第4話  一人ぼっち

 馬車の姿が見えなくなってしまい、弘美は危険な山の中に一人取り残されたのだが、少なくとも兵士達から襲われる心配だけは無くなった。弘美を乗せてきた馬車を引いていた馬は中々言う事を聞かなかったようで、強目に何度も叩かれ、最後に弘美の方を見て嘶いてから動き出していた。


 周りから様々な生き物の気配がしており、はっとなり収納の中の物や、今持っている物の確認を急いで行なった。時間がないのだ。そう、魔除けの効果がなくなるのは約5分と言っていた。流石に弘美でも魔物避けの効果がなくなると危険と感じ、手持ちの武器を確認して軽く振ったりしていた。この数分以内に戦う準備をしなければ早々にあの世行きになるのは、お気軽な弘美でも分かった。弓道を除き、これまでの人生でこれ程までに集中して真剣に取り組んだ事は皆無だと言ってもよいほどの真剣さだ。己の命が掛かっているから当たり前だと言えばそれまでである。


 今帯剣している剣は城から渡された剣で、どう見ても練習用としか思えなかった。それもメンテナンスに出す前だろうか、刃こぼれや錆が酷く、切り裂くのは厳しそうな剣だ。


 幸い先程兵士に装着させられた剣帯はまともなものである。


 剣をまともなのと取り替えた。ショートソードは取り回しが良いが、リーチが短い。また、くすねた剣は一般的に使われる所謂ブロードソードだ。兵士達が持っていたのは大量生産された安物の剣である。つまり大した剣ではなかった。


 弘美はゲームでは二刀流を好んでいた。そこで収納している物の中で短目の剣を二本出して構えてみたが、一本の剣を振り回す事だけで精一杯で、とてもではないが訓練もせずに二刀流で行くのは無理だと諦めた。改めてブロードソードを右手、小型の盾を左手に握る事になった。


 それと弓を出し、矢を確認した。

 捕まった後にステータス等を確認し、限定的な収納の中に弓矢が有るのは分かっていたが、収納から出せなかった為、使える状態かは分からなかった。


 急ぎ矢を番え、引き絞り狙いを定めた。

 問題なさそうなので一安心していた。先ずは剣と盾を装着し、今一度剣を振り、剣を振った時の自分の挙動を確かめていた。最初は体が持っていかれるようにバランスを崩し、倒れそうになり、何とか踏みとどまった。

 数振りでは何とかバランスを崩さない体重移動や盾を振るのが精一杯だ。


 盾は薄い金属の円形で、二の腕に帯が当たり、バタつかないようになっており、グリップを握る感じだ。そうしないと盾がくるくる回り、邪魔になる。

 技術がいるが、盾がある方がなんとなく安心感があった。本当は片手剣を両手持ちする方が扱いが楽なのだが、ゲームや映画の影響で剣と盾で戦うのが当たり前だと思ったのだ。これで行こうと覚悟を決めた。


 辺りは既にもう真っ暗なのだが、満月の為そこそこ見える。武器以外にも一通り持ち物を見直した。

 時間は21時頃だった。何故かステータスを見ると時間が表示されている。


「くそ!ても足も出なかった。このままここにいてもやばいよな。さてどちらに行くか?」


 道に線を引き、県を中心に置いた。目を瞑り、剣を中心にして一回転し、剣を手放した。


 すると剣は来たのと反対を示していた。どちらに行くか決断できなかったから、運に任せた。弘美は運が良い方なのだ。


「さあて、向こうに行きますか」


 そうして、一歩を踏み出した。


 普段はお気軽であまり考えない方だ。仲間以外には冷たいが、それでも仲間には時折ギャグも出すが、殆ど親父ギャグで外しまくる。ただ、リーダーシップだけはあり、皆弘美に付いていけば大丈夫と親父ギャグにも付き合ってくれていた。


 行きあたりばったりが多いのだが、それでも頭の回転が速いので大概はなんとかなってきた。今回も当初はまあ何とかなるだろうと軽く考えていた。普段は行きあたりばったりでも、不思議と最適解を導いており、そこに皆を惹き付ける魅力があった。

 ただ、本当は無理をして取り繕っているだけの小心者だった。


 最初は駆け足だったが、2分も経たないうちにあっさり転けた。月明かりのみなので、地面の凹凸に気が付かず足を取られたのだ。


「いててて。何やってんだ俺。無様だよな。足元を全然見ていなかったな」


 弘美は頬を叩いて気合を入れ直した。



 そこから5分程駆け足で進んでいると、何かの気配が有った。


 今進んでいるのは、この山の道だ。所謂峠道で、馬車がようやく通れる道が続いており、両脇は木々に覆われている。かろうじて夜空が見え、月明かりのおかげでなんとか足元が見えていた。


「やってやるよ!来いよオラァ」


 心臓がバクバクしており、アドレナリンもかなり出ていた。魔物や獣に襲われ、戦わなければならない恐怖よりも、いきがって倒してやると息巻く方が強かった。つまり柄にもなく興奮していたのだ。


 剣と盾を構え、襲撃に備えた。

 すると10m位先の道に猪くらいの額に角のある獣が現われた。


 ブモーと唸り弘美の姿を確認するやいなや突進してきた。

「へへへ!よし!剣の錆にしちゃる!まずは一匹目行くぜ」


 自分に言い聞かせるように剣を構えるが腰が引けており、へっぷり腰の情けない構えだった。


 獣型の魔物は弘美目掛けてジャンプした。


「向こうから来て来れたよ!」


 地雷のような独り言を呟いた。突き刺す事を考え、盾を横に放った。片手で上手く剣を刺せそうになかったからだ。

 すると吸い込まれるように弘美が前方に突き出した剣に頭から突っ込んできた。

 ぐさっ!と言う音と共に肉を切り裂く感触が伝わって来た。そして間髪入れず、どさっと言う音と共に魔物がぶつかって来たのだ。ぶつかって来た獣の勢いをもろ受け、そのまま獣と一緒に吹き飛んで行き、木に背中を打ち付けた。


 肺の空気がいっきに抜けるような感じでぐは!と小物臭がするような呻き声を上げた。

 魔物が弘美に覆い被さるようになってはいたが、死んでいる事が分かり、獣臭のする魔物の死体を体から退けた。


 獣は血を吹き出しながら離れていった。

 弘美は立ち上がり魔物に刺さった剣を引き抜こうとしたが、違和感があった。魔物からの血はもう出ていない筈だが、まだどこからか血が吹き出ているのだ。


 えっ?と思うが、ふと見ると魔物の額にはさっきまであった角が見当たらなかった。


「あれ?角どこに行った?」


 周りを見ても角らしいものは無かった。


 一歩踏み出そうとしたが、腹部に痛みがあったが、お腹を打ったかな位に思っていた。

 しかし、違和感があった。


 脚が濡れているのだ。まるで失禁したかのように。

 しかしそんな事はない筈だが、一応股間を触ると濡れていた。

 しかし、その手を見ると血で真っ赤になっていた。また、お腹に痛み以外の違和感があり、背中も痛かった。

 恐る恐るお腹を触ると硬い何かがそこにあった。

 嫌な予感しかしないが、お腹を見ると、魔物の角と思われる物がお腹から生えていたのだ。


「えっ!なんで俺の腹から角が生えてんだよ」


 生えているというが、見えているのは角の根元だ。先端が見えない。

 何だよこれ?と言いつつ、何故か角を持ち、一気に引き抜いた。

 すると先程より勢いが強く血が吹き出し、強烈な痛みに襲われた。自らの腹部に折れた魔物の角が刺さっていたのだと理解した途端に痛みに襲われたのだ。


 力が入らなくなり、その場に崩れ落ちた。


「まじかよ!これってどう見ても直ぐに病院に行かないといかんやつじゃないか!痛い!痛い!」


 段々力が入らなくなり、寒気がしてきた。

 目も開けられなくなり、俺の血って温かいのな!と自らの血溜まりの感想を呟いていた。そして某魔術師と呼ばれた男のように段々と力尽きていくのであった。

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