたけど、それだけじゃ無い。

身体能力だけでなく、技術的なものも感じる。


それにしても、すり抜け様に核を一撃……俺のスタイルに近い気がする。

簡単な指示には従う知恵があるし、もしかしたら学んだのかもしれない。


手のひらから体を伸ばし、俺を見つめているが……ダメだ。

表情が読めない。


「まぁ……いいか」


戻ったらじーさんにでも相談してみよう。

少なくとも今まで言う事聞かなかったことは無いし、従魔が強いのはいい事だ。

いつも俺の体に潜んでいるし、護衛にもなる。


そう頻繁にあることでは無いけれど、アイテムを持ち込めない場所に出入りすることもあるし、頼もしいじゃないか。


胸元からタイマーを取り出し時間を確認すると、探索を始めてから40分弱。

少し早いが帰還を始めていい頃だ。


「よし。あっちもやっちゃおう!」


まずは放置したままの4頭の処理だ!



「おや?」


ダンジョンから帰還後まっすぐ屋敷に向かい裏へ回ったのだが、裏庭でじーさん、親父さん、アイゼンそしてアイゼンの従者達が、それぞれ距離を取りつつも仲良く剣を振っている。


じーさんが剣を振っている姿はしょっちゅう見ていたから、今更驚きはしない。

なんで木剣振り下ろしたら砂塵が巻き起こるのかとか、なんで当たってないのに地面がえぐれて行くのかとか、気にはなるけど、もう驚かない!


ただ、親父さんも結構いい振りをしているのは驚いた。

脳筋のじーさんが大暴れしながら領内の開拓を進め、その間に親父さんが周辺の領地と連携し統治を進めていたそうだ。

随分早い段階からセリアーナの婚約や新領地の開拓なんかを計画し、そして実際ほぼ達成していることを考えると、優秀な人なんだろう。


何度か挨拶程度だが顔を合わせた感じ、文官肌って印象を受けたんだが……。

まぁ、辺境で開拓最前線の領主だし、強くないと務まらないか。


アイゼンとその従者達は……どうなんだろう?

あまり強そうには見えないが、アイゼンは13か14歳って事を考えると、あんなもんかもしれない。

俺の見る目はともかく、アレクも悪くは無いと言っていたし。


ただ、彼より2-3歳年上の従者達は……。


エレナは領内の若い世代で一番才能があると言われているらしい。

彼女はセリアーナが持って行って、さらに他国出身とはいえ、それなりに名の知れていたアレクもだ。

ただ、側で働く人はいても側近と呼べるのはその2人だけで、3人目は俺だったりする。


俺の場合は特別枠に近い形だが、人手が必要になるセリアーナが側近を増やさなかったのは、穿った見方をすれば彼女の眼鏡に適う人物が、ゼルキス領にはもういなかったからとも言える。


出涸らしなんて言う気は無いが……がんばれアイゼン君。


さて……じーさんは気付いているかもしれないが、ここで浮いていても気付かれるかもしれないし、裏口は諦めて窓から入るか。


どこか開いている所はないかな……。


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