サイドストーリー:皆の想い出

第五章/第一話:フィリーネ達の戸惑い

 カルドが無事だったのを確認して、私達五人は一度船室に戻ったのだけれど。その後の空気は決して良くなかったわ。


 その理由は、パーティーの仲間でもないのに、彼に厳しく当たったルッテと私。そして彼を擁護したミコラとキュリアの意見が対立したから……ではなくて。

 ずっとロミナが思い詰めたような顔で、塞ぎ込んでいたから。


 たまに声を掛けても上の空。

 夜になった今も、夕食を終え私達とテーブルを囲んでいるけど、時たまくため息以外、ずっと晴れない表情をしている。


 辛気臭いわね、と思うものの。

 普段こんな事滅多にないから、残された私達も何も口にできずに、ただ視線を交わしては困った顔をする事しかできなかったのだけど。


 そんな時。急にロミナが席から立ち上がったの。

 思わず視線を向けた私達に視線を重ねる事なく、俯いたままの彼女は、


「……ちょっと、夜風に当たって来るね」


 そう短く言い残して、そのまま客室を出て行ったのだけど。

 直後。緊張感から解放された私達は、同時に安堵の息を漏らしたわ。

 ほんと、空気が悪くて仕方なかったわよ……。


「ったく。ロミナの奴、ちょっと落ち込み過ぎじゃねーのか?」

「まあ彼奴あやつの事じゃ。カルドが死に掛けたのは自分のせいだとでも思っておるのじゃろ。まったく。あの男、無茶しおってからに……」


 ミコラの言葉に、何処か腹立たしそうにルッテが嘆いたけれど。

 気持ちはわかるわ。彼は聖術師として無茶をし過ぎよ。


 聖術、命魔転化めいまてんか

 あれは聖術師だからといって、易々やすやすと使うべき物じゃないもの。


 あれは生命力の残りなんてお構いなしに、魔力マナを高め、転換するもの。魔力マナは術の力でありコストでもある。だから使い過ぎて消耗すればするだけ命を危険に晒す、言わば死に直結する術なのよ。


 普通の聖術師なら、使うのだって躊躇するわ。勿論私だってそうよ。死にたくなんてないもの。

 それなのに、貴方って人は……。


 カルドの行為を思い返し、少し腹立たしさを覚える。けれどそれは、同時に私が心の中に仕舞っていた、晴れない気持ちも大きくした。


「ルッテ。フィリーネ。あの時、ごめんね」

「……いや、構わん。確かに我等のパーティーメンバーでもなく、それこそロミナを救った恩人とはいえ、きつく当たったのは我じゃ。キュリアが気にする事もない」

「そーだぜ。あいつが助けてくれたのは本当だしよ。……まあでも、俺もちょっと言い過ぎだった。悪い」


 キュリアの言葉を皮切りに、皆が本音を口にする。まあ、確かに言い過ぎだったわね。勿論、私も。


「いいのよ。確かに、私もルッテもかっとなっていたもの。ごめんなさい」


 実際私が話し出したんだから、皆が悪い訳じゃないわ。でも……。


「でもよ。ルッテもフィリーネも、どうしてあんなにきつく当たったんだ? 普段のお前達なら、まだ目覚めたばかりの奴の前で、あんな雰囲気悪くなりそうな厳しい事、言わなそうじゃん?」


 ……それよ。

 私も同じ事を考えていたわ。


 確かにシャリアの知り合いかもしれない。

 だけど、きっとカルドだって、危機を乗り切る為に無茶をした事は分かっていたし、何よりやっと意識を取り戻したばかり。


 そんな矢先に苦言を呈するのなんて、それこそ病人相手に鞭打ち働かせるのと同じようなもの。

 それなのに……私はあの時、気持ちが抑えられなかったわ。


「そういうお主やキュリアも、随分と熱くなっておったではないか。普段のお主らならフィリーネに賛同しそうなもんじゃが、何かあったか?」


 これも思ったわ。

 ミコラもキュリアも確かに優しいけれど、普段ああいった無茶をした相手には厳しいのよ。


「……カルド。頑張って、くれたから」


 ルッテの問いに、珍しく表情に少し憂いを見せて、キュリアが呟く。


「まあ、それもあるけど。それだけじゃねーんだよ。巨人が炎の魔術使った時だって、あいつ迷わず指示出してきて、命懸けで俺達守ろうとしたろ。何か分からねーんだけど、あの時あいつが他人に思えなかったんだ」

「確かに。彼奴あやつはあれだけの術を使って我等を守り、キュリアを吹き飛ばして剣撃から救い、ロミナを身体を張って守ろうとしおった。余所者にあそこまでのものを見せられたのは驚きじゃったが、同時に不安にもさせられたわ。ロミナの安否もそうじゃが、奴の安否にもな」

「それに彼が翼魔像ガーゴイルに気づいて、私達にいち早く指示してきた時だっておかしかったわ。私達は戸惑いこそあれど、素直にその指示を受け入れたわ。けれどカルドは非正規の冒険者だし、会って間もない相手。普段の私達なら、あの指図に文句のひとつも言う所よ」


 ほんと、何なのかしら。

 皆が皆、同じような気持ちになっている。

 まるで、そこにいたのが当たり前だったみたいに……。


「……ずっと、一緒だったみたい」

「分かる分かる! だからお前らがあいつを責めた時に、思わずかーっとなっちゃったんだよ。何で頑張ったあいつにそんな事言うんだーって」

「……すまん。じゃが我等も同じじゃ。彼奴あやつが無茶をして、我等やロミナを守ろうとしたのが許せんかった。彼奴あやつが死んでいたらと思うたら、急に腹立たしくなっての」

「そうなのよ。私だって、会ってそんな機会なんてなかったのに、私達をまた泣かせる気なの? なんて、変な気持ちになってたもの……」


 私達は誰となく俯き、ため息をく。


「カルド、この間会ったばかり。でも、凄く優しいし、すごく安心する。何でかな?」

「何でだろうな? ……もしかして、俺達が忘れてるあいつか?」

「……いや。彼奴あやつがもしカズトなら、当にロミナが気づいて問い詰めておろうて」

「そうよね。彼女も私達も探している、最も逢いたい相手。気づいていたらきっと、話をしていると思うわ」


 私達は、そんな胸の内のもやもやにさいなまれながら、ただ考え込む事しか出来なかった。


 ……カルド。

 一体、貴方は何者なの?

 何か私達と関係があるの?

 それとも私達が単に、貴方の情にほだされただけ?

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