第二話:青天の霹靂

 翌日。

 結局俺は、何時眠りに落ちたのか分からぬまま、朝を迎えていた。


 流石に気持ちは少し落ち着いた。

 勿論、戸惑いはあるけどな。


 ベッドから起き、洗面所で鏡を見る。

 泣きすぎて目が真っ赤だし腫れぼったい。


 ったく。何やってんだか。

 これだけ泣いたのなんて、最初にパーティーを追放された時以来だろ……。


 しかし、ロミナ達はどれ位ここにいるんだ?

 ウィンガン共和国の首都だけに、この街は結構広い。

 早々出会いはしないだろうが、きっとシャリアの所にあいつらはいそうだし、当面あの屋敷には顔を出せないか。

 まあ、この宿にいるのはシャリアがアンナさんに話してるだろうし、何かあれば彼女からこっちに言いに来るだろう。


 ほんと、この気候で助かったよ。

 俺があの時、聖術師の格好でなかったら気づかれて……って。それは流石にないか。

 忘れられ師ロスト・ネーマーの呪いで皆の記憶から俺なんて消えてるんだ。もしそのままだったとしても、きっと何もなかったさ。


 とはいえ、ロミナは俺とは分からなかったけど、過去を少し覚えていたし、下手に会わないほうがいいだろう。


 ……戻りたくないと言えば嘘になる。

 だけど、俺がいなくたってあいつらには問題はないし、そもそも観光だとしたら、そのまま戻って後はまた平和な王宮暮らしだろ。冒険者の俺には関係ない話さ。


 ……なんかしんみりしても嫌だし、気分を変えないとな。

 さて、今日はどうするか。

 折角だし、やっぱり海でも堪能すべきか?

 観光するって決めて来たんだし、昨日水着も買ってるから、海でひと泳ぎするのもいいな。

 でもあまり疲れてもいけないし、浜辺で日光浴でもしてぼんやりする手もあるか。


 そんな事を考えながら、窓の外の天気を確認しようと何気なくカーテンを開けたんだけど……。

 思いをあっさり打ち砕くかのように、激しい雨が降っているのが見えた。


 おいおい。

 ウィバンで雨が降るって、夕方のスコール以外はかなり珍しいんじゃなかったか?

 まったく。ついてないな……。


 ため息を漏らした俺は、仕方なく宿の一階にあるレストランへと向かう事にした。


   § § § § §


 流石は高級宿って言うべきなんだろうけど。

 足を運んだ宿のフロントに隣接するレストラン。

 その入り口から見える店内を見て、俺は思わず二の足を踏んだ。


 いやだってさ。

 ここもどう見たって頭にって付くだろこれ。


 三食付きらしいけど、それにしたって何か間違ったものでも頼もうものなら、俺の懐が大打撃。

 何より俺、こういう高級な場所に慣れてないんだよ……。

 結局、昨日はあの後何も食ってないし、何か食べたいってのはあるんだけど……。


  グーッ


 ……身体は正直。

 でもこんな音、店の中で鳴らせないだろって……。


 俺が困った顔をして途方に暮れていると。


「お、カズトじゃないか。丁度良かった」


 最近聞き覚えのある女性の声が背後から聞こえ、俺は思わず振り返った。


「あれ? シャリア。それにディルデンさん。こんな朝早くにどうしたんだ?」


 そう。

 やって来たのは、雨避けのローブを脱ぎディルデンさんに渡しているシャリアだった。


「いや。丁度お前に話をしたくって……って。どうしたんだいその目は?」

「あ、いや。あまりに慣れない部屋だったから、寝られなくって困ってさ。ははは……」


 目が腫れてるのを寝不足のせいにして、俺は頭を掻く。シャリアの怪訝そうな視線が痛いが仕方ない。本当の事なんて話せないからな。


「そうなのか。あまり無理するなよ。何なら寝やすいと噂のベッドでも運んで──」

「だ、大丈夫だって! 大体ここの宿代だって馬鹿になってないだろ!? これ以上世話になれないって」

「別に、そんなに恩を感じてくれるんだったら、別にあたしの右腕になってくれても──」

「それも却下!」


 ったく。にこにこしながらすぐ勧誘して来やがって。

 思わず腕を組み不貞腐れていると。


「シャリア様。カズト様。ホテルのロビーですので、お静かに」


 ディルデンが小声で俺に声を掛けてくる。

 って、確かに周囲の客の視線が刺さってる……。


「す、すまなかったね。と、とりあえず一緒に朝食でもどうだ?」

「あ、ああ。丁度腹が減ってた所なんだ」


 俺達二人はぎこちなくそんな会話を交わすと、視線を避けるように、こそこそとレストランに向かった。

 ……やっぱり、こういうお高い場所は苦手だよ。


   § § § § §


 俺達はシャリアの計らいで、レストランにあるVIP向けの個室にあるテーブルに向かい合い座っていた。ディルデンさんにはドアの外で待機してもらっている。


 目の前には、朝食ながら豪華な雰囲気しかないステーキやらスープやらが並び、俺達はそれに舌鼓を打っていた。


「しっかし。顔出すだけならもっと遅くても良かったんじゃないのか?」

「今日は朝から組合に顔を出さないといけなくってね。そのついでに、ちょっとあんたと話をしておきたかったさ」

「で。その話ってのは?」


 食事を一段落させ、出された紅茶をぐびっと口にしたシャリアは、俺の言葉に真剣な顔をした。


「ひとつはアンナからの伝言だ。『覚悟を決めるから、三日間だけ時間が欲しい』だとさ」


 三日か。

 きっとアンナさんの事だから気丈にしてそうだけど、内心はやっぱり複雑なんだろう。

 ま。彼女がそう決めたなら、心の整理ができるまでゆっくり待つさ。


「分かった。他には?」


 俺がそう尋ねると、彼女の視線が一瞬だけ泳ぎ、ため息を漏らす。

 ……ん? 話しにくそうな事か?


「……カズト。あたしはあんたを信頼してる。だから本音を知りたい」

「本音? お前の右腕になってくれって話なら、俺は本気で断ってるけど」

「それは今はいい。後でゆっくり話す」


 諦めてないのかよ!?

 思わずそう口にしそうになったけど、向け直されたシャリアの思った以上真剣な視線に、俺も冗談じみた発言は止める。


「……昨日、お前がうちを離れたのと入れ替わるように、ロミナ達が屋敷にやって来た」

「え? あの聖勇女様が?」


 俺がそう驚いた振りをするが、シャリアの真剣な表情は、そんな答えなんて望んでいないかのように崩れない。


「……カズト。改めて聞くよ。あんた、ロミナを知っているね?」

「だから。それは前も──」

「あたしが聞きたいのは建前じゃない。本音だ」


 尋問。

 ……いや。そうじゃないな。

 この目は、純粋に真実を見定めようとする目だ。


 彼女がそういう目を向けてきた事があった訳じゃない。けれど、何となく分かる。

 Sランク冒険者でありながら大商人にまでなった人だ。流石に誤魔化せそうにないか。


 とはいえ、俺だって無闇に素性なんて明かしたくないし、そもそもこの問いに至った経緯がさっぱり分からない。


「……何で、そう思う?」


 真実を知るため、俺が敢えてそう尋ね返すと、シャリアはため息を漏らすと。


「ロミナが、お前の名を口にしたからだ」


 静かに、予想だにしなかった事を口にした。

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