第十三話:仲間として

「私は、あなたと一緒にいたい気持ちに偽りはないし、あなたと仲間でありたいって思ってる。でも、カズトは私達を仲間だって言ってくれるけど、私達を信じてくれてるのか、不安にもなるの」


 視線を合わせぬまま、ロミナが少し震えた声で語る。


「私は沢山あなたに助けられ、沢山許してもらった。でも本当はあなたと同じで、今だって後悔は沢山あるし、悔やんでも悔やみきれない想いもあるの。あなたが仲間だって言ってくれるから、あなたを信じ、あなたの優しさを受け入れられる。でもカズトは逆。私達をゆるしてくれるのに、私達がゆるそうとしても受け入れてくれない。そんなの平等じゃないし、仲間じゃないよ」


 ぐっと腕で涙を拭った彼女が、顔を上げると俺をしっかりとした瞳を向けてきた。


「仲間だから互いに傷つく。仲間だから互いに苦しむ。仲間だって時に喧嘩だってするし、仲違いするかもしれない。でも、ゆるしあって、理解しあって。少しずつ一緒に前を向くの。だから、あなたがゆるしてくれたように、私もゆるしたいし、あなたに感謝して、あなたと笑いたいの。だって、大事な仲間なんだから」

「……ロミナ……」


 彼女の言葉を聞きながら、俺が思わずその名を呟くと、彼女は微笑んだ。


「カズトは本当に強いよ。アーシェの笑顔の為だけにこの世界に来て、沢山辛い思いもして、それでもあなたは一人で前を向いてきたんだもん。私達と共に旅するようになってからも、恐れや不安が沢山あったはずなのに、ずっと私達を気にかけてくれたし。二度の宝神具アーティファクトの試練で私はあなたに剣を向けてしまったけど、あなたはそれを受けても前を向いてくれた。魔王を倒せなかったって言うけれど、そんな事言ったら私達だって、アーシェやカズトが力を貸してくれなかったら、魔王になんて勝てなかったの。そんな私達を助け、世界を救う為に命懸けで戦い抜いたあなたは本当に凄いんだよ。謙遜するのはカズトらしいし、強さを鼻にかけてほしいなんて思ってない。けど、ひとつ約束を守れなかったからって、そんなに自分を責めないで。私だって沢山後悔してる。でも、それを受け入れてでも、あなたと仲間でいたいし。私の後悔すらゆるしてくれて、受け入れてくれたあなただからこそ、これからも一緒にいたいんだから。ね?」


 ……ロミナがしっかりと語ってくれた想いに、俺は少しの間、何も返せなかった。


 確かに俺の仲間って想いは、何処か自分勝手で独りよがりだったのかもしれない。

 一緒にありながら、自分だけはないがしろにしてたから。


 俺は傷つけるのを恐れてたけど、それは皆だって同じ。

 俺が怒らないのが辛いって言ったミコラの言葉や、不安を覚えたルッテの言葉もきっと、そういう事なんだよな。


 ……仲間。

 きっと俺はそこに理想を持ち過ぎてた。

 俺は皆を傷つけたくない。護りたい。そればかり考えてた。


 だけど、現実はそうじゃいんだよな。

 彼女が言う通り、皆といたいからこそ、喧嘩しても良いし。後悔しても、ゆるしてくれたら受け入れてもいいはずなんだ。


 彼女が向けてきた笑みが、あくる日の彼女に重なる。

 俺をパーティーに誘ってくれたあの日。俺に向けてくれた笑顔に。


 それは本当に聖女のような微笑みで。

 それが俺の心を、懐かしさと優しさで満たしてくれる。


「……やっぱり、ダメだな」

「え?」


 思わず自嘲しながら無意識に呟いた言葉に、ロミナが戸惑った顔をする。


「あ、違うんだ。お前が言った事を受け入れないって意味じゃない」

「じゃあ、何がダメなの?」

「あ、いや……」


 心に膨れ上がった想いに恥ずかしくなって、俺は視線を泳がせた後、あらぬ方向に向けて頬を掻いた。


「……その、改めて思っちゃったんだよ」

「何を?」

「こんなダメな俺でも、皆といれたらなって」

「……うん。私もそう思ってる。すぐカズトの優しさに甘えちゃって、自分もダメだなって思うけど。そんな私でも、これからもあなたと一緒にいたいもん」


 ちらっと横目でロミナを見ると、彼女らしい笑みを未だ向けてくれてて。

 相変わらずの真っ直ぐな優しさに感謝しながら、俺もまたふっと微笑み返したんだ。


   § § § § §


 そこから昔の想い出話なんかで盛り上がった後、夕方頃から俺達は再び船の甲板に上がり景色を眺めた。


 マジックアワーらしい夕日に照らされたウィバンに少しずつ闇のとばりが下り、街の建物や街灯の灯りが、これまた神秘的な雰囲気で街を照らし出す。


「夜景も素敵だね」

「そうだな。ただ、シャリアの屋敷はちょっと目立ち過ぎだけど」

「本当だよね。あ、でも、師匠ああいう派手そうなの好きそうじゃない?」

「あー、分かる分かる。だけどその割に自分の部屋だけ結構地味にまとめてるんだよな」

「言われてみればそうだね」


 そんな他愛もない話をしていると、祭のシーズンだからか。ウィバンの海岸から空に光が放たれ、夜空に光の華が咲き始めた。


「お、花火か」

「ほんとだ。綺麗……」


 穏やかな海面に反射し、空と共に映える花火は本当に綺麗だ。

 並んで甲板の手摺てすりにもたれ立つロミナの横顔を見ると、夢心地な顔をして花火をずっと見つめている。


「……確かに、綺麗だな」


 自然にそんな感想を漏らすと、ふっと彼女がこっちに顔を向けてきた。


「やっぱりそう思う?」


 屈託のない笑み。

 言葉に込められた意味は、俺の思った理由とは違う。

 そう理解してるはずなのに、タイミングが良過ぎだったせいか。俺は慌てて視線を花火に戻すと「そうだな」って短く返した。


 正直ちょっと顔が赤い。

 きっと夜だし明かりも大してないから、気づかれてないといいけど……。


「……また、一緒に旅出来るかな?」

「まあお前ら次第だし、俺は待つだけ。だけど、出来たら良いなとは思ってるよ」

「そっか。……本当は、一人でも付いて行きたいんだけどな」

「皆と一緒じゃ嫌なのか?」

「ううん。皆との旅も楽しいよ。でも……やっぱり、カズトを忘れたくないなって」


 少し物悲しげに呟いたロミナの言葉に少し胸が痛む。でも、仲間なんだからな。

 何時か忘れられなくなる未来を信じ、


「……まあ、今すぐは無理だけど。何時か叶えてやるよ」


 って、俺が呟いたのと同時に。

 一際大きな花火が景気の良い程の音と共に打ち上がった。

 周囲から上がる歓声。それらがしっかり俺の言葉をかき消したのか。


「え?」


 ってロミナが聞き返してくる。

 きょとんとしたこの顔。きっと聞こえてなかったな。


「ん? どうした?」

「何か話してなかった?」

「いや、特に」


 俺がそう言って誤魔化すと、彼女は首を傾げた後、再び花火を見た。


「……ねえ、カズト」

「ん?」

「あのね。もし、一緒にいられず別れても、ずっと忘れてほしくないから。その……ひとつだけ、聞いてほしい事があるの」

「ああ。何だ?」


 声に釣られて顔を向けると、彼女は何処か緊張した顔をしてる。

 どうしたんだ急に。


 彼女は何か言いにくそうな表情でもじもじとした後、意を決したように真剣な顔に変わり。

 そして。


「その……実は……わ、私ね。カ、カズトの事……す──」


  ドーン!


 ロミナが何かを訴えた気がしたけど、丁度また空に大きな音と共に花火が打ち上がった。

 しかも連続花火。一気に周囲も熱を帯びた盛り上がりを見せたけど、俺もロミナも思わずそっちに目を向けてしまう。


「こりゃ凄いな……」


 俺は無意識に呟きながら、再び彼女を見たんだけど。ロミナは何か茫然としてる。

 と、少しして連続花火が一段落し、また間を開けてゆっくり花火が上がり出す。


「あ、悪い。ちょっと見入っちゃって。で、何だっけ?」

「あ、えっと……その……だから。私はカズトの事、す──」


  ドドーン!


 お? また一気に連続で打ち上げたのか。

 中々に綺麗だし、目に焼き付けておきたい所ではあるんだけど。

 流石にロミナが話してる最中だし、今回はちゃんと彼女を見ておこう……って、思ってたら、彼女がイラッとした表情で、恨めしそうに花火を眺めてるのを見て、その心が萎縮した。


 ……うーん。

 これは、触れぬ神に祟りなし、かな。


 俺は再び静かに空の花火に目をやる。

 昔、夏に孤児院から見た花火大会。

 あの時は一人で見てたけど、あの時なんかよりずっと鮮やかで、感動する花火の数々。


 それらがまた一段落した所で、俺はロミナを見ると、彼女は何とも煮え切らない表情になってて、思わず吹いてしまう。


「ロミナ。そんな顔してないで今は花火を楽しもう。まだ忘れるって決まったわけじゃない。だからちゃんと、一緒に花火を見た記憶、焼き付けておこうぜ」

「……うん。そうする」


 ちょっと不満そうではあるけど、彼女は諦めて手摺てすりに寄りかかると、そのまま俺の肩にもたれかかってくる。


「ん? 疲れたのか?」

「違うよ。想い出を焼き付けるの。ちゃんとカズトにも覚えてもらえる様に」


 俺を見上げた彼女は悪戯っぽく笑う。

 流石にその距離には緊張したけど、ロミナは不満そうな顔じゃなくなったし、よしとするかな。


 彼女に何とか恥ずかしさを誤魔化し笑みを返すと、俺達は二人、何も言わずに花火を見上げた。


 またこんな風に花火を見たり出来たらいいななんて、そんなささやかな夢を願いながら。


 ──ちなみに。

 花火が終わり遊覧船が船着き場に着く頃、さっき何を言おうとしてたのか改めて聞いたら、


「あ、あれは……そ、そう! す、凄く尊敬してるって言いたかったの」


 と顔を真っ赤にしながら言われたから、俺も素直にこう返してやったんだ。


「だったら、お互い様さ」


 って。


「え?」


 少しきょとんとした彼女に、俺は意味ありげに笑うと、


「さて、船を降りる準備をしようぜ」


 って、誤魔化すように甲板を先に歩き出した。


 お前が俺をそう思ってくれててちょっと嬉しくなったけど、俺はずっとお前を尊敬してるんだ。

 聖勇女として諦めず戦い抜いたお前をさ。


 だから俺だってどんな時も諦めなかったんだぜ。なーんて言ってやりたかったけど、そこまでは口にしなかった。

 きっと、そこまで言ったら俺も、彼女と同じく顔が真っ赤になりそうだったからさ。

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