第6話 謎の精霊

「トカゲの子がいつ死んでもおかしくない」と言ったオンディーヌは極めて冷静だった。

 だが、トカゲの子のことをどうでもいいと思っているわけではない。

 オンディーヌは感情を表現するのが余り得意ではないだけだ。


「オンディーヌ。この子の状態は、そんなにやばいのか?」

「そう。精霊は物理的な存在ではない。精神的な存在。魔力は他の生物よりも重要」


 精霊にとっての魔力は、俺たちにとっての体力や生命力に近いのだろう。

 トカゲの子を召喚した生徒たちは、魔力を測定して三と言っていた。

 精霊として、あり得ない状態だ。


「解呪することはできないか?」

「できない」

「……大賢者でも無理なのか?」


 大賢者は、魔法の天才である。

 それもただの天才ではなく、有史以来の天才だ。


「無理。魔導師だから」


 呪いは神の奇跡の範疇。

 ならば、解呪にも神の奇跡の方面からアプローチしなければならないのかもしれない。


「聖教会に――」

「無理。この呪いは強力。教会の聖職者程度の手に負えない」

「そんな」

「グレンの足も治せない聖教会に期待するだけ無駄」


 そう言われたら確かにそうだ。

 回復魔法の効力自体たいしたことがないのが普通だ。

 とはいえ、聖職者を責めるのは可愛そうだ。


 人にとって神は埒外らちがいの存在。

 そして神にとって人は矮小わいしょう極まる存在だ。

 そんな神に、人のみでありながら奇跡をこいねがい、あまつさえそれを実現させるのだ。

 いくら効果が弱かろうが、聖職者は偉大な存在と言えるだろう。


 今回は役に立たないというだけで。


「大賢者にも回復魔法にも頼れないとなると、どうしたらいい?」


 このまま呪いが進行すれば、魔力が尽きて死んでしまう。

 身体が歪みすぎても、命は尽きてしまうに違いない。


「なんとかならないのか?」

「うまくいく可能性は低い。けどないことはない」

「どうすればいい? オンディーヌ。教えてくれ」

「グレンが、ずっとこの子と一緒にいるしかない」

「俺が? 一緒にいることは、もちろん構わないが……」


 一緒にいることに一体何の意味があるというのだ。

 寂しがっているこの子を元気づけ続けろと言いたいのだろうか。


 俺の思考を読んだかのようにオンディーヌは言う。

「寂しさを緩和するのは大切。でも一緒にいるべきなのは寂しがっているからではない」

「じゃあどんな理由で?」

「グレンと一緒にいることで痛みが消えている。それは呪いを緩和しているということ」

「そう、なのか? いや、オンディーヌがそういうのなら、そうなのだろうが……」


 ただの元剣士に過ぎない俺に呪いを緩和する力があるとは思えない。

 呪いは、あくまでも神の奇跡の御業なのだ。


「グレンが一緒にいれば呪いは弱まる。だけど、呪いが消えるまでには時間がかかる。それまでこの子の魔力が持たない」

「この子に魔力を与えることは――」

「それは人間には無理。大賢者でも無理。でも私なら可能」

「頼む! オンディーヌ」

「まかせて」


 オンディーヌは俺に抱きついているトカゲの子と目線を合わせる。


「グレン。この子の名前を教えて」

「名前は知らない」

「ぎゅるじゅ?」

「なら、付けてあげて。魔力を与えるために必要」


 オンディーヌはそういうと、俺の目をじっと見る。

 トカゲの子も一緒に俺を見つめていた。


「名前か」

「そう、名前。精霊にとって名前は重要。魔力を与えようにも名前がなければ難しい」


 俺は元剣士だからよく知らないが、名前自体が魔術的なものだと聞いたことがある気がする。


「どんな名前がいい?」

「ぎゅう~じゅ?」

「ふむ?」


 なんとなく、トカゲの子は任せると言っている気がする。


「グレンが決めるべき」

「俺は名前を考えるセンスがないんだがなぁ」

「…………」


 オンディーヌとトカゲの子が、じーっと見つめてくる。


「オンディーヌ。この子は何の精霊なんだ?」


 先ほど答えてもらえなかったことを再び問うた。


「内緒」

「え? どうして?」

「ぎゅるじゅ?」

「どうしても。そのほうがいい。ちなみにトカゲではない」

「……わかったよ、オンディーヌがそういうならそうなのだろう」


 魔法のことも精霊のことも、俺は詳しくない。

 信頼できるオンディーヌがそういうなら、きっとそうだ。


「何の精霊かわからないなら……何から名前を考えようか」


 例えば水の精霊なら水にまつわる何か、狼の精霊なら狼に由来する何かを、といった感じで名付けようと思っていたのだ。

 しかもトカゲの精霊でもないらしい。

 サンショウウオの精霊だろうか。いや、それなら隠す理由も特にないだろう。

 きっとサンショウウオの精霊でもない。


「うーん」

「じゅぎゅる?」

「……そうだな。ギュギュ……いや、ジュジュという名前はどうだろうか」


 何の精霊か結局わからないので、鳴き声から考えた。

 ギュギュにしなかったのは、音がジュジュのほうがいい気がしたからだ。

 特に深い意味はない。


「じゅっじゅう!」

「いい名前」


 本当にいい名前だろうか。

 そう思ったが、オンディーヌもジュジュも気に入ったようなので、それでいいと思う。


「よし。じゃあ、これから君の名前はジュジュだ!」

「じゅぅ~」


 ジュジュはとても嬉しそうだ。

 客観的に考えたら、ジュジュの表情は変わっていない。

 尻尾が少し揺れただけ。

 だが、俺にはジュジュが喜んでいるとはっきりとわかった。


「おお?」


 そして、何かが変わった気がした。

 だが、何が変わったのかは、俺にはわからなかった。

 変わったことは魔法的な何かなのかもしれない。


「ジュジュに魔力を与えるために、他になにか必要なことはあるか?」

「大丈夫。後は任せて。ジュジュ、魔力をあげる」

「……じゅる」

「グレン。ジュジュをそのまま抱っこして支えてあげて」

「わかった」


 俺が返事をすると、オンディーヌは満足そうに頷く。

 それからジュジュの額に手を当てる。

 すると、オンディーヌの手とジュジュの全身がぼんやりと光った。

 それに伴い、不思議なことに俺の痛めた足もまたぼんやりと光り始めた。

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