20-2 ヴァンパイア世界から見える異変

 私が聴いた限りだと。いやリスニングは得意じゃ無いけど……。


 『ロマニア』が近い、かな。


「Romania.」

「ろ。……ルゥ。……ろぅまぁにゃ」


 失念してた。『ヴァンパイア世界』。ここは、裏世界法務局の影響下に無い。どころか、死者の魂同士の魔法的な回線が引かれていない。つまり。


 ユインの通訳魔法が使えない。


「ハンドシェイク。握手をしましょう。それで逐一、アナログで繋げていく。『親機』になれるのは今日のメンバーだと」

「あっ。は、はい! 私です!」


 ノアさんの『下僕枠』で来てるウェルトーナさんが、冷静に提案する。中央の管理外の土地に足を踏み入れるのは初めてだ。私達も初めてだし、私達が初めてっぽい。


「はいはーい。あと私だねーっ」

「おう。そういやテレパシーだなお前」

「元はケイから貰ったチカラじゃん」


 で、ウェルトーナさんに呼ばれて慌てて手を挙げたのがメルティさん。下僕は無し。……この『下僕』って言い方嫌だから、付き添いって言うようにしよう。

 それと、ケイさんに付いてきたざくろさんだ。いやあ、層が厚いよね。ウチ。色葉さんはお腹おっきいし、欠席だね。


「そっか。『一度繋げないと』通訳魔法が効かないんだっけ」

「そんなこと無いわよ。魔力を持ってる者同士なら魔力をやりとりして意思疎通はできる。私達――ユインが来るまで『親機』はカヴンに居なかったけど、皆会話は通じてたわ」

「んん? ええと」


 私の付き添いはフラン。フランも、裏アメリカでの生活が長いから、色々知ってるんだよね。特に魔法についての理解、知識は凄い。


「つまり……この国は単に『圏外』なだけ。ケータイ持ってきても意味ないから、糸電話を繋げようって話よ。ついでに通訳をするだけ。もうヴァンパイア世界は、カヴンの一員扱いなんだから」

「……あーそっか。クロウの会社と一緒なんだ」

「そうよ。会社じゃなくて『ヴァンパイア諸国ごと』なのがイザベラの適当感あるけど」






✡✡✡






 少し前。

 ルーマニア裏世界の入り口。表と一緒で、北から逆L字型に大きな山脈が伸びている。今回はその、西側。北西かな。表だと、クルジュナポカっていう中世感あふれる街から、少し箒で飛んだ先にある。

 森。


「呪いの森ね。裏世界でも強力な『魔力』の自然発生源として有名。あんまり来たく無かったけど、そっか。ここがヴァンパイア世界の入口だったのね」


 セレマさんが溜め息混じりに呟いた。


「の、呪い……?」

「表でも有名よ? 怪奇現象が昔から絶えない。曲がりくねる幹、謎の白いモヤ、突然の発光。そして来訪者を襲う悲劇。正直、ここの観光はオススメできないね」

「ひえぇ……」


 私より。メルティさんがめっちゃ怖がってる。ガッタガタ震えながら腰が引けてて。

 それを見て、ちょっと冷静になった。


「そう。ここは『入口』なだけ。ヴァンパイア世界自体の土地は、物理的には『ここ』じゃない」

「へー」


 ミッシェルの案内で、一同は森へ入る。呪いとか、裏世界じゃ本当にありそうだから怖いんだけど、イザベラさんとかケイさん、フランは全くいつも通りで。というか怖がってるのは私とメルティさんと……。


「おいおい大丈夫なのかよ……。なぁんか嫌なカンジがするぜ……」


 ノアさんだけだ。意外。ウェルトーナさんの袖を摘んでそろりそろりと歩いてる。


「大丈夫。この森の魔力を使ってるだけだから」

「?」


 10分ほど、不気味な森の中を歩いて。どんな風に不気味かは、説明したくないんだけど……。お昼なのに薄暗くて、セレマさんの言う通り木が、なんか変に曲がってて。そこら中から魔力を感じて。じめじめしてて、変な感じ。


「あっ」


 その先に。

 木の生えてない、空き地があった。結構広い。その中心にやってきて。


「Cine se scoală de dimineață, departe ajunge.」


 何か、呪文のような言葉を呟いた。えっと。ルーマニア語、なのかな?


「!」


 この感じ。知ってる。懐かしい。魔法が、私達の足元から。地面を通って広がっていく。


 広がった範囲にあるものを移動させる、プラータがよく使う魔法だ。

 広範囲テレポートの魔法。






✡✡✡






 で、辿り着いた。やっぱり森だったけど、普通の森だ。木もぐねぐねしてないし、薄気味悪い感じはしない。ちょっと、霧がかってるけど。でもそれは、ヴァンパイアの魔法なんだよね。


「石」


 そこは。

 石でできた世界だった。高い建物は、正にドラキュラ伝説のブラン城のようで。村? 街? を囲む石垣を越えると、深く大きい堀があって。橋も頑丈そうなでっかいアーチ型の石橋で。

 お城をそのまま街として使ってるような、そんな感じだった。

 同じ色合いの石畳がどこまでも敷かれていて。


「凄い。これが、ヴァンパイア世界」

「…………歓迎、されてるのかされてないのか」

「えっ」


 呟いた私の隣で、フランがひと言。それで、ようやく私も気付いた。


 中世ヨーロッパを思わせる、街ゆく服装の人々。全員がヴァンパイア。その視線と感情が刺さってくる。街自体は、人間と同じような感覚で使えそうな建物と道路だけど。


 不安。警戒。これが一番多くて。

 好奇が少し。歓迎は……無いかなあ。


「ようこそ。ヴドラクの里へ。いや――――」


 あった。

 歓迎が強めの人。出迎えてくれたんだ。若い男性だった。短いジンジャーヘアで、貴族のようなかっちりした裾の長い外套。


「――ヴァンパイア世界、へ。魔女団カヴンの皆様。歓迎いたします」


 ぺこりと、片手を後ろへやって優雅に挨拶をしてくれた。


「王」


 ミッシェルが彼へ向けてそう言った。この人が。


「はい。私がこの里の長を務めております。フリッツ・ヴドラクと申します」


 ミッシェルの王様。……そう考えると、随分若く見える。けど、その魂は老練だと伝わってくる。そもそも年齢と外見は、一致する方が珍しいんだよね。裏世界じゃ。


「フリッツさんね。わたしはイザベラ・エンブレイス。カヴン議長だけど、今日は代表ってことで」

「レディ:エンブレイス。噂はかねがね」

「ほーい」


 王様相手に、物凄いフランクなイザベラさん。……まあ魔女だもんね。他者の決めた権力とか地位なんて、あんまり興味無いって感じ。

 『魔女だもんね』って凄く汎用性高い言葉だね。乱用に気を付けよう。

 イザベラさんはお付きのメイドさんをふたり連れてきてる。イザベラさんもメイド服だから、ちょっと意味不明になってる。


「それでは皆様、こちらへ。ヴァンパイア世界全56ヶ国から、美食の粋をご用意いたしております」

「吸血鬼も血以外食べるんだ」

「主に間食としてですが。しかしそれ故に、美食への追求は研鑽を重ねております」






✡✡✡






 ヴァンパイア世界へ降り立ったカヴンメンバー。ぞろぞろと歩く列の後方で。鋭く眼を光らせる男が居た。


「よぉ。『重力グラビトン』クロウ、だっけか」

「……『半人半妖』キャサリン」


 ケイと、クロウだ。黒のジャケットを着てきたケイに対し、クロウはいつも通り死神時代の軍服に似た普段着だった。


「ケイで良いぜ……って。あんた俺のこと知ってるっぽいな」

「日本の裏世界では有名人だ。ミスター“K”」

「はは。また懐かしい名前で呼ばれたな」


 このふたりは、カヴンではあまり接点が無い。お互い認識はしているが、話したことは殆ど無かった。


「あんた魔女学校ソーサリウムの生徒だったってな」

「中退したけどね」

「それでメンバー入りしたんだ。すげぇよ」

「……貴方には、ギンナが色々とお世話になったようだ。聞いているよ」

「いや別に何もしてねぇが……。まあ、そうだな。今じゃ立派に『カヴンの中心人物』だ。俺がサボってる間にな」


 魔女。とは言え、女性のみということではない。和訳が『魔女』であるだけで、『Witch』には性別は関係ない。

 だが、現在のカヴンメンバーは、女性が多いのも事実だ。性別不明のユングフラウを除いても、イザベラ、セレマ、イヴ。ギンナ、ミッシェル、メルティと6人。

 男性メンバーはケイとクロウ、そしてノアの3人だけだ。

 これは魔女の考え方である『実力主義』に照らし合わせ、実力のみで選んだ結果である。ジェンダーや人種に『配慮』など微塵もしていないし、する必要性に全く駆られていない。見ているのは『カヴンの目的を達成する為に必要な実力のみ』だ。単純に現在のメンバーが『こう』であるだけだ。当然ながら、過去には男性メンバーが多数を占める時期もあった。そこに誰かが不満を言う余地は存在しない。例外なく、全員が全員の実力を認め合っているからだ。そこに性別などというバイアスは介在しない。ユングフラウが普段から語っている通り、変身が使える者達にとっては性別や肌の色など『髪型』『服装』と同程度の違いに過ぎない。


「あんたら結婚したんだってな」

「いや。お互い合意しただけだよ。式も何もまだだ」

「やんねえのか?」

「……今は、まだ。ギンナは今、凄く楽しそうなんだ。充実してる。多分忘れてるんだよ。だから……彼女から言い出すまで、良い。僕としては、彼女と暮らしている時点で充分だしね」

「元人間にしては、欲がねえな」

「そうかな。『ギンナを手に入れる』。客観的だけど、これは割りと、裏世界でも屈指の難易度で、『大きな欲』だと僕は思うよ」

「はっ。なるほどな。確かに」

「……まあ、ふたりも妻を持つ貴方には敵わないだろうけど」

「俺は悪魔だからな。欲の塊なんだよ」

「……色葉とざくろあのふたりは、貴方を心から慕っていると僕の目からも分かる。貴方は悪魔と言うけど知的で落ち着いているし、妻同士に不和も感じない。そのまま器の大きさにも現れているように見えるよ」

「ははっ。半分は人間だからな。悪魔を受け入れた器のデケェ母親に感謝だ」


 そして。

 彼らが男性として肩身が狭く感じているのも、また否定できない事実であった。


「で、だ。元死神なら、気付いてんだろ」

「…………そうだね。『ヴァンパイア世界』。死神世界にも資料は少なかった」


 クロウ。真名、畔川凌平くろかわりょうへい。生前も男性。間違いなく、日本人男性である。

 ケイ。日本名、足利黥あしかがけい。父親は悪魔王。母親はイタリア人。だが幼少期に日本へ渡り、今日まで殆ど日本で過ごしてきた。テレパシーを介さない日本語も当然、日本人と同じレベルで扱える。

 その程度の理由であった。ケイが、クロウへ話しかけたのは。


「表世界滅亡。何十億と人が死んだ。……同じ数、『死者の魂』が発生した筈だ。死神が去り際に掻っ攫っていったと思ったんだがな。ギンナにもそう言っちまった」

「死神世界も秘密主義だからね。……人口爆発した今の時代だと、手が足りないと思う」

「そのようだな。ヴァンパイア世界に来て分かった。あの森の異常な妖気。世界有数の、『寄り付きやすい』地場だった訳だ」

「……奇しくも、今は8月。恐らくは裏日本でも、同じことが起こってる」


 彼らは、魂を目で見ることができる。クロウは、死神協会に所属していた頃の業務上。ケイは、彼の妹の半身が『そう』であった為。


「『怨霊』が、大量に裏世界に押し寄せる」

「…………『お盆』だな。生き残った俺達が、弔ってやらねえと」

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