第23話
「母さん、悪いけど……。俺はこの世界のものを食べるとまずいんだ」
隆は申し訳ないといった顔をした。
そういえば、稲垣 浩美もこの世界の食べ物は食していないのだろうか?
江梨香はキッチンでクッキーを焼こうと、冷蔵庫から小麦粉とバターを取ろうとして、怪訝そうにこちらに振り向いた。
「え、隆くん。何かの病気になっちゃった?死人が病気になったって言ったら大変よ?」
「いや、違うんだ。実は……」
隆は自分がこの世界の人間ではないことを話した。それと、死んだ娘を探していることを。
「うっそー、隆くん。死んでいないの?! 父さんに話したらきっとびっくりするわね。でも、どうやってここへ来たのか教えてほしいけれど、それは後でもいいか。父さんが来てから聞かせてほしいわね。まさか、寂しくなって母さんに会いに来たとか?」
江梨香は少し俯き、声のトーンを少し落として続けた。
「そう……。娘がいたのね。でも、この町には多分いないわ」
江梨香は俯いている。考え事かただ単に憂い顔をしているようだ。
「雨の宮殿にいるんだ。母さん。雨の宮殿って、行ったことあるかな? どんなところか知らないかな?」
「うーん。……解らないわ。実は母さん。この世界に300年くらいはいるのよ。後、父さんも……。この虹と日差しとオレンジの町に住み付いたのが……確か180年くらい前。その前は……南の荒れ果てた大地で生活していたの。食べ物が少なくて小麦や野菜を栽培していたわ。結構楽しかったけれど、この町の噂を聞いて、この町へと来たの。だから……うーんと、やっぱり知らないわ。ごめん。北の方には行ったことがないの……。でも、そこには雨の大将軍という生命の神様が、毎年下界から人々を攫っているって噂を母さん少し前に聞いたわ。ここ虹とオレンジと日差しの町の郵便配達人から……。その人は昔、北の方で生活していたみたい。あなたの本当の両親は……この世界には私たち以外の父と母がいるんだけれど、その郵便配達員よ。父親の方だけれどね。隆ちゃんには父親と母親が二人いるってことなのよ。その本当の父親が言うには、ちょうど100年前から、雨の大将軍もその部下も不穏なんですって。隆くん……危ないからそこには行かないでね」
江梨香は少し悲しそうな笑顔を向ける。娘を失った隆の心を変えることは決して出来ないことを悟っていた。
隆はこっくりと頷いたが、話の内容には驚いていた。
両親が300年もこの世界にいるなんて……。
そういえば、前に24時間のお姉さんがこの世界は時の流れが違う。と、言っていたのを思い出す。
それと、雨の宮殿の情報はこの町の本当の父親である郵便配達員に聞いた方がいいようである。
不穏な動き? 雨の大将軍? 一体なんのことなのか?
「それじゃあ、どうするの。せっかくだからここに少し泊まってきなよ」
「ああ、そうするよ。父さんは?」
隆は黒田から貰った釣り道具を思い出して、取りに行こうかと決めた。ゆっくりと話すには二・三日くらいこの家にいた方がいいと判断したからだ。
「今、五時だから、すぐに終わるわよ。いつもはその足で飲みに行っちゃうから、急がないと。電話しないと家に帰るのが遅くなっちゃうわ」
江梨香は電子レンジの下にあるオレンジ色の受話器を取った。
「いや、俺はちょっと用事があるから。待っててくれ、すぐに戻ってくるよ」
「あら、そう……」
隆は江梨香からバス代を借り。バス停へと戻った。
20分くらいバス停で待っていると、オレンジ色のバスがやってきた。その中に少し赤くなった顔をした父親の隆太がいた。
どうやら、居酒屋にいたら江梨香の電話に捕まったらしい。
「おお、隆か。久しぶり。お前もとうとう死んだのか?」
のらりくらりとした言動のオレンジ色の背広姿がバスから降りて来た。生前と変わらず、メタボリックシンドロームを体で表していて、髪はかちんこちんにポマードで固めている。少しだけ酒が回っているようだ。いかつい顔は今は夕日で赤味のあるオレンジ色だ。
「あ、父さん。実は……俺は死んだわけじゃないんだ。これから、ちょっと道具を取りに行くから……。家で待っててくれ。訳はその時話すから……すぐ戻ってくるよ」
少々、赤ら顔の隆太が首を傾げたが。あ、そうかと適当に納得し大きく頷くと、玉江宅へと帰って行った。
隆は外壁行きバスへと乗り、外壁の大通りの近くに着いた。
そこから、しばらく歩く。
歩いていると、ペットショップでジョシュァがオレンジ色の猫に頬を擦り寄せていた。この町もどこも平和なのだな。
隆がそう思っていると、急に空が薄暗くなりだし土砂降りの雨が降ってきた。
薄暗い天空から黒い巨大な雲のような塊が突如現れた。
嘶く黒い馬に乗った黒い翼の生えた鎧武者。ゆうに4万をも超える大軍が、虹とオレンジと陽射しの町を静かに見据えていた。
鎧武者の大軍は天空から町に向かって、いきなり一斉に弓矢を構えた。豪雨のような火の矢が町へ降り出した。町の住人たちは何が起きたのかと天を見た。どしゃ降りの雨と同じく天から降ってきた数万の火の矢が降りかかり、住民たちに突き刺さり、バタバタと倒れだした。 豪雨のような矢が突き刺さった自動車やバスは火を吹き、道路はすぐに壊滅状態となった。
悲鳴や子供の泣き声がする。
所々から破壊の音がした。
町の至る所にいるオレンジ色の警官たちは、混乱をしていたが天に向かってすぐさま拳銃を抜いて発砲していた。
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