Chapter-21 ELLIE
21-1 100年の加速
「カヴンで最大の魔力を持つあなたが一番魔力切れを起こしています。ちょっと仕事しすぎでは?」
「あはは……」
怨霊災害の一件でまたしても魔力を使い果たしたギンナは、現在自宅で療養していた。今日はフランもユインも仕事で出ている。シルクが、お見舞いにやってきたのは昼下りだった。
「具合はどうですか?」
「ぐわいわどーえすか!」
リビングのソファに力なく座るギンナに、シルクが声を掛ける。続いて、それを真似するように可愛らしい舌っ足らずの声がした。
「クローネちゃん。こんにちは」
「こにちゃや〜」
「駄目だ可愛い。こっちおいで」
「ゃ〜」
クローネがてててと突撃してくる。ギンナは両手を広げて迎えて、抱き締めた。
「捕まえた〜」
「ちゅかまったぁ」
「あははー」
腕の中でもがくクローネを見て。
ふと。
「……あれ、この子今どれくらいだっけ」
「まる1年と4ヶ月になりますかね。5月1日生まれですから」
「あ、私と誕生月一緒なんだ。……早くない?」
「もう、元気に走り回るし、喋りまくります。こんなもんじゃないですか?」
「そう、かな。普通、か。そう言えば嶺菜ちゃんも、これくらいだったかなあ」
「れいなちゃん?」
「ああ、言ってなかったっけ。私が死んで、その後両親に合わせて貰ったでしょ? それから、生まれたんだよ。妹が」
「ええっ! めでたいじゃないですか! ギンナにも妹が!」
「うん。あはは」
クローネを抱き上げて、膝に乗せる。綺麗な黒髪を撫でながら。
「……大人しいね。クローネちゃん」
「そうなんです。寧ろ心配と言えばそこですね。全く手が掛からない子で。全然泣きもしませんし。そしてたまに、何もない空中を見詰めるんです」
「ふーん?」
「あっ。ほら」
紅茶を淹れる。テレキネシスの魔法だ。もう随分と慣れた……というよりいつも通りの魔力操作で。生活の一部となっている。
「…………私の魔法を見てる?」
「……最初は、私もそう思っていました」
「えっ」
クローネは。
目線と首を、横に動かしていた。ティーカップと、ギンナの間を通るように。
「『魔力』を、どうやら視ているような気がして」
「!」
ギンナから、魔力は出ている。それはティーカップとポットに伝わり、テレキネシスという魔法が発動する。仕組みはこうだ。
「分かりますよギンナ。魂は幽体として見えますが、魔力は『見えない力』。私達は魔女として、魂や魔力を感じることはできますし、どこにどんな魔力があるのか分かります。けれど『分かる』だけです。視覚として感じている訳ではありません。見るという表現をしていたりしますが、実際は『感じている』が正しい。魂を『色』で表すことはしますが、例えばイザベラを見て『赤いオーラ』なんてものが見えたりはしません。見えているのはイザベラの、赤い髪と幽体だけ。例外として、マナカードやマナプールに溜まる時は、その人の『色』で溜まりますけど」
「……うん」
大前提を話す。疑問の余地は無い。魔力がもし視認できていたら、裏世界など『前が見えない』だろう。視界不良で道をまともに歩けない筈だ。
「けど、この子には視えている。何か特別な『眼』を、持っていると」
「はい」
「……お父さん……ユリスモールさんの影響かな? あの人、神と悪魔のハーフって」
「いや。『眼』については、襲音かもしれません。あの子は『そういう』力を持っているんです。魔力を視るというものではありませんが、特別な視力を」
「ふぅん……? 人間なのに」
「夜風の影響でしょうかね。もしかしたら人間は人間でも、改造人間かもしれません」
「……言葉はエグいけど、ありえそう」
「恐らくクローネも、その『妖怪戦争』に駆り出されるでしょう。夜風の口振りから、そのために産ませた子、とも言えます」
「…………うん」
世界が滅亡してもなお、終わらない戦争。一体日本の裏世界で何が起きているのか。ギンナは今の所、知る由もない。
「夜風さんと言えば、今回の怨霊騒ぎは助かったよね」
「そうですね。日本を本拠地にしていますが、彼らの実力は世界レベルですから。それに、『カヴンに迷惑を掛けた分を』と言っていましたね」
「…………それさ、私思ったんだけど」
「はい」
適当に魔力を放出してみる。やはりクローネは、それを眼で追っているようだ。
「世界滅亡の直接的な原因だった『天界戦争』に、ケイさんを派遣してたんだよね。それも夜風さんの指示だとしたらさ。……怨霊災害が起こることも、誰より先んじて『読んでた』んじゃないかな」
「…………なるほど。つまり、『カヴンに迷惑を掛けた補償』と言いつつ、マッチポンプのようなものだと」
「うん。まあ、あくまで予想、だけど。1000年生きてる大妖怪って、そういうことしてきてもおかしくないかなって」
「…………ふむ」
「あとイザベラさんだね。そもそもエクソシストを仲間に引き込む算段を、最初にしてからローマに連絡してたなんて。ああいう、『年長者組』の思考回路っていうか、頭の中ってどうなってるんだろうね。4年前のプラータの、カンナちゃんをヴィヴィさんに紹介したお金で
夜風が直接、怨霊災害を引き起こした訳ではない。だが。
9ヶ月前。クローネを預かる時に一度だけ会った『妖怪夜風』。その雰囲気と、感じた魔力から。
ギンナはそこまで、推察した。少なくともイザベラやプラータ、ジョナサンと同じレベルの『強者』であると。
シルクはその様子を見て。顎を撫でた。
「『それ』を言うなら、ギンナもですよ」
「えっ」
「以前までのギンナは、『思考力』と『閃き』が秀でていたと思っていました。現在の状況に対する、言わば『受け身の閃き』。けれど今では。……今回の、猫の王の特権である『号令』を使った件。他にも目的があったのでは?」
「…………!」
ずっと。見てきたのだ。少し後ろから。フランやユインは、彼女の隣で。だがシルクは。少しだけ、下がって。観察していた。だからこう思った。
「優しいギンナは、何もなくとも裏世界を救おうとしたとは思います。けれど、今回に限って言えば。……『何かを探していた』ように、見えましたよ」
「………………」
ギンナは。
最初に驚いた表情をして。次に少し恥ずかしがって、俯いて。
頷いた。
「……うん。不謹慎かもしれないけど」
「そんなことはありませんよ。もう私達は、死者ですし」
「うん。えっとね」
思い出すのは。
――銀色になる魂はとても珍しい。1日で、世界で何人死ぬと思う? 約15~16万人だ。その中で、銀色はね……100年にひとりだ。単純計算でも約55億人にひとり。それがあんたたちの稀少価値さ――
「――っ」
死んで、死神に克って。プラータに拉致されて。
浄化を終えて最初に、聞いた話である。
ドクン。無いはずの心臓が跳ねた気がした。精神の影響を強く受ける幽体が、心臓を錯覚させる。そのくらいの『気付き』だった。シルクにとって。
「……『天界戦争』による、地上への裁きで、亡くなった表世界の人類は――」
「ちょうど、『それくらい』でしょ? もっと多いかも。だから、さ。もしかしたら、居るかもしれないって思ったんだ。そりゃ、死神が狙って攫っていった可能性もあるけど。もしかしたらって」
新たな『銀の眼』が。
裏世界へ来ているかもしれない。と。
「………………居ましたか?」
「うん」
「!」
頷いた。ギンナの探し物。裏世界を救う行動の裏で。世界中の猫を使って。裏世界全体へ満遍なく、魔力を通して。ギンナの膨大な魔力量があったからこそ出来た芸当と言える。魔力切れを起こすほど、本気で。
「前までは、浄化前の『死者の魂』の色は分からなかったんだけどさ。銀色は、分かった」
「……『次代』を、もう……!?」
「うん。4人全員が魔女に成って。カヴンのメンバーになって。プラータから名前を継いで。クロウの件も一段落して。……ちょっと考えたんだ。いずれ私達も、『後継』を育てないといけない時が、いつか来るよねって。でも、もう死神は居なくて。死神とのパイプも無くて。どうしよっかなって、その時は思ったんだ。探せないなって。もし、私達と敵対するような所に行っちゃったら、結構やばいでしょ? だから。……世界が、皆が大変な時に不謹慎だと思ったんだけどさ。ついでに……って言うと失礼かもだけどさ」
既に。ギンナはもう。
その『年長者組』の思考回路に片足を突っ込んでいる。そう感じたシルクは戦慄した。
「…………どこに?」
「ロシア。けどまだ、迎えに行けないんだ。誰かに捕まってるとか、そういうのは無さそうなんだけど。それもね。相談しようって思ってたんだよ。私の魔力が快復したら皆と、あとクロウにも」
「………………マジですか……」
超希少。100年にひとりと言われていた『銀の眼』は。
4人同時死亡の『奇跡』の後。
表世界の人類大量死によって。
その『100年』という基準は、急速に早められることとなった。
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