リモートセックス・ベイビー

城谷望月

リモートセックス・ベイビー

 またしても最終面接で落とされた。これで十三社目。最終面接で提出した生殖情報データ――という名の僕の出生の秘密のせいだ。きっと企業の人事のおじさんおばさんたちには僕が理解を超えた怪物のように思えるのだろう。

 僕は影でこう呼ばれている。「リモートセックス・ベイビー」――愛のない出生を遂げた赤ちゃん、と。


 僕の両親が新婚だった頃、とある小さな国のマーケットから発生した未知のウイルスが全世界を瞬く間に襲撃した。強い感染力を持つくせに、高い致死率を誇る見えない脅威は、当時の地球上に暮らす人類の常識、生活のスタイルを片っ端から覆していった。リモート○○、というワードが人口に膾炙され、あらゆるものが“非接触”推奨となったためだ。そのリモートやらが、全てのスタイルを変容させた。仕事のスタイルを、学校のスタイルを、介護のスタイルを、飲食のスタイルを、ショッピングのスタイルを、人付き合いのスタイルを、結婚のスタイルを――そしてセックスのスタイルまでをも。

 両親はリモート婚活で成立したカップルだった。父親は東北在住、母親は中国地方在住。遠距離の二人は念願叶ってみごと結ばれた。しかし時は緊急事態宣言真っ只中。婚姻届はオンラインで提出され、新婚生活もリモートで始まった。新居などない。ただビデオ通話をつないでカメラ越しに新生活をシェアするだけだ。

したがって新婚初夜の営みもリモートで行われた。カメラ越しに愛を交わし合う若夫婦。父親は精子を郵送し、母親の体内へ送られ、めでたく僕がこの世に生を受けた。もちろん出産立ち会いもリモートだ。父親のみならず両家の祖父母が同時配信を視聴したという。

「寂しくなかったの?」

 そのエピソードを聞かされた小学生の僕は無垢な気持ちで母に尋ねたものだ。

「いいえ、私もモニターで彼らの顔を見ていたもの」

 部屋中の消毒をしながら平然と母は言ってのけた。僕の方をちらりとも見ずに、

「そんなことより授業の視聴は終わったの?」

と釘を刺すことも忘れずに。


 オンライン幼稚園で知り合って以降、小学校から高校まで同じ配信スクールを受講し続けた季亜ちゃんは、ふつうのセックスで生まれた女の子だ。僕は幼少のころからそれがうらやましくてならなかった。でも季亜ちゃんは僕のことをうらやましがる。

「うちだけ、時代遅れなんだよ」

「でも就職じゃ季亜ちゃんの方が有利だろ」

「それは人事の頭が古いだけ。もう数年も経てばうちらの方が不利になるって」

 季亜ちゃんはいつもこういうぞんざいな口の利き方をする。ビデオ通話では季亜ちゃんはめっきり実物の顔を出さなくなった。自分で作った、ずいぶん美化された似顔絵風アイコンを自分の顔の動きに合わせて動かすだけだ。もう三年近く彼女のリアルの顔は見ていない。顎がシャープで目がやたらと大きくまつげも長く、ちょっと鼻が高すぎて、唇が薄い。記憶にある季亜ちゃんの顔はもっとふんわりおっとりとした少女らしい顔で、僕は正直そっちの方が好きだったのに。

 僕は未だに顔をさらし続けている。季亜ちゃんは僕の容姿を「リモートセックスで生まれた子供らしい顔つき」といつしか評価していた。クールで無駄がない顔、を意味するらしい。

「季亜ちゃんは就職どうなの」

「とりあえず流通系で一社内定とった。でもまだだめ。本命じゃない」

 全く遠慮なしに答えられるこのさっぱりしたところが好ましい。

「僕はせめて仕事ぐらいは対面でやりたいよ」

「えー、うそ。感覚が平成越えて昭和!」

「うるさい、じじい扱いするなって」

 昭和や平成という言葉はある種の侮蔑――ウザったさを伴って使われることばだ。

分類すると、昭和は「努力は必ず実る、とにかくがむしゃらに頑張れ」型のウザさ。平成は「ありのままのあなたこそすばらしい存在だ(だから本音を聞かせてごらん)」型のウザさだと、僕は思う。どっちも僕らからすれば欺瞞、キレイゴトだ。

「絶対あんたと感覚が合う女子なんていないっしょ」

「なんで分かるんだよ」

 季亜ちゃんは僕を煽るのが趣味のようだ。

「だって、長い付き合いじゃん」

 季亜ちゃんのことばには、僕と恋人同士になりたいという欲求がいつも見え隠れする。僕のことなら何でもわかるんだよ――という空気。

じゃあ付き合おうか――なんて言ったら唯一の友達を僕は失うだろう。

「……そだな」

 軽く受け流し、僕らは就職情報の交換の話題に戻る。本音は、季亜ちゃんにさえ打ち明けられない。


 確かに季亜ちゃんはかわいい。

 その存在を独占したいという気持ちはないでもない。

だけど僕に生殖本能みたいなものはない。自分の遺伝子をこの地上に残していこうとは思わない。三大欲求と呼ばれている性欲もない。だから季亜ちゃんとセックスをしたいという衝動がわき上がったことが一度たりともない。

これは僕がリモートセックス・ベイビーだからだろう。

愛に欠けたセックスで誕生した子供には、性欲がない。DNAの連鎖はここでストップ。これってもう僕にはどうしようもない次元のことだ。

僕は努力もしないし、ありのままの姿を晒すこともない。

旧時代のあなたには、わかってもらえますか?

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リモートセックス・ベイビー 城谷望月 @468mochi

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