第三話:約束

 俺はシャリアの言葉に、思わず息を呑んだ。


 ロミナが俺の名を口にした?

 何でだ? あいつは俺なんてもう忘れてるはずだろ!?

 だって俺はあの時、パーティーを組んだままあいつに──。


 そこまで思いかけて、俺ははっとする。

 そういや以前、そんながあったじゃないか。


 ダークドラゴンのディネル。

 俺の推測では、あいつはパーティーを組んだ俺を一方的に見ただけで、俺がその間に会ったという認識を持ってなかったから、呪いの対象にならなかったと考えてた。


 つまりそれは正しかったが、って事だ。

 俺はパーティーに入っている時にロミナに会って呪いを解いた。

 だけど彼女は、その時俺に会ったという認識を持っていないはずだ。意識を失っていたんだからな。


 ってことは、記憶から消える条件は、パーティーを組んでいる間にって事か……。


 俺がその事実に気づき、何も言えずにいると。

 沈黙を嫌ったのか、シャリアが先に語り始めた。


「あいつらがあたしの所に顔を出したのは、魔王の呪いから解放され、元気になったロミナの姿を見せたくてって話だった。でも、それだけじゃなかったのさ」

「っていうと?」

「ロミナが昨日、デドナの村の噂について、あたしに何か知らないかって尋ねて来たんだ」

「デドナの噂って、忘れられ師ロスト・ネーマーのか。シャリアはあの噂について、何か知ってるのか?」

「いいや。あたしだって現場に遭遇してる訳じゃないし、同じような噂しか知らない。だからそう答えてやったんだけどさ。そしたら、ロミナがもうひとつ尋ねてきたんだ。『カズトという武芸者を知らないか』ってね」 

「……それで、何て答えたんだ?」

「知らないって返した」

「え?」


 予想外過ぎる答えに、俺は思わず拍子抜けした声をあげる。

 いや、だって。シャリアは俺を知ってる。

 しかも弟子からの質問。だからその答えは絶対あり得ないって思うだろ。


「何で……」


 唖然とする俺が面白かったのか。

 ふっと笑ったシャリアが話を続ける。


「簡単だよ。あんたは嘘をついた。つまりそれは、嘘をつくだけの事情があるからだろうって思ってさ。だからあたしもロミナ達に嘘をついた。だけどあたしの心はそれじゃ納得できやしないからね。それで、あんたの本音を聞きにきたのさ」


 その答えを聞いて、俺は開いた口が塞がらなかった。


 ……シャリアは、本当に不思議な人だ。

 普通、弟子にそう問われたらそっちを取るだろ。俺なんてたまたま出会った冒険者だろうに。なのにどうしてここまで気を遣ってくれるんだ?


 ほんと、話す度にそんな疑問が膨れ上がるけど、同時に分かった事もある。

 この人になら、俺の事を話してもいいんじゃないかって事だ。


 こんなの勘でしかない。

 騙されてるかもしれない。


 だけど、それでも俺はそう感じずにはいられなかったんだ。


「……シャリア。ふたつ頼みがある」

「何だい? 言ってみな」

「ひとつは、この後話す事は、誰にも口外しないで欲しい。約束できるか?」

「それははいいけど、そもそもあたしを信用できるのかい?」

「ああ。背中を預けられる位には」

「ふっ。いいねえ。流石はあたしの見込んだ男だよ」


 俺の言葉を聞いて、彼女は嬉しそうに笑う。


「で。もうひとつは?」

「……ロミナ達に、俺がこの街にいるって事は話さないで欲しいんだ。まあ、俺が死んだ時は、流石にそう伝えて欲しいけどな」

「随分物騒な話じゃないか。そりゃ何でだい?」

「それは、事情を話してから説明したほうが、納得してもらえるかもしれない」

「そうかい。じゃ、まずは話を聞こうか」

「ああ」


 俺は一度だけ深呼吸をした後、順番に事の次第を話して聞かせた。


 俺が忘れられ師ロスト・ネーマーであり、絆の女神の加護と呪いを手にしている事。

 そんな俺は、昔ロミナ達と冒険していたこと。

 魔王との決戦前に彼女達の優しき想いでパーティーを追放され、彼女達の記憶から俺が消えたこと。


 魔王が死んで半年後。

 ロミナが、魔王を倒した際に呪いを受けた事を偶々たまたま知った俺が、ルッテ達と共に旅をし、パーティーを組み無事呪いを解いた事。

 そして再びパーティーを離れ、皆の記憶を消したこと。だけどロミナの記憶だけ消えなかったこと。


 流石に、呪いを解く為の試練でロミナに殺された話や、解放の宝神具アーティファクトを使った事。四霊神である最古龍ディアの存在や、宝神具アーティファクトの在りかなんかは伏せたけど。

 それでもあいつらと別れ、記憶を消した理由も含め、俺は話せる範囲でできる限りの話をした。


 シャリアは時に驚き。時に戸惑い。色々な顔を見せた。だけど話をしている間、下手なことを一切口にせずにずっと聞き手でいてくれた。


「……これが忘れられ師ロスト・ネーマーとして、俺がロミナ達と出会った話の全てだ」

「……あんた、幾つだっけ?」

「十九だけど」

「その歳で随分大人びてるし、覚悟が座ってる理由はそういう事だったんだね」

「正直あまり考えた事ないけど、そうなのか?」

「ああ。ただの真面目なお人好しかと思えば、己を譲らず格上や危険にも挑む。じゃなきゃ、闘技場であたしに喰らいつこうとなんてしないし、アンナの事にだって首を突っ込みゃしないさ。どうしてなのかそれが不思議だったんだけど、やっと腑に落ちたよ」

「……そんな凄いもんじゃないって。これでも臆病者なんだぞ」

「全然そうは見えないけどね。……ずっと、辛かったろ?」

「いや……なんて、流石に言えないかな」


 一瞬ロミナ達との別れが脳裏を過ぎり、思わず俺が苦笑すると、シャリアは優しい目を向けてきた。


「でもさ。ロミナ達はあんたを探してるんだし、素直に戻ってやったらいいんじゃないかい? あんただって、あいつらと旅するのは嫌じゃないんだろ?」

「……いや。今はだめかな」

「何でだい?」

「理由はふたつ。ひとつはアンナさんの件で、俺が死ぬかも知れないから」

「……どういう事さ」


 驚きを浮かべるシャリアに、俺は語る。


「俺はアンナさんと一緒にウェリックに会うつもりだ。でも相手は暗殺集団の幹部にまでなったんだろ? こっちだって何かあれば身体を張らないといけないし、それこそ死ぬかもしれない。もしロミナ達と再会したとして、その矢先に死なれちゃ最悪だろ? 会う前に死んでる方がよっぽどましだって」


 まあ、正直ウェリックは未知数なのもあるが、俺も暗殺者と戦うなんて経験はあまりなかったし、何がどう転ぶか分かったもんじゃない。

 それに、先にロミナ達に会って、皆をこの件に巻き込みたくもないしな。


 話を聞いたシャリアが少し切なげな顔をする。ま、でも彼女も分かってるはずだ。

 背中合わせの生と死と共に旅をする。冒険者なんてそんなもんだってな。


「じゃあ、アンナの件が片付いたら戻るのかい?」

「……いや。俺が戻る時はひとつだけ。ロミナが自力で俺を見つけた時だけさ」

「そりゃどうして?」


 その問いかけに、重い気持ちを吐き捨てると、俺はじっとシャリアを見た。 


「……あいつはきっと、約束を覚えてるから旅をしてるはずなんだ。『俺に逢いたかったら、必死に探してみろ』って別れ際に言ってやったからな。だから、あいつが俺を見つけて声を掛けてくるまでは、こっちから戻りはしない」

「見つけてもらえなかったらどうする気なんだい?」

「その時はそれ。互いに縁がなかったってだけさ」


 そう口にしながら、俺は少しだけ笑う。


 ロミナはほんと真面目だよ。

 きっと強引に探そうと思えば、あいつは俺をすぐ見つけられたはずだ。

 マーガレスのコネで冒険者ギルドの情報調べたりすれば、どこでクエを最近受けたかとかで何処にいるかの目星もつくはずだし。

 シャリアに頼んで、人海戦術でこの街を探す事だってできたに違いない。でもこいつがそれを口にしなかったって事は、ロミナはそこまでしてないんだろう。


 だから、あいつはそんな強引な再会を望まず、きっと自分の手で探し出してみせるって思ってるんだ。

 じゃなきゃここ二ヶ月半、俺が見つからずにいられるはずがない。


 そして、あいつだってきっと絆の女神アーシェを信じてるだろ。

 勿論俺もだ。


 ……まあただ、俺も色々とから、ちゃんと再会するのには不安もあるけどな。


「だから、ロミナには話すなって言ったのかい?」

「ああ。死んだら流石にずっと探させるわけにはいかない。けど、生きてる内はあいつを信じて待つだけさ。あいつも信じる『絆の女神様のおぼし召し』ってやつをな」


 俺はそこまで話すと、シャリアに笑みを返し、食べかけのステーキに手を出し始める。

 正直、少しだけ肩の荷が下りた気がした。

 今まで誰にもこんな話できなかったしさ。


「そっか。あんたの事情はわかった。勿論ちゃんと約束は守るよ」

「ありがとう。シャリア」

「いいって。その代わり、是非あたしの右腕に──」

「だからそれはなし!」


 なんでそうなるんだよ! ったく。

 思わず勢いよくツッコミを入れると、彼女は頬杖を突いて楽しげな顔をする。


「まったく。つれないねほんと。じゃあせめてあたしの事もだと思いな。何かあれば協力は惜しまないからさ」

「……そうするよ。悪いな。勝手に俺のこと背負わせちゃって」

「いいって事さ。あたしはあんたの本音が聞けただけで、充分満足だよ」


 言葉を交わし笑い合う俺達。

 何だろうな。俺って兄弟とかいなかったけど、姉がいたらこんな感じなのかな?


 勝手にそんな気持ちを覚えながら、俺は彼女との出会いに感謝しつつ、気持ちを誤魔化すように食事を掻き込んでいったんだ。

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