怪人たちの少子化対策

蒼生光希

第1話

怪人ゾルゲオーンは、F市の文化ホールの階段上から5人のヒーローを見下ろしていた。レッド、ブルー、イエロー、ピンク、グリーン。配色のバランスがとれたヒーローたちがそれぞれ名乗りをあげた後、最後に決めポーズ。

「地球を守る!守護戦隊、マモルンジャー!」

ビシッ。決まった。

なんとなくこの名乗りの間は攻撃しないことにしているので、名乗りが終わってからおもむろにゾルゲオーンは片手を伸ばした。

「出てこい、ゾルゾたちよ!」

ゾルゲオーンの影が何倍にも広がり、そこからゾルゾたちが20人出てきた。グレーのツルツルした体につり上がった黒い目。基本的な姿こそ一緒だが、黒いマントと赤いベルトをつけたゾルゲオーンと違い、黒いベルトだけ着けている。

「ゾルゾー!」と口々に叫ぶ手下をマモルンジャーたちにけしかける。ここで「いくぞ!」とレッドが気合いを入れて5人とゾルゾたちの戦闘になるのが常だった。

今日までは。


「待て!」

レッドが先程のゾルゲオーンと同じように片手をこちらに伸ばしてきた。戦闘態勢に入っていたゾルゾ集団はうろたえる。

「待て、だと……?」

「ゾルゲオーン、お前に話がある。取引をしよう」

「はぁ?」

「悪いようにはしない。そこのベンチに座って話をしよう」


ベンチに座ろうとすると、レッドがどこにしまっていたのかタオルを敷いてくれた。

「あ、ありがとう……?」

意外な優しさに、思わずお礼を言ってしまった。「冬のベンチは冷たいからな」とレッドはこともなげに言う。その他のマモルンジャーとゾルゾたちは距離をとって2人を見守っていた。

「実は我が国は少子化でな」

「知ってるが」

戦う相手の国政状況は宇宙船のモニターでチェックしている。

「そして今やお前たちだけでなく、たくさんの怪人が我が国に、いや世界に攻め込んできている。人手が足りないんだ」

「はぁ」

「そこでマモルンジャー本部と政府は、お前がゾルゾたちを生み出している技術に目をつけた。ゾルゲオーン、お前あれどうやっているんだ」

あれ、と指さされたのはゾルゾたちだ。皆不思議そうに見ている。首をかしげたり腕を組んでいる者もいる。

「え?あれは私の生命エネルギーを基に作っているが」

「生命エネルギーはどうやって作っているんだ」

「二酸化炭素吸って太陽浴びてる」

「それは、もしかして温暖化対策もできるんじゃないか!?」


急に後ろから声がして、ゾルゲオーンは振り返り、驚いた。ベンチの後ろ、植え込みの向こうにはたくさんの人がいた。白衣姿の者、スーツ姿の者。そして全員が腰が引けていた。

「なんだあいつらは」

「我々の関係者だ。君を恐れて近づかないから気にしなくていい。ところでそもそも君たちの目的は、我が国の侵略だったね?」

「そうだ。我々の星は資源が枯渇し住んでいられなくなった。この国を侵略し住むのが目的だ」

レッドは仮面ごしに熱い視線をゾルゲオーンに向けている。すっかり気圧されたゾルゲオーンは居心地の悪さを感じていた。

「もう少し確認したいんだが、言葉はどうしたんだ」

「超小型ナノマシンを開発し、飲み込んだ。読み書きは勿論、話すのも支障はない」

「よっしゃー!」という声が聞こえた。グリーンが両手を上げてガッツポーズしている。


「あれは……」

「彼は海外派遣が決まって言語習得に悩んでいたんだ。ところでゾルゾたちは戦闘に特化していて知能が低そうだが、知能が高いものも生み出すことが可能なのか」

「作り出すのが1人なら、私とほぼ同程度の知能を持った者を作ることが可能だ。他の怪人と協力すれば2人分、3人分の知能を持った者も作り出せる」

レッドはしばし考えこんだ。

「それは……もしかして同姓間でも可能なのか」

「私たちにはお前たち人間のような性別はない」

「例えばそこの地球人2人から赤ん坊1人を新たに作ることも可能か」

レッドはピンクとイエローを示した。彼らは他3人と違って腰の部分の衣服がひらひらと広がっている。2人は手を握りあいゾルゲオーンを凝視していた。

「可能だ」

ピンクとイエローが抱き合う。

「彼女たちは恋人同士で、子供を持ちたいと悩んでいたんだ。我が国でそれをしようとすると手続きと方法が煩雑で差別もあり苦しんでいた」


「もしかしてあいつにも何かあるのか」

ゾルゲオーンはブルーを指さした。

「あいつはもう戦うのに疲れたと言っていた。怪人があまり来ない田舎でスローライフを送ることを希望している。だが辞めるなら後任を見つけてこい、と上層部から脅されていてな。しかし君との取引で人員を増やせたらその問題も解決だな」

「待て、取引するとは言っていないぞ」

「君たちの住む土地を提供すると言ったらどうだ」

ゾルゲオーンは上空を見上げた。宇宙船に残った仲間は自分を入れて10人にも満たない。皆長い航海と守護戦隊との戦いで疲れ切っていた。

「もう、戦わなくていいのか」

「そうだ。安全は保証する。契約書を作るからサインしてくれ」

レッドがスーツ姿の人間から書類を受け取る。ゾルゲオーンは観念してサインした。


「思えば、あれが一番緊張した戦いだった」

ゾルゲオーンは美しい砂浜を前に佇み、独りごちた。日が沈もうとしている。砂浜に寄せて返す波がきらきらと光る。


サインした後、体を実験に使われるのではと気づき恐怖した。しかしそんなことはなく、レッドが地球人の代表として間を取り持ってくれた。

あれからいろんな情報をやり取りした。「信頼関係を築くには時間と回数が必要だ」とレッドが言ったのでゾルゲオーンは指定された水族館、遊園地、ショッピングモールに出向き、レッドと時を過ごし、別れ際に情報を渡した。情報と引き換えに莫大な報酬をもらった。ゾルゲオーンたちのおかげで少子化問題、地球温暖化などの課題が解決に向かっている。宇宙船は港に停泊し、仲間はすっかり人間の暮らしに対応していた。


「お前は我々に何も望まないのか」とレッドに聞いたことがあった。すでにグリーンは海外に渡り活躍し、イエローとピンクは育休をとり、ブルーは田舎に引っ越した。仲間が欲しいものを手に入れる中、レッドだけがゾルゲオーンと面談していた。

「お前はおかしい。先日など情報を受け取らないままだった。そんなことでいいのか」

沈黙の後、意を決したようにレッドはこれまでにない真面目な顔をした。

「僕は君と生きたいんだ。初めて会った時から君のことを愛していた」

「えっ」

突然のことに生命エネルギーが暴走する。影が広がり、ゾルゾたちが生まれる。レッドは慌てない。彼らを観察する。ガッツポーズをしているゾルゾ、身をくねらせてもじもじしているゾルゾ、口笛を吹くゾルゾ。

「これはイエスということでいいのかな。ずいぶん地球人の表現が染み付いたね」

嬉しそうに笑うレッド。「お前のせいだ」とゾルゲオーンはどついた。照れ隠し、というやつだ。


そして今。2人は南の島に住み、時折、地球を狙う怪人たちと地球人との仲介をする任務についていた。

夕日が沈む。ゾルゲオーンの元に頬笑みを浮かべてレッドが歩いてくる。両手に、2人の生命エネルギーからできた子供をしっかりと抱いて。

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怪人たちの少子化対策 蒼生光希 @mitsuki_aoi

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