第五章/第五話:フィリーネの追憶

 王都に戻る早馬車に乗り二日。

 ルッテに膝枕されているカズトは、未だに目を覚まさない。


 時折見せる痛みに歪む顔。

 それに私達は不安になってばかり。

 ディアはその内目覚めると言ってくれたけど。

 信じないといけないって分かっているけれど。


 ……やっぱり、不安よ。

 貴方を失うんじゃないかって。


 ……本当に。

 貴方は何故、こうも無茶ばかりするのかしら。


 確かに貴女のお陰で解放の宝神具アーティファクトを手に入れ、確かにロミナを助けられるようになったけれど。それで貴方が死ぬような事があったら意味がないのよ。


 今回の旅だってそうよ。


 何が「撒き餌なんてのはこれ位がいい」なんて言って、身体張ってるのよ。

 何故私達を助けるために、自らの身体を傷つけてるのよ。


 昔から変わらなすぎよ。

 貴方って人は……。


 まだ忘れられ師ロスト・ネーマーだなんて知らなかったあの頃。

 Cランク……いえ。出逢った時はDランクだったわね。


 あの日、私達が魔王軍に囲まれて、何とか必死に踏みとどまっていたわ。


 離れた位置から私達を狙う闇術師あんじゅつし弓師ゆみしが、本当に厄介だった。

 前衛のトロール達は何とかロミナとミコラが食い止めてくれて。私やキュリア、ルッテが彼女達をフォローしつつ、何とか後衛を狙う術や矢を防いでいたけれど。

 多勢に無勢。少しずつ追い詰められていって、正直突破口どころか、未来が見えなかった。


 あのままだったら死んでいたかもしれない。

 そんな中、貴方は突然現れたわよね。


 敵の後方であがる悲鳴。

 倒れていく闇術師あんじゅつし弓師ゆみし達。


 相手の後方支援が止み、遠くで敵が次々に姿を消していく中で、貴方は武芸者として腕を振るってくれた。


「大丈夫か!?」


 トロールまでも不意をついた一閃で退け、息を切らしながら現れた貴方のお陰で、状況は一変したのよね。

 今でも忘れられない程の貴方の刀捌きの鋭さには、本当に目をみはったわ。

 まさかDランクだったとは思わなかったけれど。


 一通り敵を倒し、逃亡した相手を追う事は止めて、私達がほっと一息ついた時。貴方も安堵して笑ってくれたけど。

 討ち漏らした弓師ゆみしの死に間際に放った矢に気づいた時、貴方は咄嗟に私を庇って肩に矢を受けたわよね。


 塗られた毒と深く刺さった矢の痛みで、顔を歪めて苦しそうだった癖に。


「そっちが無事なら良かった」


 なんて。

 見ず知らずの相手に無理矢理強がって笑って見せるなんて。


 あの時、私達はただの赤の他人だったのに。

 貴方はたかだかDランクだったのに。


 ……私は、その心の強さと優しさに、一瞬で心を奪われたのよ。


 ロミナが突然、貴方をパーティーとしてこれからも連れて行きたいって話し出した時。


「ロミナ。わかってるの? 彼はDランクよ?」


 そう言って私は冷たく抵抗したわよね。

 でもね。本心では彼女と同じ事を望んでいたの。

 貴方ともっと旅をしてみたいって。

 ……今考えても、素直じゃなかったわね。


 でも、一緒に旅をしたかったのは本当よ。

 借りを作りっぱなしなのは嫌だったのもあったけれど。あの時の貴方の優しさが、心に沁みていたんだもの。


 あれから色々旅をしたけれど、皆のいる手前、結局あまり素直になれなかった。

 でもね。私は初めて逢ったあの日から、ずっと貴方を認めていたの。

 私がこのパーティー以外の、しかもランクが格下の相手を認めるなんて相当な事よ。


 だからきっと、今回の旅でも同じ気持ちになったのね。


 貴方との記憶なんてなかったのに。

 チャートで深夜、二人きりで逢った時。

 何故か分からないけれど、あの時にはもう貴方の側にいる心地良さを感じてしまっていたわ。


 ……今考えたら、そう思うはずよね。

 私は昔、ずっと望んでいたの。貴方の隣で笑顔でいたいってね。


 知っているわよ。

 昔パーティーを組んでいた時に、皆が夜、時折貴方の元に顔を出しては、弱気を見せたり、悩みを打ち明けたりしていたのを。

 そして、それを貴方が笑顔で受け入れて、慰めていたのをね。


 何故って? 簡単よ。

 私がそうしようと思った時、先約のように皆が貴方の所に行くのを見かけちゃうんだもの。

 本当に参っちゃうわよね。ちゃんと皆と本音で話し合って、順番くらい決めておけばよかったわ。


 でもきっと、貴方は知らないわよね。

 そんなささやかな時間が、本当に私達に勇気と希望をくれたことを。


 だからこそ。

 ロミナも。皆も。貴方の元に戻りたいって思えるよう、貴方を残して魔王討伐に向かおうとしたのよ。


 貴方と再びパーティーを組んで。

 今までの記憶が戻った時に、改めてそれらを思い出して。

 貴方が別れ際に言ってくれた数々の言葉を、改めて噛み締めて。


 本当に幸せで。

 本当に嬉しくて。

 本当に勇気が出たのよ。


 だからこそ、最後の試練に一緒に行けなかった時。魔王討伐に取り残された貴方の気持ちが分かった気がしたわ。


 こんなに歯がゆくって、苦しい思いをさせていたのね。

 待つのって、こんなに辛かったのね……。


 ……いい? カズト。

 貴方は宝神具アーティファクトに認められたの。

 貴方がロミナを呪いから解放しないといけないのよ。


 だから、早く目覚めて、ちゃんとロミナを救いなさい。

 そして、貴方が冒険者以外能がないって言うなら、また私達と共に旅に出ればいいのよ。


 確かに王宮での生活には魅力もある。けれど、そんなの関係ないわ。

 だって、私は貴方と一緒に居たいんだもの。


 貴方の笑顔を見ると安心するし。

 貴方をからかうのも楽しいし。

 貴方がいれば、何があっても乗り切れる。

 そんな気がするから。


 だから、お願い。目を覚まして。

 そして、またちゃんと私達の前で笑って。

 お願い……カズト……。

 お願いだから……死なないで……。

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