第41話 知恵比べ
「もうそろそろかな」
正志は前方を見つめていたが、真っ直ぐに雨の宮殿を見つめる智子の顔を覗いた。
「智子さん……。ここで待っていて下さい。俺はこれから一人で隆さんと里見ちゃんをなんとか助けに行きますから」
青い顔だがしっかりとした口調で正志は智子を元気づけた。
「夫は、隆は無事なのでしょうか?里見ちゃんは無事なのでしょうか?」
正志は力を込めて頷く。その自信は確信で頷いたわけではなくて、やはり誠意からのものであった。
「正志さん。帰りたい……。でも、一緒にいたい……」
正志は笑顔をして、助手席の瑠璃を落ち着かせていた。瑠璃はどうしても行くと言ったが、怖いからと後部座席へ引っ込んだようだ。後部座席で肩を両手で押さえながら、俯いて震えている瑠璃に優しい眼差しを向け、智子に向かって笑顔で手を振った。
カスケーダのドアを開けて、ゆっくりと運転席に座った。そして、前方の雨の宮殿を見据える。
「いよいよだな。俺も……」
「正志さん。やっぱり引き返したい……」
狭い後部座席で小さくなっている瑠璃は蚊の泣く声を発し、泣き出しそうな顔をして、瑠璃は一瞬、運転席の正志の肩を掴み掛かろうとしたが、諦めたようで両手で顔を覆った。
正志は落ち着いて話し出す。
「雨の大将軍に俺が話してみれば、案外……何とかなるかもしれないじゃないか。そんなに怖くはないかも知れない。……きっと、説得も容易いんじゃないかな……」
正志は震える浅黒い手でハンドルを強く握ってニッコリ笑った。
正志が口達者なのは、生まれついての才能だった。学生の時から色々なイベントの実行委員などを嫌々任されていた。クラスでは人気者だが。それと同時に悩みから恋の悩みまで聞くことができる性格だった。
正志自身は、ただ単に商売と遊びには欠かせないありがたい才能だと思っていた。
「……」
高山で一人佇んだ智子は前方の雨の宮殿を見つめていた。
その顔には、穏やかさが消え、娘の幻の前で恐怖に慄いている自分自身への憂いと、隆のような行動ができないことに対する憂いとが同時にでているかのようだ。
雨の宮殿は今では大勢の人々が地面に倒れ、まるで死んでいるかのようだ。ここ天の園では、天界の人々は死なないと聞いているが……。
上空では、機関銃を乱射した脇村三兄弟と空を飛んでいる何千といる鎧武者たちが戦っている。まるで、ショーのように脇村三兄弟は機関銃で翼の生えた鎧武者を的確に撃ち落していた。何千という鎧武者が地へと落下する。
地上では象と馬に乗った人々の激しい戦いが続いていた。武器の破片が辺りに散乱するほどの激しい戦いは、この世界では死なない人々だということを忘れてしまうかのようだ。
ジョー助はカタツムリで正門に集中的に交戦している鎧武者を何十万人と完膚なきまでに叩きのめしていた。
立川ノ魚ノ助もジョー助の前では赤子も同然だったようだ。
正志はカスケーダのエンジンを点けた。
「行くか。瑠璃……」
正志は後ろにいる瑠璃の手を浅黒い手で優しく包むと、すぐさま手を放し、正志は顔を引き締めて、カスケーダの高山からジョー助に気づかれるようにクラクションを鳴らし合図をした。
猛スピードで空中を走り出そうとしたら。
その時、智子が車の助手席へと飛び込んだ。
「智子さん!!」
すぐに鎧武者の大軍からの激しい弓矢がカスケーダを襲う。
空中の何万もの鎧武者たちは翼をはためかせて、正志に迫って来た、ジョー助の白い稲妻が焼き飛ばしてくれるが……。
その結果。
数本の矢だけが、車のフロントガラスに突き刺さった。
「きゃあ!!」
瑠璃は雨の中から飛んでくる無数の矢に、悲鳴を上げる。助手席の智子は青い顔でただ前方を見つめていた。
「里見ちゃんに会いたいのは、私も同じです。正志さん行きましょう!!」
何かが吹っ切れた正志は、気を引き締めてアクセルを踏むと、今度は地上に降りるために何千メートルと下方へとカスケーダを走らせた。
空中のジョー助が援護して、数千の鎧武者を薙ぎ払う。
「行くぜー!!」
正志は雨の宮殿への架け橋を突き進んだ。
水流の牢へと怪我を負い。後ろ手に縄で両手を縛られた隆とヒロは数人の侍たちによって連れられていた。陣羽織の侍たちは皆、冷たい印象を帯びる顔をしており、いずれも、生命が無いかのように青白い顔だ。
隆は額からはベッタリと血が流れていた。
水の流れで滑りやすい通路を隆たちは歩かされ、永遠に続く左右の牢には生気のないジョシュァや服部が垣間見えた。稲垣やシンシアや父と母もいた。皆、疲れ切っているようだ。
「隆くん……」
「隆……」
恵梨香と隆太は捕われた隆の姿に涙を流す。
「俺は大丈夫だ……。みんな安心してくれ……」
隆は額の痛みを隠して、一言話すとみんなに向かって頷いた。
長い間隆たちは歩かされると、
「ここで、大人しく待っていろ」
そう一言残し侍たちは、隆たちを一番奥の牢へと入れると元来た道を帰って行った。
「里見に会いたい!! 頼む!! 会わせてくれ!!」
隆の血を吐いての悲痛な叫びは、侍たちは聞いていないかのようだ。
「落ち着いているしかないな」
ヒロは冷静に呟き、ボロボロになった体を見回した。
口は切れ、腹から腰の辺りまで盛大に流血をし、頭部からはそのまま背中へと青黒い裂傷があった。
江戸時代からでてきたような一人の痩せた牢番が、隆の面前で何やら口をもごもごとした。
「喋れないようだ。何が言いたいのか解らない」
ヒロは困った顔をしていると、牢番がこの水流の牢の上流を指差した。水流の牢の水は川のように緩やかに下方へと下っている。そして、上流には何万人と人々が捕われていた。
隆たちはその最下流に位置していた。水の流れは牢の奥の巨大な竜の口。その排水口へと静かに流れている。
「どうやら、里見ちゃんはかなり上流にいるようだね。何とかここを抜け出せれば会えるかも知れない」
「里見……」
水流の牢は腰まである澄んだ水があった。いくらヒロでもこの水の中では火は無意味だと思える。
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