第四話:言葉

 応接間を出て、一階エントランスホールの魔導昇降機に一人向かって歩いていたんだけど。側まで来た時にはたと気づいた。


 ……そういや、俺の部屋どこか聞いてないじゃん……。


 ったく。

 すぐ考えなしに行動するから、こうなるんだよなぁ。俺の馬鹿……。

 荷物は屋敷に着いた時にディルデンさんに渡してるから、何処か割り当てられてはいそうだけど。

 さて、どうするかな……。


 あまりに間抜けな自分に頭を掻き、困って立ち尽くしていると。


「カズトさん!」


 突然の呼び声と共に、俺に駆け寄ってきたのはウェリックだった。


「ん? ウェリック。どうした?」

「いえ。シャリア様が、カズトさんが部屋を知らないだろうから案内するように申しつけられたんです」


 ははっ。

 流石はシャリア。しっかりしてるな。


「そっか。丁度その件で困っててさ。悪いけど案内を頼めるか?」

「はい。ではこちらへ」


 俺はウェリックの案内で魔導昇降機に乗った。

 目的地は七階……って、あの豪華な部屋か。

 あそこはあまり落ち着かないんだけどなぁ。まあ仕方ないか。


 そんな事を考えてると、ウェリックが俺に話しかけてきた。


「カズトさん」

「ん?」

「カズトさんは……皆さんと、旅をしたくないんですか?」

「え? 何でそう思った?」

「だって、あの時の皆さんはきっと、背中を押して欲しかったと思うんです。でも、カズトさんはそうしなかったので……」


 何処か不満そうな顔でウェリックが俺を見る。

 ……まあ、それは俺も分かってたけどな。


 魔導昇降機が七階に着き、ドアが開いた所で、俺達は彼の先導の元、ゆっくりと歩き出す。


「ウェリック。お前にちょっと辛い質問をするけど、いいか?」

「はい。何でしょう?」

「お前だったら、あの時一緒に旅しようってわがままを言ったか?」

「はい。僕が一緒にいたいと思ってたなら、素直に言ってました」

「じゃあもうひとつ。お前は今、闇術あんじゅつに捕らわれていた時、姉を暗殺の世界に引き戻そうとした自分を肯定できるか?」

「そ、そんな事できる訳ないじゃないですか!?」

「何でだ?」

「姉さんは殺しなんて望んでいなかったからです!」


 流石に何を言ってるんだって驚いた顔を向けてくるウェリック。それがちょっと面白くって、思わずくすっと笑ってしまう。


「何がおかしいんですか!?」

「ああ、悪い。ちょっと驚いた顔が可笑しくって」

「カズトさんこそおかしいです! 何でこんな質問をするんですか!?」


 俺に割り当てられたらしい部屋の前で、ウェリックは俺に向かい合い、怒りを露わにする。


「ああ。例えが悪いのは謝る。ただ、俺が我儘わがままを言うってのは、それと同じなんだよ」


 心に走る痛みと罪悪感。

 それをぐっと堪えると、俺は部屋のドアを開けた。


「いいか? あいつらの不安に対し、俺がそれで我儘わがままを言うって事は、あいつらに不安や不満を抱えたまま我慢してもらいたいって事なんだ。アンナが望んでないのに引き入れようとしたあの時のお前と、本質は変わらない」

「ですが、ロミナさん達は一緒にいたい気持ちもありましたし、皆さん迷ってたじゃないですか。それとこれとじゃ話が違います!」

「そうかもな。だけど、俺とお前の立場は同じだ。俺の我儘わがままを押し付けられる」


 部屋の隅に荷物があるのを見てほっとした後、俺は腰に穿いていた閃雷せんらいを鞘毎外すとテーブルに乗せ、やや重くなった気分を払拭するように、部屋の大きな窓まで向かい、快晴のウィバンの街を眺めた。


「俺はあいつらに選択を委ねた。だけど、それは俺がどちらが選ばれても良いって覚悟を決めてるからだ。あいつらが妥協であろうと決意しようと、納得して選択した結果なら受け入れられるからさ。だけど迷ってる時、俺の我儘わがままな言葉に流されてパーティーを続けて、またあいつらを不安にさせたり辛い想いを経験したとしたら。きっと、俺もあいつらも絶対後悔する。だからちゃんと、あいつらには自分の意思で、覚悟も、道も決めて欲しいんだよ」

「……でも、もしロミナさん達が追放を選んだとしたら、カズトさんの想いは……」


 背後から届く悲痛な声に、俺は振り返らず苦笑する。


「それも含めての覚悟さ。今までの俺だったら、あんな話聞いたらきっと、迷わず追放してくれって言ってたと思うし。それに俺は言ったろ? どうあっても仲間なのは変わらないって。あれだけは俺の本音だし、昔の俺じゃ言わなかった。一応あんな言葉だけど、一緒にいれたら良いなって気持ち位は込めたんだぜ」


 ……なーんて言っても。

 伝わらなかったら、それまでなんだけどさ。


 結局、俺は臆病者だ。

 あいつらを背負う覚悟ができず、背中を押さなかったんだから。


「……すいません。生意気を言いました」


 しょんぼりとしたウェリックの声。

 まったく。お前にまで気を遣わせてるな。

 俺は振り返ると、安心させるように笑ってやる。


「気にするなって。それより案内ありがとう。後は皆の所に戻っていいぞ。久々に徒歩の旅を堪能してたから疲れててさ。少しゆっくり休みたいんだ」

「……はい。失礼します」


 落胆か。反省か。

 気落ちした雰囲気を隠せないまま、ウェリックが頭を下げると部屋を出て行く。

 それを見送った後、俺はふらりとベッドに歩み寄ると、そのまま大の字で寝転んだ。


「……はぁ」


 自然と漏れるため息は、あいつらの本音に対する後悔。


 ……俺が信じて行動しても、結局誰かを傷つける。

 そんなの、生きてれば当たり前なのかもしれない。

 だけど……やっぱり、辛いな。


 俺はあいつらと一緒なら、そういう辛さも乗り越えられるって思ってはいる。

 けど、あいつらがそうとは限らないし、結局この想いは俺の独りよがりだろうからな……。


 俺はゆっくり目を閉じる。

 生き返ってからずっとアシェがいてくれた。だからすっかりそんな気持ちを忘れてたけど。


 ……独りの今。

 目を閉じると、ちょっと死に際を思い出して怖くなる。


 あの時は皆がいたし、皆を助けられた。

 だから後悔はあっても、怖くはなかった。


 でもきっと、独りだったら恐怖におののきながら、絶望と共に死んでいたと思う。

 だからこそ俺は、不器用でも少しは気持ちを伝えたんだ。皆といたいって想いを。


 ……前よりは言葉にできたんだし。

 ……俺なりに、少しは変わりはしたんだ。


 ま。後はあいつらに委ねよう。

 今はしっかり寝て。頭をすっきりして。

 どんな結果が来ても、笑えるようにしとかなきゃな。

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