第7話 精霊の食事

「オンディーヌ、これって……」

「…………」


 ぼんやりと光る俺の足について尋ねようとしたが、オンディーヌは集中している。

 俺はオンディーヌが作業を終えるのを黙って待った。


 数分間、オンディーヌもジュジュもそのまま動かなかった。

 だが、オンディーヌからジュジュに魔力が流れているという感覚があった。

 これまで、剣士だった俺は魔力の流れを感じたことなどなかったのだ。


 そうだというのに、はっきりとわかった。

 その流れた魔力がジュジュを通して、俺の痛んだ足に流れているような気もする。

 もっとも素人なので、本当に俺の足に流れているのかはわからない。


 数分たって、オンディーヌはジュジュから手を放す。


「終わった」

 そういったオンディーヌは少し疲れて見えた。


「ぎゅるるる」

 そして、ジュジュは先ほどより元気になったように見える。


「ありがとう、オンディーヌ。疲れていないか?」

「大丈夫」

「ぎゅる」

「うん、気にしないで」


 ジュジュもオンディーヌにお礼を言っているようだった。

 そんなジュジュをオンディーヌは優しく撫でる。


「グレン、足はどう?」

「足? 足か。そういえばジュジュに魔力を与えてくれていたとき、不思議な感覚があったな」

「痛みはどう?」

「痛みはましになった気がするな」


 ジュジュをかばうために、先ほど無理に走った。

 そのときから、足はひどく痛んでいた。だが、今はほとんど痛くない。


 俺はジュジュを抱いたまま椅子から立ち上がって、少し歩いてみる。


「うん。調子はいいと思う。歩いてみても、いつもより痛くないぐらいだ」

「よかった」

「もしかして、オンディーヌが何かしてくれたのか?」

「私がしたのはジュジュに魔力を与えたことだけ」

「じゃあ、なぜ俺の足の調子が良くなったんだ?」

「グレンとジュジュの相性がいいから」

「ふむ。どういうことだ?」

「…………説明は難しい」

「そうか」


 魔法の理論は複雑怪奇だ。

 素人の俺が理解できるように説明するのは難しかろう。


「オンディーヌ。あとはジュジュと一緒にいればいいのか?」

「うん。想定より魔力の受け入れ量が多かったから……思っていたより生存率は高いと思う」

「そうなのか。よかっ――」

「でも、まだまだ予断を許さない」


 安堵する俺に釘を刺すようにオンディーヌは言う。

 だが、魔力を与えられてから、ジュジュはどんどん元気になっているように見える。

 俺に抱かれたまま、尻尾をゆらして俺の服をハムハムと噛んでいた。


「これから毎日ジュジュに魔力を与えに来る。いや私もここで一緒に暮らす」

「いやいや、ありがたいがオンディーヌは忙しいだろう?」


 オンディーヌは、世界最高の権力者である大賢者の秘書にして代理人なのだ。

 忙しくないわけがない。


「大丈夫」

「いやいや。そうはいかないだろう。大賢者は忙しいはずだ」


 ここで一緒に暮らすというオンディーヌを説得するのに、少しかかった。


 残念そうに帰りかけたオンディーヌは

「…………これはなに?」

 俺がジュジュに食べさせていた物に目を付けた。


「なにっていうか、干し肉を煮てつぶした物だが……」

「ぎゅい!」

 ジュジュも美味しいといっている。


「これを? ジュジュに? 食べさせたと?」

「ぎゅいぎゅい!」


 ジュジュは、美味しいからオンディーヌも食べろと言っているようだ。

 ジュジュなりに、オンディーヌに感謝の意を示したいのだろう。


「ん、ジュジュありがとう。でもいい」

「ぎゅ~」

「オンディーヌ。ジュジュは気に入っているみたいだが、まずかったか?」

「身体に悪くはない。だけど、これはまずい。美味しくない」

「ぎゅぃ~?」

「ジュジュは美味しいと言っているが……」

「それはジュジュが凄く空腹だったから。それにジュジュは美味しい物を知らない」

「そ、そうか」

「じゅ、じゅぎゅ?」

「それはとても不幸なこと」

「確かに美味しいとは言えないかもしれないが……」


 干し肉はそのまま食べた方が美味しいのだ。


「だが、干し肉は硬い。消化しやすいように煮た方がいいだろう?」


 怪我をして弱ったジュジュに干し肉をそのまま与えるのは余り良くないと思ったのだ。


「そもそも干し肉じゃないほうがいい」

「……そうか。干し肉は良くなかったか。何がいいんだ?」


 監督生リルは人間が食べる物なら何でもいいと言っていた。

 だが、自身も精霊であるオンディーヌが、そう言うならそうなのだろう。


「干し肉が悪いわけではない。だけどグレンの言うとおり硬い。そして煮たら不味い」


 確かにその通りだ。認めざるを得ない。


「果物とか。煮た肉とか。ふやかすならパンがいい」

「なるほど。買い物に行くか」

「その必要はない。私が持ってくる」

「いや、それは悪いよ」

「ジュジュのため。ジュジュには学院が迷惑をかけた」

「それは助かるがいいのか?」

「いい。魔力を与えるついでにご飯も持ってくる」

「じゅじゅ~」


 ジュジュにもお礼を言われて、オンディーヌは帰って行った。

 ジュジュの、というか精霊の食事には詳しくないので、とても助かる。



 オンディーヌが去ると、ジュジュは茹でてすりつぶした干し肉を見た。


「じゅ!」

「ジュジュ、食べたいのか?」

「じゅ~」


 なにやら食べたいらしい。

 オンディーヌは不味いと言っていたが、ジュジュは嫌いではないようだ。

 それにオンディーヌも身体に悪いわけではないと言っていた。


「じゃあ、食べような」


 俺はジュジュにご飯を食べさせる。

 干し肉を煮てすりつぶした物をスプーンで一口ずつ与えていく。


「ぎゅむぎゅむ」


 ジュジュは美味しそうに食べている。

 魔力を与えられてから、ジュジュが目に見えて元気になった。

 先ほどよりご飯の食べっぷりが良い。


 楽しくなって、ご飯を食べさせていると、再びドアがノックされた。

 オンディーヌが忘れ物をしたのだろうか。


「入っていいぞ。開いている」


 声をかけるとドアがゆっくりと開く。

 そして、小屋の中に黒髪の男が入ってきた。

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