第十話:叶いし夢。終わりし夢

 魔王が消え去ったのを見て、ルッテが術を解くと、俺に寂しげな瞳を向けたディアは、ゆっくりとその姿を消した。


 ……これで、終わったんだな。


 ほっとした瞬間。

 またも目の前が霞み、一瞬意識が遠のいた。

 ふらりとした身体を何とか堪えたかったんだけど。安心したせいか。気も抜けちゃって、力も入らない。


 ……ま。もう、いいか。

 俺は、結局身体を支えられず、そのまま横にばたりと倒れ込んだ。


 結構勢いよく倒れたし、痛みもあるはずなんだけど……そんなのすら感じられないとか。流石に自分の身体が馬鹿になってるのに苦笑する。


 ……しっかし。

 笑うのも、息をするのも。こんなに力を使うのか。生きるって、しんどいもんだな。


「カズト!」


 俺が倒れたのに気づき、皆が慌てて駆け寄ってくると、ロミナが横になった俺の身体を少しだけ起こしてくれる。


 触れた腕が温かい。

 道着や袴が濡れてたのもあるけど、身体が冷えてきたのかな。

 ちょっと、肌寒いな……。


 ミコラとキュリアもしゃがみ込み。ルッテとフィリーネは立ったまま。皆が涙を隠す事なく、俺を悲しそうに見つめてくる。


「おい。魔王を、倒したんだろ。もっと、喜べって」


 冗談じみた顔で笑ってやったのに、誰一人笑い返してくれないとか。


 まったく。

 お前らも無愛想だな。


『ラフィー! お願い! カズトを癒やして!』


 懇願しながらキュリアが生命の精霊王ラフィーを呼び出したけど、彼女は残念そうに首を振る。


「何で! 呪い、解けたでしょ!? カズト、死んじゃう!」


 必死に叫んでも、ラフィーは力を貸さない。

 ……ま、理由は分かってるけど。


 この世界も現代と同じで、人の生命にも限界がある。

 まだ生きていても、血を流し過ぎたり、瀕死の重症になったり。生命を回復できる限界ってのがあって、それを超えたらもう、回復はできないんだ。


 しかも、人は死んだら死体は残らない。

 だから勿論、蘇生だってできはしない。


 ……まあつまり、そういう事。


「……皆」


 ぽつりと呼びかけた俺に、皆の潤んだ瞳が向けられる。


「魔王との、戦い。怖く、なかったか?」

「当たり前だろ! お前があれだけの力を貸してくれたんだ! 怖がる事なんて何もねーよ!」

「……そうね。恐いどころか、負ける気なんて……しなかったわ」


 ミコラが熱く。フィリーネが静かにそう答える。


「……我はずっと怖かったぞ。お主を、失うのがな」


 横目に俺を見下ろしながら、本音を口にし、ぐっと口を真一文字に結ぶルッテ。


「大丈夫。言ったろ? 死んだら、パーティーから、勝手に外れる。すぐ……気にならなく、なるさ」


 ……また笑ったつもりなんだけど。

 誰も笑みを見せないから、笑えてるかもわからない。困ったもんだ。


「カズト! ごめんなさい! 私のせいで! 私があんな酷い願いを口にしたせいで! 私がもっと早くあなたをパーティーに受け入れてたら、こんな事にならなかったのに!」


 俯きながら号泣するロミナのせいで、俺の顔まで涙に濡れていく。

 まあ、最期の涙雨。勘弁してやるか。

 俺が、こうさせてるんだしな。


「謝るのは、俺の方さ。ずっとお前達を、苦しめて、ばっかりでさ。でも、これで……やっと、ちゃんと……忘れさせてやれる」

「嫌! 私はもうあなたを忘れたくない! 嫌な事も、苦しい事もいっぱいあったけど! やっとまた一緒のパーティーになったの! やっと思い出したの!」

「私も、嫌。カズト、忘れたくない! もっと、一緒にいたい!」

「俺だって! お前ともっと稽古して! お前と一緒に美味いもの食べて、お前と一緒に楽しくやりたかったんだぞ! なのにふざけんなよ!」

「……貴方は馬鹿よ。大馬鹿よ! 何時もそう。私達の為って、馬鹿な事や無茶ばっかりして、勝手に去って行くなんて。……そんな優しい貴方だったから、ずっと一緒に……いたかったのに……」


 四人が思い思いにぶつけてくる想い。

 ……お陰で心が痛いじゃないか。痛みなんて忘れてたのに。


「……カズト。幾度となく我等を救ってくれた事、感謝しておるぞ」


 そんな中、ルッテが気丈にそんな事を言うと、にっこりと笑う。


「じゃが、そんな感謝など、しっかり忘れてやるわ。これでせいせいするわい。お陰でずっと笑ってられそうじゃ」


 ……泣きながら言うな。馬鹿。

 そんな気持ちになったけど。ルッテなりの言葉に、俺は感謝した。


「……ああ。これで心残りは……ない……って、言いたかった、な……」


 ……息が、絶え絶えになる。

 ……頭も、ぼんやりとする。

 ……笑いたいのに、涙が出るとか。どんだけ弱いのさ、俺は。


 そう心で嘆いた時。

 ふっと、俺の身体が薄っすらと光り出した。


 ……この世界の人は、先に身体が死ぬ。この光こそ、肉体が死んだ証。

 そして、光となって散り散りに身体が消えると、完全にこの世界からいなくなる。

 だから、ここから残せるのは、死者の言葉。


 俺は、ゆっくり目を閉じる。

 色々あった。色々経験した。

 辛い事も、苦しい事も、いっぱいあった。

 心残りだってそりゃ、いっぱいある。


 シャリアとアンナに別れも言えないし。

 辛い記憶を消してすらやれない。


 ロミナ達にも忘れられたくなかったし。

 もっと一緒に旅をして。色々な想い出を作りたかった。


 アーシェにも、ディアの時以来逢えなかったな。

 きっと色々手を回してくれてたのに。また礼のひとつも言えず仕舞いか。


 ……やっぱり、後悔は沢山ある。


 でも。

 それでも。

 俺は、ほっとしてるんだ。


 皆に、未来を残せたから。

 ロミナ達にも。シャリア達にも。

 何時かまた、仲間が笑って幸せに暮らせる。そんな平和な未来をさ。


 辛い気持ちはきっと、時間が経てば薄まっていく。

 そして何時かきっと、新たな幸せがお前達を笑顔にしてくれるさ。


 それにアーシェだって安心だろ?

 倒した魔王がまた現れた時はヒヤッとしただろうけど。お前が望んだ通りにこの世界は守られて、魔王も再び世界から消えたんだ。


 後悔はある。

 でも、それでいい。

 その方が、人間臭くて丁度いいだろ。

 魔王じゃないんだしさ。


「やだ! カズト! 死んじゃやだ!」

「まだ話は終わってないんだぞ! おい! 起きろ!」

「カズト! お願い! 目を開けて!」


 キュリアの、ミコラの、ロミナの叫び。


「……カズト。ありがとう」

「……安心せい。ちゃんと皆で笑って、幸せになってやるわ。じゃから、天から見守っておれ」


 感謝を伝えるフィリーネに、安息を願ってくれるルッテ。 


 ここで何を言っても、こいつらの心に残らない。

 この先どうやったって、もう思い出しては貰えない。


 もう、息もまともにできないけど。

 身体がなくなっていく感覚もあるけど。


 最期だからな。

 約束、果たしておくか。


「やっぱ……お前ら、は……俺が、見込んだ……最強で……最高の……パーティー……だった……よ……」

「カズト!!」


 ……そんな声出すなって。

 ちゃんと、見守っててやるよ。


 フィネットがキュリアを見守ってたように。

 シャルムがシャリアを見守ってたように。

 お前らが何時か、幸せになる所をさ。


 だから。


「今まで……ありがと……な……」


 そう呟いた後。

 俺は、あいつらを見ることもできず。

 あいつらの声も聞こえなくなって。


 ──こうして俺、カズト・キリミネはこの世界から消え。

 最期もまた、忘れられ師ロスト・ネーマーらしく、仲間に忘れられたんだ。

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