第38話
大きな町と大差ない巨大な宮殿の正門には、向かい合った海蛇が牙を向け合い。互いに牽制し合っている。その大きさはおおよそ12階建てのマンションの高さであろう。ここからは見えないが、裏門には水龍が向かい合い。それと、西の門には巨大な淡水魚と東の門には鯨が向かい合っていた。それぞれ同じくだいたい12階建てのマンションの高さで牽制し合っている。
大雨の降りしきる中、隆は正志と何やら話をしていた。
「俺一人で行きます……」
涙を必死に堪える隆は一人で雨の宮殿に行こうとしていた。
「それは無理です……。俺も……行きます」
正志は唇を強く噛んで恐怖を噛み殺そうとしているかのようだ。
「私も行きますから。一緒に行きましょうよ。危険があるのならばなおさらですよ」
正志の震える声で言い放つ誠意に、隆は首を振った。
隆は今までのことが頭を走馬灯のように過り、恐怖は微塵も感じなかった。ただ、涙が滲んでしまうだけだった。
「ここで待ってて下さい。大丈夫ですよ。俺は里見と智子とまた一緒に暮らしたいだけなんです。必ず……生きて帰ってきますから。それに、もうそろそろ30分後です。象のキャラバンがやってきます。あれ、何か忘れているぞ……? そうだ。脇村兄弟はどれくらいでくるんだろう?」
隆は逸る気持ちを抑えて、雨に濡れた中友 めぐみの携帯を取出し、24時間のお姉さんに電話すると、
「後、5分程で上空から高山の裏側に戦闘機が降りてきます。ここ天の園の隆さんのいる場所へと」
落ち着いて話す24時間のお姉さんが続ける。
正志も同じく携帯を取り出し24時間のお姉さんに掛けて横から話に入った。
「隆さん。正志さん。裏門から象のキャラバンが来るのです。そして、脇村兄弟は戦闘機で空から現れます。都合良く、この高山の裏山に雨の宮殿に気が付かれずに着陸するので協力を求めてください。私も話しますから……。隆さんは一人で雨の宮殿へと行こうとしますね。気を付けて……。それに、ここからが、重要なんですが。正門はジョー助一人に任せてください。そして、軽トラックの荷台には、ヒロを乗せて下さい。脇村兄弟は手薄ですが、かなり厳しい移動距離を伴う西の門と東の門の場所へと行ってもらいます。それと、雨の宮殿の陸地には道はありません。湖になっていて、ここから見える通り。架け橋が四方の門から雨の宮殿へと伸びています。なので、隆さんは正門への架け橋を進んでください。けれど、大軍の鎧武者の攻撃をまともに受けてしまいます。隆さんはジョー助が戦闘を起こしてから車で走り出して下さい。ジョー助が守ってくれないと雨の宮殿には入れないのです。鎧武者たちの攻撃を受けたら一溜りもありませんから」
「ジョー助さん一人で、大軍から俺を守ってくれるんですか?」
隆はそう返答をして身震いする。
「そんなに強いのですか?」
正志は不思議に思ったようだが、声が震えていた。
「ええ。そうです。ジョー助はとても強いのです」
隆は真後ろにいる高山の枯れた木に片手をつけて、崖から下方の雨の宮殿を細目で見つめているジョー助を見つめた。
その顔はどしゃ降り雨の中。恐ろしい戦の神の顔であった。
隆はその顔を見ると、原始から続いているような本能からの自然な恐怖を抱いた。
ジョー助は、しっかりとした周囲に聞こえる電話の声を拾っているのか、隆にこっくりと頷き。また、下方を見つめる。
近くで電話の声を拾うために耳を傾けていたヒロも、正志に目で合図をした。
「あの、24時間のお姉さん。脇村兄弟の一人は確か死んでしまうのですよね……」
隆は静かに不安な声を発した。
24時間のお姉さんは悲しい声で続ける。
「ええ……。戦闘機が鎧武者の矢で故障して……神風をして……」
「そうですか……」
隆は何ともやりきれない気分を覚えた。
自分は娘に会いたいだけだ。それは、人が死んでいいことではないはずだった……。
「でも、彼はもともと昭和の時代の神風特攻隊員だったのです。いずれは何かの為にの戦死だと本人は思うでしょう」
「何とかなりませんか?」
正志は心配して下方の雨の宮殿を見てこちらを向いた。
24時間のお姉さんは声が少し柔らかくなった。
「でも、恐らく大丈夫ですよ。このことを知らしてしまえばいいのです。未来が変わりますから。必ず私から言っておきますね」
隆はホッとしてびしょびしょの胸をなで下ろした。
「……よかった」
「では、智子さんたちと話してみてください。きっと、不安でしょうがないと思います」
隆は車の近くでこちらの様子を見ている智子のところへと歩いていく。
「あなた。何を話してきたの? これから、どうするの?」
「智子。大丈夫だ。全て俺に任せろ」
雨の中、隆は智子の再び肩を抱きしめた。
しばらく、二人は抱き締め合っていたが、
「みんな無事に……里見ちゃんと…………また会えるのを祈っています」
智子はそんな隆に向かって、穏やかな表情のまま祈りの言葉が自然に口から出た。
正志は車の中で俯いている瑠璃を元気づけに行った。
瑠璃は今でもシートベルトにしがみついている。
「正志さん……怖いわ。でも、一緒にいたい……」
瑠璃は俯いているが、ガタガタと震えてシートベルトを掴む両手は次第に強くなってきた。
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