第30話 過去への潜入

「ふぅん、じゃあ君はお母さんの連れ子だったんだね。お母さんの事は好きだった?僕は兄にあんな事をされても兄の事好きだった」


 棗の作った肉じゃがを頬張りながら、世間話に見せかけて狭山は棗に話を振った。


「母は…嫌いでした。きっと私の事も好きじゃなかったと思います」


「その代わりお父さんが君を愛してくれたんだね。あ、色々な意味でだけどね?この肉じゃがおいしいね。で?」


 箸を振り回しながら話の続きを促す狭山は、ただ単に世間話がしたいだけのように見える。その気やすさにつられて棗が恐る恐る話を続けた。


「愛していたって言うんでしょうか。アレを…」


「縛って、叩いて、抱きしめて?そのうちセックスもしろって?」


 棗の目が小刻みに左右に揺れる。何かを懸命に考えているような、何かと闘っているような複雑な表情を棗は浮かべた。


「父は…。勃たない人でしたから」


 棗の声が小さく掠れる。お茶を注ぎ足す手が小刻みにふるえているのを狭山は見逃さなかった。


「誰か代役を立たせた。違うかい?」


 その言葉が直球にストレートに棗の心に入り込むと、棗は途端に心が真っ黒な重油で包まれるような感覚に動揺した。


「ど、どうだって良いじゃないですか!そんな事!」


 居た堪れずに立ち上がって、その場を去ろうとする棗の手を狭山が強く握って引き止める。


「逃げ無いで。その事実に立ち向かわないと。君は何も悪く無いんだから。そうしないと君はそこで生きていけなかったんだから」


 そう。棗が逃げればそれだけ李仁は遠くなる。棗は観念したように、狭山の前に座り直した。

 既に棗の呼吸は荒かった。狭山の手が、棗の背中を優しく撫でていた。



 棗の母と言う人は、多分お金のために父と結婚した。幼い棗にもなんとなくそれは分かっていた。

 父は少なくとも母を愛していたが、二人が軀を結ぶ事は無かっただろう。

 棗は母に面立ちが良く似ていた。男の子なのに、いつも女の子に間違われた。

父はそんな棗の中に、肉体を結べない愛しい妻と、棗を孕ませた憎い男とを同時に見ていたのだった。

 歪んだ独占欲と性への執着。そして生まれながらに美しかった棗に父は理性を狂わされていったのだ。

 自分に絶対的に服従させ、己の満たされることのない性欲の代替として棗を扱ったのだ。

 母はそんな父と棗の関係に気づいていながら助けてもくれなかった。

 幼い棗にすれば、自分に関心を持たない母よりも、歪んだ父の愛情の方が嬉しかった。

 そうして父は棗の軀を開発し、自分の命令一つで誰とでもセックス出来る生きた人形として棗を育てた。

 そして、いつしか何人もの男達が取っ替え引っ替え棗の元に訪れるようになった。

 父は棗とその男達とのセックス行為をただ眺めて愉しんだ。

 上手に男たちをもてなせた日は、父は棗を抱きしめて褒めてくれた。母に顧みられない分、父が心の寂しさを埋めてくれた。


 棗がまだ十四歳の春だった。初めて父がはる君を連れてきたのは。

 背が高く、指が長い文学青年風なその男は、まだ駆け出しの人形作家だと紹介された。


「わ、私は拓殖晴臣つげはるおみと言います。君をモデルにした人形を作るようにお父様から依頼されました」


 何処かおどおどしたその男は、棗などよりも遥かに純情そうに見えた。週に二度、拓殖は棗の元に通っては、裸体のスケッチだの山のように描いては、たいした話もせずに美味しいお菓子を棗に置いて行くのだった。

 父が性具として連れてくる男達とこの拓殖と言う男の何が違うのかは分からないが、拓殖に抱かれてみろとは父は言って来なかった。

 だからなのかも知れないが、棗はこの柘植という無口な男に興味を持った。こうして裸の自分を目の当たりにしながら、よくも淡々と絵が描けるもんだと、自惚れた気持ちだったのかも知れない。

 なんせ棗のもとを訪れる男達は夢中になって棗を玩具にする輩ばかりだったからだ。

 ちょっとした火遊びのつもりだった。父の目を盗んでセックスしろと言われていない男を棗が遊んでやろうかと、自我の目覚め始めた棗の、父に対する少しばかりの反抗だったのかも知れない。

 この日もせっせと裸体をスケッチしている柘植の膝を、ソファに寝そべっている棗が爪先を伸ばして悪戯をし始めた。


「ねえ、拓殖さん。拓殖さんって男の子で興奮する人?ねえ、良くそんな澄ました顔してられるね?そんなに魅力ない?」


 膝をもぞもぞしてくる棗の爪先をかわしながら、拓殖はただ困ったように笑うだけだ。棗の爪先が柘植の内腿をスルリと滑り、柘植の股間に触れた。拓殖はびくりと体が跳ねた。棗が面白がるようにクスクスと笑う。


「やだ。ココはちゃんと固くなってる。はる君より正直者だね?」


「や、やめて下さいっ、私をからかわないで…あっ!」


 棗は大胆に、『はる君』の股間を踏みしだいた。面白かった。何時もは自分がこんな風にされるだけなのに、自分の愛撫が大の男を弄んでいると思うと感動さえ覚えた。


「ねえ、はる君。僕なら良いよ?はる君とシテあげても良い」


 棗自身、「僕」と言う言葉が新鮮だった。父の前では私と言わねば仕置きをされるからだ。

 明らかにはる君より棗の方が経験豊かに見えた。


 悪戯な爪先は、はる君の腹や胸を器用に辿り唇に到達した。足の親指が弾力を確かめるように、はる君の唇を愛撫した。


「ね、舐めてよ。はる君」


 もうここまで来るとはる君の理性はなし崩しだ。鉛筆も画用紙も放り出し、その悪戯な指にむしゃぶりついていた。

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