みにくいトカゲの子と落ちぶれた元剣聖 ~虐められていたところを助けた変なトカゲは聖竜の赤ちゃんだったので精霊の守護者になる~

えぞぎんぎつね

第一章

第1話 落ちぶれた元剣聖のおっさんとみにくいトカゲの子

 今から十年ほど前。

 とある大賢者のもたらした技術革新、通称「魔法革命」により、魔導師は圧倒的な強さを手に入れた。

 それまで、戦士と魔導師で組まれていたパーティーも、今では魔導師だけで組むのがセオリーとなっている。


 戦闘力が飛躍的に向上した魔導師が中心になって、魔王も倒された。

 おかげで世界は平和になった。

 魔法技術革新のおかげで、世界は大きく便利にもなった。

 魔導師以外の人間にも大きな恩恵をもたらし、世界は豊かにもなった。


 困ったのはごくごく一部の人間だけ。

 職を失うことになった剣や槍で戦う戦士と騎士たちぐらいのものである。

 一部の例外を除いて、皆の暮らしは良くなった。


 そして、俺グレン・ランズベリーは、その一部の例外に含まれる一人だ。

 国王の剣術指南役である父に手ほどきを受け、小さい頃からひたすらに剣の鍛練をつんできた。

 大きな剣術大会で何度も優勝し、十代で剣聖と呼ばれ、強大な魔物を倒しもした。


 魔法革命時、俺は二十歳。

 既に俺は人の何倍もの金を稼ぎ、名声も手に入れていた。

 そして、魔法革命で、そのほとんどを失ったのだ。


 しかも、魔法革命を引き起こした大賢者は俺の幼なじみ。

 当時は地位も名誉も財力も、俺の方がはるかに上だった。


 だが、三十歳の今では、俺はほぼ無職。

 町の住民に頼まれた雑用をこなして、わずかな日銭を稼ぐ毎日である。


 一方、大賢者は国王より権力を持ち、教皇よりも権威を持っている。


 立場の逆転。

 いや、逆転という言葉では、とてもではないが言い表せない。



  ◇◇◇◇


「これでよしっと」


 俺は下水のドブさらいをして、詰まりを解消させた。

 ドブさらいは定番の雑用だ。今となっては手慣れたものである。


「おばあちゃん。ちゃんと流れたかい?」

「ああ、流れているよ。先生、本当にありがとうねえ」

「おばあちゃん、先生はやめてくれよ。今ではただの無職だからな」


 剣が役立たずになって、十年が経った。

 それでも、国王の剣術指南役だった父の後継者として、俺のことを先生と呼ぶ者は未だにいるのだ。


 父が亡くなったのは、魔法革命の前年のこと。

 俺が剣術指南役を継ぐと信じ、魔法革命が起こることなど想像もせずになくなった。

 高名な剣士として死ねた父は、幸せだったのかも知れない。


「先生、これは少ないけど」

「充分だよ。助かるよ。ありがとう」


 貰った報酬で今日のパンは買えるだろう。

 本当にありがたいことだ。


「先生、今日はおわりかい? それなら、ご飯でも食べていかないかい?」

「おばあちゃん、ありがとう。だけど、今日も学院で頼まれごとがあるんだ」

「そうかい。頑張るねぇ」



 俺は老婆にお礼を言って、学院へと向かう。

 学院というのは、通称、賢者の学院とも呼ばれる王立魔導学院のことだ。

 魔導師を育成するための学院である。


 魔法の使えない元剣士の俺だが、学院は毎日のように雑用を頼んでくれる。

 学院の実質的なオーナーである、俺の幼なじみである大賢者が、気を使ってくれているのだ。


 報酬も日雇いの仕事にしてはかなり高額なのでとても助かっている。

 俺が生活できるのは学院でこなした雑用による報酬のおかげが大きいと言っていいだろう。


  ◇◇◇◇


 学院に到着すると、俺は担当者に今日の仕事内容を尋ねる。

 日によって仕事内容は微妙に違うのだ。


 最も多いのはゴミ箱の中身の回収。次に多いのは清掃だ。

 たまに備品の交換・修理や、水回りの不具合の解消などもある。


 俺は頼まれた仕事を速やかに終わらせる。

 もう慣れたものだ。


「ゴミ箱の中身の回収、終わりました」

「ありがとうございます。グレンさん。いつも丁寧な仕事で助かりますわ」


 俺が学院での仕事完了を報告すると、担当者は笑顔で頭を下げてくる。

 担当者は学院の生徒である。

 噂によると、学院の主席で監督生でもあるらしい。

 貴族の娘なのに、平民の非魔導師である俺にも腰が低い。

 こういう若者には将来偉くなって欲しいものだ。


「他に作業はありますか?」

「いえ、今日はこれで終わりです。グレンさんがよろしければ明日も是非お願いしますわ」

「ありがたいです。それでは、また明日」


 監督生と別れて、帰宅しようと学院の中を歩いていると、誰かが怯えているような気がした。

 怯える声が聞こえるわけでもない。

 怯えている何かの姿が見えたわけでもない。


「なんだ?」


 こんな感覚は初めてのことだ。

(いたいいたい、くるしい、こわい)


 気のせいだろうと思ったが、どうしても気になって、その誰かがいる場所へと急ぐ。

 走りたいが、俺は足が悪い。


 魔法革命のすぐ後、戦闘で足をひどく痛めてしまったのだ。

 日常生活を送る分には支障は無いが、走ったり跳んだりすることは難しい。

 魔法革命がなかったとしても、恐らく足の怪我のせいで、俺は剣士をやめていたのだろうとも思う。


 俺は痛む足を引きずって、できる限り急いだ。

 すると、中庭で学院の男子生徒三人が何やら騒いでいる。

 生徒たちはまだ声変わりしていない者すらいた。

 全員、まだ子供である


「うわっ! 気持ち悪!」

「まじかよ、くせえ!」

「なにこれ、ありえねえ。めちゃくちゃ高い触媒使ったっていうのに」

「ぎゃはははは! 術式間違ったんじゃねーのか?」

「んなわけあるか! クソが! 偽物を掴まされか? なにが古代の聖竜王の鱗だよ。許せねえ」

「聖竜王の鱗なんて、そう簡単に手に入るわけねーだろ」


 学院の生徒三人が中庭で何かに悪態をついていた。

 中庭には大きな魔法陣が描かれている。

 使い魔召喚をしていたらしい。


 使い魔、つまり精霊を呼び出し、契約する。

 それが魔法革命の根幹的技術だ。

 精霊と契約することで、魔導師は非魔導師とは隔絶した圧倒的な力を手に入れることができるのだ。


(あの泣いているやつが、精霊なのか?)


 魔法陣の中心には、なんとも言えない生物がいた。


「ぎゅ……ぎゅう」


(やっぱり、こいつだ)


 先ほどから(いたい、こわい、くるしい)と言葉にならない声で泣いていたのは。


 怯えたように鳴くそいつは、黒っぽい茶色で、どこかトカゲに似ていた。

 だが、トカゲにしては頭が異様に大きい。

 そして手足は極端に短くて細い。

 あれでは自力で歩くことすらできないだろう。


「馬糞の精霊か? ぎゃはは」


 生徒の一人が楽しそうに笑い、みにくいトカゲを召喚した生徒は怒りで顔を歪めている。

 みにくいトカゲのような精霊は皮膚はまるで岩のようにゴツゴツしていて、硬そうだ。


「こんな姿だが、魔力が高いのかも知れねーぞ」


 一人の生徒がそのみにくいトカゲのような精霊に魔力量を計測する魔道具をかざす。


「……どうだ?」


 召喚主の生徒が少し期待した様子で尋ねる。

 みにくくて、自力で動けないような精霊でも、魔力さえ高ければ使い道はある。


「魔力量は三だって。ほら見ろよ」

「三? 嘘だろ。精霊だぞ?」


 使い魔召喚の魔法陣で呼び出されたのだから、みにくいトカゲが精霊なのは間違いない。

 精霊とは、本質的には物理的な存在ではない。精神的生命体だ。

 肉の身体を持っている精霊もいるが、肉体を傷付けられても容易には死なない。

 本体は精神の方だからだ。


「精霊なのに、魔力量たったの三! 新記録じゃねーか? そこらの野良犬でももう少しあるぞ?」

「クソが! ふざけやがって」


 召喚主は怒りと恥ずかしさで顔が真っ赤になっている。


「ぎゅ……」


 そしてみにくいトカゲは怯えきってブルブル震えていた。


 突然、知らないところに呼び出されたのだ。

 知らない奴らに囲まれて、しかもそいつらは何やら怒っている。

 怯えて当然だ。


「おい、せっかく召喚したんだ。契約しないのか?」

「するわけねーだろうが!」


 精霊との契約は圧倒的な力を魔導師にもたらす。

 だが、通常契約できる精霊は一人につき一体。

 弱い精霊と契約してしまえば、魔導師として強くなれないのだ。


 召喚主は、腹立ち紛れにトカゲを思いっきり蹴っ飛ばす。


「痛ってえな!」


 そのトカゲの皮膚は岩のような質感だ。

 質感どおりトカゲは硬いらしい。蹴った召喚主は足を痛めてうずくまった。


「ぎゃ、ぎゃああああ」

 蹴られたトカゲの方も悲鳴を上げている。硬くとも蹴られたら痛いらしい。


 怯えたトカゲの思念が伝わってくる。

(いたい、くるしい、こわい)


 どうして、いじめられるのかわからない。

 悪いことをしていないのに。

(たすけてたすけて)

 と言葉にならない声で泣いている。


 そんなトカゲを生徒たちは棒を持って殴りつける。

「ぎゃあぎゃああ」

(いたいごめんなさいたすけて)


「鳴き声が不快なんだよ。こいつ硬いから棒じゃダメだな。ハンマーもってこい。ぶっ殺してやる」


 許しを請い、助けを求める泣き声すら、生徒たちをいらつかせているようだ。


「おいおい。面倒なことすんなよ。……殺すなら魔法にしろよ」

「俺にもやらせろよ! 一回精霊ぶっ殺してみたかったんだ」

「とどめは俺にやらせろ」

「……ぎゃ」


 怯えて、助けを求めるトカゲを、俺はどうしても見過ごせなかった。

 魔法の発動準備を開始している生徒たちの前に急いで向かう。

 足に鋭い痛みが走るが、気にしていられない。

 気合いで無理矢理痛みを押さえつけながら駆けて、トカゲと生徒たちの間に入る。


「なんだお前は?」

「若様がた。おやめください。精霊が可愛そうでしょう」


 俺は丁寧に呼びかける。

 王立魔導学院の生徒たちは、大体貴族。

 だから丁寧な口調で接したほうが間違いがないのだ。


「うるせえ! そいつが精霊? こんな精霊がいるわけねーだろうが」

「精霊だったとしても、馬糞の精霊だろ。ぎゃはは」

「さっさとどけ! おっさん!」

「そういうわけにはいきません」

「……ぎゅ」


 後ろでは可愛そうなトカゲが怯えてブルブル震えている。

 可愛そうなことに、棒で殴られたせいで皮膚が所々破けて血が出ていた。

 岩のように見えるが、頑丈なわけではないらしい。


「……いたずらに精霊を傷付けることは禁じられているはずです」

「黙れよ。いたずらにじゃねーよ。使い魔を安楽死処分するだけだ」

「精霊を安楽死処分するには色々な条件が――」

「うるせえ! お前には関係ないだろうが。そんなもんどうとでもなるんだよ」


 俺が言った通り、召喚した精霊を安楽死するには色々と条件がある。

 だが、その条件を満たしていなくても、ごまかして殺す魔導師は珍しくないとも聞いたことがある。


「事故ってことにして、このおっさんごと殺しちまおうぜ」

「やめろやめろ。殺したら面倒だ。腕を吹き飛ばすぐらいにしとけ」


 生徒たちが恐ろしいことを言い出した。

 言い出すだけならともかく、次の瞬間トカゲ目がけて魔法を撃ち込みはじめた。

 すぐ近くに俺がいるというのにだ。洒落にならない。


「ちぃ」


 俺は腰に差していた短剣を右手で素早く抜いて魔法を斬った。


「なっ?」

「なにがあったんだ?」

「嘘だろ」


 魔法を斬られると思っていなかったらしい生徒たちは固まった。

 だが、すぐに次の魔法の準備を始める。


「それを撃たせるわけにはいかないな」


 俺は足の痛みを無視して、生徒たちとの間合いを一気に詰めた。

「えっ?」

 何が起こったのかわからない様子の生徒三人全員を、体術を使って素早く転倒させる。

 その上で、リーダー格の生徒の首にナイフを突きつけた。


「若様がた、ここは退いてもらえませんかね? 精霊のことなら私が責任を持ってよろしくしますので」

「……ふ、ふざけん――」

「退いてもらえませんかね?」


 俺は少し殺気を込めて改めて言う。


「わ、わかった。おい、おまえら! 行くぞ!」


 三人の生徒たちが逃げるように去って行く。


 それを確かめてから俺はみにくいトカゲのような精霊を見た。

 その精霊は怯えてブルブルと震えている。


 そして、無理して動いたせいで足がめちゃくちゃ痛い。

 あまりの痛みで脂汗が流れるが、怯えさせないように笑みを浮かべる。


「大丈夫だ。俺はいじめないから安心しなさい」


 優しく声を掛けながら、俺はトカゲのような精霊を抱き上げた。


☆☆☆

新作はじめました。

「転生幼女は前世で助けた精霊たちに懐かれる」

可愛い幼女がモフモフたちや精霊たちとのんびり奮闘する話です。

よろしくお願いいたします。

https://kakuyomu.jp/works/16817330650805186852

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