第40話
何やら遥か向こう……豆粒のような裏門が騒がしくなりだし、裏門を破壊して象の群れが暴れ出した。その破壊的な暴れぶりはこの高山にもしっかりと見える規模である。
雨の宮殿の湖の底。宮殿内部の水路から黒い物体が浮上してきた。優に10万を超える鎧武者の大軍が馬に乗った状態で地上へと飛び出したのだ。四方の巨大な門にはもともと戦に備えて大砲や楯が無数にあった。
湖から現れた鎧武者の大軍は象のキャラバンに向かって嘶く馬と共に、刀を振りかざして飛行していった。
あっという間に、宮殿の回りが戦場と化した。
「ヒーハー」
象のキャラバンは雄叫びを上げて、斧や槍を振り回し、象の力強い足を頼りに猛進して行く。瞬く間に先頭が馬上の鎧武者の大軍にぶつかり、所々で金属と金属のぶつかり合う音がこだました。
脇村兄弟も驚くべき推進力の戦闘機で出発した。
戦闘機は零戦という名の戦闘機らしい。
「今です。頑張ってください。ジョー助と象のキャラバンが鎧武者の大軍を引き受けてくれます。東の門と西の門は脇村兄弟がいます。その間に、隆さんは軽トラックで正門へと橋を渡ってください。宮殿内部に入れば、鎧武者の脅威はなくなります。けれども、侍たちがいますから」
「今度は、侍ですか?」
「ええ。そこで、ヒロの出番です。雨の宮殿の人々は火を怖がりますから」
「解りました。それで、宮殿内部のどこに里見がいるんですか?」
「雨の宮殿内部にある滝壺に、地下の流水でできた牢の中にいます。そこには、これまで雨の大将軍が捕らえてきた人々もいます」
隆はそこで急に涙がでそうになったが、替わりにひどく乾いた顔をした。
「解りました」
「頑張ってください」
枯れた木に寄り掛かっていたジョー助は、下方を見つめてポケットからライターを取り出した。それを点けると、途端に青い炎が発生し、その火炎は空中へと登り、巨大な煙を発した。崖のところで、その煙はスカイブルーの巨大な繭となった。繭にボンと出入口である正四角形の穴が開き、ジョー助は高山からそれに飛び乗る。
繭の中は色々な電子機器で覆われ、ちょうど透明の椅子のような光学的な座席にジョー助が座ると、電子機器が息吹を持った。
古代の文字が羅列するモニターが四方に現れ、ジョー助は光学的な透明度のある操縦稈を握った。
「行くぞ。カタツムリ」
カタツムリと言われた繭は、崖から遥か下方の雨の宮殿へと降りて行った。
隆も軽トラックの荷台にいるヒロへ合図をするため軽くクラクションを鳴らした。隆は雨の宮殿へと向かった。
鎧武者はまた湖から数万と現れだした。
脇村兄弟は戦闘機で、かなりの距離の西の門と東の門へと向かった。
里見の顔は覚えている。何度も夢に見た。けれど、どれも悲しい顔ばかりだ……。
「もしもし。24時間のお姉さん」
正志は自分の携帯で掛けていた。
「もうそろそろです。正志さん」
「え?」
「あなたが、しようとしていることは私には解ります。でも、後、20分程待ってください。それと、智子さんは連れて行ってはいけないですよ。とても危険ですから、そこでこの戦いを見守っていてもらいましょう」
正志はゆっくりと頷いた。
猛スピードで隆の乗った軽トラックは1800メートルの幅がある架け橋を走っていた。
数十万を超える鎧武者が前方から弓矢を放ち、突進してきた。数多の大砲は火を吹いた。その先頭に一際戦いに備えた鎧武者の立川ノ魚ノ助が架け橋の中央に仁王立ちして刀を構えた。
前方が突然、白く発光した。
隆は雷が爆発した時の音なのではと解るのに、しばらくかかった。ジョー助の繭が目の前を通り過ぎる。
「ふぇ……凄いな…………」
隆は震えた声を漏らし、前方で鎧武者の大軍に、見たこともない白い光を四方に発しているジョー助の繭を見た。
繭が発光すると、一筋の光線となり、その光で多くの鎧武者を矢や弾と同時に遥か遠くへと焼き飛ばした。
立川ノ魚ノ助はジョー助の白い光を回避し、カタツムリへと飛び掛かかり。刀を振り回した。
カタツムリと呼ばれるスカイブルーの繭から、煙が上がった。
隆は軽トラックを雨の宮殿の正門へと、万を超える鎧武者の弓矢の雨や大砲の中、滅茶苦茶な運転で雨の宮殿内部へとかなりのスピードで走らせる。
前方に流水で覆われた扉があった。
「里見―!! 今行くぞー!!」
隆は幾つもの楯と同時に扉を破壊して軽トラックを宮殿内部へと突っ込ませた。
宮殿内部では江戸時代から現れたような服装の人々が、それまでの生活を一旦止めて、こちらを驚いて振り返った。水の張った床から引き出した網を投げ捨てて、慌てふためいて水柱へと逃げ込んだ。網には色々な見たこともない魚が捕まっていた。
広大な宮殿内部はまるで空気が薄いかのような、まるで真空のような澄み切った空気があった。外壁と同じく。青と白の色でできた柱や内壁、そして、天井。天井からは幾本もの水柱が均等のとれた幾何学模様のように下方へと流れ落ち、細長い道が水路のように幾本も交差していた。まるで湖全体が宮殿内部と見事に融合しているかのような造りだった。
隆は水の張った床を走る。嵐の前の静けさか侍の姿は見えなかった。
雨の宮殿の人々の悲鳴を聞き流しながら、広大な宮殿内部を車を真っ直ぐに走らせていると、荷台のヒロが叫んだ。
「危ない! 隆さん!!」
荷台のヒロが叫ぶか早いか、水柱から雨の宮殿の人々と交換に現れた葵袴の陣羽織を着た鎧と具足をつけた侍たちが何百人と現れた。
すぐさまヒロは軽トラックの荷台から火炎を吹いた。
侍たちは散り散りになり、弓矢を構え、刀を抜いた。
隆の軽トラックのフロントガラスに幾本もの矢が突き刺さり、頬から血を流した隆はそれでも車を猛スピードで走らせる。
水柱からは無尽蔵に侍たちが現れる。
ヒロは火炎で無数の侍たちを吹き飛ばす。
隆は決死の勢いで軽トラックを右に左に走らせた。
幾人かの侍たちを轢いてしまっていた。
遥か前方には轟々と音のする滝があり、その中へと入れば水流の牢まであと一歩だ。
「里見―!! 必ず助けるぞー!!」
唸るエンジンで突破しようとする隆の前方には、大勢の侍が水柱から幾つもの鉄砲を持ち出していた。数発の弾は大きな音と共に軽トラックのフロントガラスと右の前輪に着弾した。
血相変えた隆はやむなく急ブレーキを踏んだが、車は派手に横転し柱へと激突した。
ヒロは荷台から遥か遠くへ吹っ飛んだ……。
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