第十二話:ロミナと海の上

 あの後、ルッテと俺はもう暫く想い出話に花を咲かせたけど、結局互いに未来への話はしなかった。


 触れてこないなら触れるべきじゃないって思って、俺も合わせて話してたのもあるけど。

 後はあいつが決めるだけだしな。


 夕方にはさらっとお開きになったお茶会。

 とはいえ、ずっと話していたからそれはそれでルッテも大変だったんだろうな。


「ほんにお主は手間がかかる。じゃが、それも悪くなかったがの」


 なんて言いながら、笑って去っていったんだ。


 そういや結局ダールの出目の意味は強くは聞けなかったな。同じ目が出たから運命的って言いたかったんだろうか?

 まあでも同じ目が出るだけなら六分の一。よくある話だと思うんだけど。


   § § § § §


 ついに六日目、最終日。

 相手はロミナなんだけど。


 彼女とは以前と同じく、時計台で待ち合わせして、朝から色々と回り。

 昼過ぎの今、俺達は一緒に港から出ている遊覧船に乗ってウィバン沖に出て遠間から街を眺めていた。


「やっぱり海風って気持ち良いね」

「そうだな」


 俺と並んで手摺てすりにもたれたロミナは白いワンピース姿で、笑顔と共に藍色の髪をなびかせている。

 前にここで再会した時に俺が選ばされたやつだけど、やっぱり聖勇女らしく良く似合ってるな。


 対する俺なんだけど、勿論道着に袴……ではなく、これまた白のジャケットにシャツ、白ズボンという真っ白な普段着姿で並んでいた。


 これは、午前中ロミナに男性用の洋服店に連れて行かれて、色々と選んでもらった結果。

 この間フィリーネが貸し切ってた高級ブティックみたいな店じゃなかったから気持ちは楽だったけど、結局着せ替え人形状態になったのはあまり変わらなかったな。


「そういや今日はどうしてここ選んだんだ?」

「前も船の上でカズトと一緒だったでしょ? でもあの時って夜だったし、あなたがカルドとしての姿だったから、仮面もしててちゃんと顔も見られなかったし」

「あー。そういやそんなの付けてたっけな」


 あの仮面着け心地は悪くはなかったんだけど、結構視野が絞られて大変だったんだよな。


「でも、カズトってスタイル良いから何でも似合うよね」

「ん? そうか?」

「うん。勿論道着姿もいいけれど、聖術師の服も似合ってたし。さっき色々試着して貰ったけど、どれも似合うから迷っちゃったもん」

「俺そういうのはうちいし、あまりよく分からないんだよな。あ、でもロミナのワンピースは良く似合ってるよ」

「え? あ、うん。ありがとう」


 少し照れながらも嬉しそうなロミナの笑みが、俺を安心させる。

 特にワースの試練の間は、他の皆と違って分かり合う機会もなかったし、ずっと苦しめてたイメージしかないからな……。


「……ねえ、カズト」


 そんな事を考えてた俺に、しおらしさを見せたロミナが語りかけてきた。


「ん?」

「皆と一日過ごしてみて、どうだった?」

「正直、緊張させられたかな」

「どうして? やっぱり決断に絡むと思って?」

「それを思う事は勿論あったけど、それとは別。どっちかといえば、日常で二人っきりってのがな」

「二人っきりは、やっぱり苦手?」

「ああ、本音としては。前にパーティー組んでた時って冒険者らしい事で二人きりとかはそこそこあったけど、遊びに出たりなんて機会もなかったからさ」

「今も緊張してる?」

「そりゃ、偉大なる聖勇女様と一緒だし」

「もう。茶化さないで答えて」


 俺のふざけた言い方が気に入りなかったのか。少し不貞腐れた顔をしたロミナを見て、俺はふっと笑う。


「悪い悪い。でも緊張してるさ。やっぱりなんていうか、女子と二人で出掛けるなんて慣れないし」

「でも、普段はあまりそんな感じしないけど」

「そりゃ、冒険する時は気も張るし、仲間ってより強く意識してるし。買い出しなんかだって冒険の一環みたいなもんだったしな。実際こうやって日常を女子と二人っきりで過ごすなんて、パーティーにいた時には経験してなかったし。この間ロミナとウィバンを歩き回ったのが初めてじゃないか?」

「前いた世界ではどうだったの?」

「全然。彼女どころか女友達もいなかったし。孤児院にも女子はいたけど、出掛けるなんてやっぱりなかったし。だからお前が初めてだと思うぞ?」

「そっか。初めてだったんだ……」


 ロミナが少し嬉しそうな顔をする。

 その表情に少し気恥ずかしくなったけど、同時にふっと疑問が浮かぶ。


「そういや、ロミナはどうなんだ?」

「え?」

「いや、こういう経験」

「あ、うん。私もカズトが初めてだよ」

「そうなのか? マーガレスと一緒に出掛けたりとかしなかったのか?」

「彼は王子様だったんだよ? 王宮で二人っきりでお茶とかしたりはした事あるけど、外に出掛けるなんて流石になかったよ」

「そっか。二人共美男美女だし、お似合だと思うけどな」

「もうっ。今はマーガレスの話なんていいでしょ?」


 俺がそう素直な感想を述べると、ロミナがまた機嫌を悪くしたように頬を膨らませる。


 あれ? この反応……。

 何か触れちゃいけない話題に触れたのか?


「あ、ああ。悪い」


 俺はロミナの予想外の反応に戸惑いつつも、その場を取り繕うように、慌ててそこで平謝りをした。

 腕を組み、未だ不貞腐れたままじーっと俺を見ていた彼女だったけど、ふぅっとため息を漏らすと、


「カズトが謝ってくれたから許してあげるけど。私とマーガレスはパーティーを組んだ仲間なだけで、それ以上は何もないんだから。あまり変な事言わないでね」


 なんてややきつめに念押しされたけど……マーガレス、お前嫌われる事でもしたのか!? なんて、俺は内心不安になりつつも、それ以上の事に触れはしなかった。


 二人は絶対お似合いだと思ったんだけど……。


   § § § § §


 俺達は少しした後、遊覧船内にある個室に場所を移し、二人でテーブルに向かい合い、目の前の美味しそうなホットケーキを楽しんでいた。


 実はこの遊覧船。

 半日掛けて海からウィバンの昼から夜までを楽しめるツアーになっている。

 だから合間に休めるよう、参加者はこうやってくつろげる個室が用意されているんだ。


 ちなみに完全予約制。

 人気もあるけどそれなりにお値段もお高め。よくこんなツアー取れたなって感心しきりだったけど。


「話をしたら師匠が予約してくれたの」


 って聞いて、何となく裏事情を察してしまった。

 何気にシャリアはこの街の権力者でもあるからな。きっと強引にねじ込んだそういう事って事なんだろう。


「ほんとこれ美味いな」

「うん。美味しいね」


 ロミナが至福の表情を見せるのを楽しみつつ、俺もホットケーキを食べ進めていく内に、気づけば二人共ぺろりとそれを食べ切っていた。


「ご馳走様」

「ほんと美味しかったね。どうやって作ってるんだろ?」

「どうだろうな。かなりふっくら焼き上げてるし、火加減相当慎重に操ってそうだけど」


 互いにそんな感想を語りつつ、添えられた紅茶を口に運ぶ。

 そして、ほっと一息いた時。

 ふっと俺の心に魔が差した。


 ……そういや俺、約束守れなかったな。


 そう思った理由。

 それはワースの試練のせいで、皆と戦った時の事。

 心に浮かんだ反省が罪悪感を呼び、俺は折角のこんな場で、少し気落ちした顔をしてしまう。


「……どうしたの?」


 それが引っかかったのか。首を傾げたロミナが問いかけてきたのを見て、俺は両手を足の上で組むと、申し訳ない気持ちのまま話し出した。


「……ロミナ。約束を守れなくって、ごめん」

「え?」


 驚きを見せた彼女に、俺は少し視線をテーブルに落として話を続けた。


「俺、前にここの闘技場で、お前の剣に怯えなんてしない! 受け切ってみせる! なんて大口叩いたのに。結局マルージュでお前と剣をまじえた時、結局受けきれなくってさ」


 俺の言葉に、彼女もその時の事を思い出したのか。少し元気のない表情になる。


「俺、お前達と別れてから、もっと強くなって再会しようって思ってたのに。ごめん」

「いいよ。カズトは凄く強かった。私達に一人で挑む時だって、あなたは私達を傷つけないように戦ってくれたし、魔王に挑んでた時だって一人で肉薄してたもの」

「だけど、結局やられてる」


 俺が少しだけ悔しげな顔をすると、ロミナが寂しげに笑う。


「……そんな事言ったら、私だって弱いしダメなんだよ。ずっとあなたに助けられてばかりって悔やんでる。結局あの時だって、あなたを魔王から助ける事すら出来なかった」

「でも、ロミナは約束を果たしてくれたろ?」

「……ううん。結果的にはそう。でも、あなたが死んでしまった時、私はそれ以前に覚えていた、あなたを追放する前の僅かな記憶すら忘れてしまってたの。約束を果たせたのだって偶然だし、あなたが変わらず旅をしてくれてなかったら、きっと果たせなかった」


 ロミナは少しだけ唇を噛み何かを堪えると、無理に笑う。


「本当に、カズトは優しすぎるよ。必死に交わした約束を果たしてくれて、沢山私達を助けてくれて、私が沢山あなたを傷つけた事すら許してくれて。それなのに、自分が出来なかったささやかな約束ひとつすら、自分を許せないかのように後悔し謝ってくれる。……それは本当に優しいしと思う。だけど……」


 彼女が俯き、藍色の前髪に遮られて表情が見えなくなる。

 少しだけ身を震わせた後、彼女は絞り出すように、こう言った。


「そんなの、仲間じゃないよ」

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