20-3 王の思考力〜Battle of Coven
――質量を持った魂よ。無垢の魂は、いずれ『魔女』『巫女』『死神』『怨霊』『怪物』のどれかになる――
いつかの、ユインの言葉だ。
残るひとつ。
ギンナはまだ、『
これからギンナが対処せねばならないのは、『通常』の範囲内の、『大量』の怨霊である。
「怨霊は、肉体は勿論、幽体も持たない。意志を持った魔力の塊って感じ。肉体や幽体に取り憑いて、支配権を奪う。それから、怨みの元となった事を解決しようと動く。……ざっくり言うと、そんな感じかな」
既に。
ヴァンパイア世界、ヴドラクの里では怨霊が大量発生していた。何も知らないヴァンパイア達が次から次へと取り憑かれ、暴れ始める。ギンナ達はその鎮静に里中を駆け巡っていた。
「……結構厄介ですね」
ギンナは、その無生物干渉……つまりテレキネシスの魔法で、取り憑かれたヴァンパイアの服を縛り上げ、動きを制する。それから、怨霊を引き摺り出し、消滅させる。これがワンセット。
折角のドレスを着たまま、戦っていた。宴会の途中で、騒ぎが起きたのだ。
「まあ、相手は魂そのものだからね。完全に消滅させられるのは、男連中と、ユング。あとフランとあたしか。イザベラはこういう時何の役にも立たないし」
「あはは……」
ギンナはその魔力の巨大さから、一度に多数の怨霊を捕まえる作戦を立てた。1ヶ所に集めて、纏めて消滅させるのだ。後のメンバー同士では、それぞれ捕まえる役と消滅させる役でチームを作り、里を回っている。
「特別な技術が必要なんですか?」
ギンナの補佐に、セレマが付いていた。
「まあ、ギンナのテレキネシスは物質にしか作用しないってのと同じでね。怨霊そのものと干渉できる魔法を使えないといけない。魂、魔力そのものにね」
「…………それって」
セレマの説明で、ギンナは思い出していた。対アフリカ戦略の時に、聞いていたことだった。
「『呪術』に近いんですか」
「そうそう。あたしはほら。アフリカ行く前から占いで、ちょっとだけ呪術も齧ってたし。一般的……というか、正攻法の怨霊撃退術も身に付けてるからね」
「凄い」
「おっ。『
「あはは……。私なんてまだまだですから」
フランやクロウは、ここには居ない。ここは宴会会場。ヴドラク城1階のホールだった。円形テーブルに並べられたヴァンパイア世界の美食達が、手付かずのまま放置されている。
「……なんでこのタイミングで」
表世界が滅亡してから、1ヶ月。それまでは特に問題は起きていなかった。ギンナは割れたワイングラスを横目に見つつ訝しむ。
「吸血鬼達に責任は無いよ。誰も予想できなかった。『文明が滅亡するくらい人が死んだ』のに、『魂を処理する死神協会が居ない』なんて、何千年振りの出来事な筈」
死神協会は、地球から手を引いた。今何をしているのかは分からないが、恐らくは天界へ大移動したのだろう。これ以降死者の魂は、死神と戦うことなく、現世へと戻ってくる。自発的に成仏する者も居るだろうが、大半は。
怨霊となり、この地上へ堕ちてくる。
――死者の魂を放っておけば現世に悪影響が出る。それを防ぐのが僕ら死神の仕事なんだよ――
ギンナが死亡してから、一番最初に聞いたことだ。担当死神だった、クロウから。
『避難は?』
『終わってるよー。そっちはどう? 戦闘組』
『男連中とフランが別格で化物だ。この里だけなら後5、6分で片付くだろう』
テレパシーも頻繁に飛び交う。こういった有事の際は、特に強力な魔法である。
『いや、フランがやばいね。最強無敵強靭』
『はぁ!? あんたっ。あんたにだけは言われたくないわよ! あんたが一番バケモンよ! 現職の死神! 元此岸長!』
『何の喧嘩してんだバケモンふたり』
『おいサボるなよケイ』
『へいへい』
活発に、テレパシーが飛んでいる。カヴンメンバー全員に垂れ流しで。
『……フラン、肉体の無い相手でも魔法効くようになったんだ』
『そうよギンナ。この3年、どれだけ修行したと思ってるの』
✡✡✡
「……あんたの為に」
「あん?」
ヴドラクの里、広場にて。テレパシーには乗せずに、その場で小さく呟いた。それを拾ったのは、ケイだ。
彼の右手から、光の刀剣が伸びている。その武器で怨霊を斬り伏せながら、聞き返した。
「……何よ」
聞かれてしまって唇を尖らせたフランが弱めに睨む。
「いやぁ。仲の良いこって。羨ましいぜ」
「……そうよ。私はギンナが大好きだった。あらゆる意味でね」
フランは素直に頷いた。彼女は嘘や誤魔化しはしない。自分の全てを肯定し、自信を持って日々を送っているからだ。誰恥じることなく、毅然と答える。
「あんたんとこは、違ったの?」
「……まあな。全員、好き勝手しまくって。互いが互いに興味ねえ。お前らみたいに、『全員集まった』ことなんざ、一度もねえな」
「……ふぅん」
ケイ。目の前の男についての情報は、フランはあまり持っていない。カヴンの元欠席組である、彼の弟妹には秋葉原で会ったが。他には妻がふたり居ることくらいしか知らない。
「けどあんた、妹には好かれてたじゃない」
「あれは狂愛っつうんだ。俺のことなんざ1ミリも考えてねえ。自己愛と同じだ。あの女ほどやべえ奴も居ねえよ」
「酷い言い様ね。自分の妹に。あんたがそんなんだから、私達を見て羨ましいとか思っちゃうのよ。あのね、私達だって色々あったんだからね?」
「…………違えねえ」
ズバンと切れ味の鋭い意見を食らい、自嘲気味に頷くケイ。その、達観したような反応が、フランの鼻に付いた。
「……ていうか、『そういう』相談なら、相手が違うわ。イザベラにしなさい」
「いやぁ、悪かった。相談じゃねえよ。俺らは別に、今の感じで丁度良いと思ってる。ただの世間話さ。忘れてくれ」
「…………」
フランが力み、魔法が放たれる。範囲内の怨霊が全て蒸発していく。
「……『何かしたい』なら、あんたに協力するのがカヴンよ。説教臭かったなら謝るわ」
「はは。それも分かってるよ。俺より後に入ったお前に言われるとはな」
「サボり組」
「おう。また今度、サボることになるぜ」
「何言ってんのあんた」
✡✡✡
「うわ、わわわわ。わっ。わっ。あー!」
「うるさい」
「ひぃっ!」
ヴドラク城の屋上にて。尖った屋根にバランス良く立つのはふたり。怨霊の発生場所を特定し共有する役のメルティと、現地ガイドのミッシェルだ。
「あっ。あっち、あのテントの所ですっ!」
「ん。市場の方」
『次。北東に敵影。ノアが一番近い。ふたつ先の区画から階段を降りて、左手の通路を抜けて』
『了解だ』
ヴドラクの里は、立体的に巨大な城であり、縦と横に迷路が広がっている。素早く索敵し、最短距離を指示する。ふたりの息はピッタリ合っていた。
「まだ怖い?」
「ひっ。ひぇ……。はい。いいえっ。だ大丈です!」
「大丈夫。今の所あなたが一番貢献してる」
「ひゃ……はい!」
どれだけ取り乱しても、リアクションせず淡々としているミッシェルの隣に居ることで、メルティも徐々に落ち着いてきていた。
✡✡✡
「ほう。…………これは、素晴らしい魔法だ」
住民達の避難場所となった、城の中庭に設営されたテント。
誘導をしていたユングフラウが、それを見て感嘆した。
「恐縮です」
表情を変えず応えたのは、ウェルトーナ。彼女はテントの前でしゃがみ込み、地面に両手を着いている。
そこを中心として。円形に、魔力のドームが出現していた。大きさは、中庭をすっぽりと覆ってしまうほどだった。怨霊に取り憑かれていない住民の大半は、ドームの中に居る。
「バリアの魔法、だねー。制御と維持が難しい魔法なんだよ。珍しい上に、この規模は優秀。攻撃力MAXのノアの隣に、こんな防御力MAXが居たんだ。そりゃ最強の傭兵だね」
怪我人の治療に当たっているイザベラも、上を向いて感心した。
「しかも、『エメラルド』の『魔除け』……つまり『魔法耐性』も付与されたバリアだ。『銀の眼』ほどではないが、充分な防御性能だろう」
「ユング褒めちぎるねー」
「同じ傭兵としては、興味深いのだ」
「恐縮です」
✡✡✡
「にゃー!」
ズバッ。と。
ざくろがその手から爪を伸ばし、怨霊を切り裂いた。
「やるなあ。嬢ちゃん」
「ふふん! ニャーも強いじゃん!」
「『ニャー』じゃねえ。『ノア』だ」
「ノャー!」
メルティとミッシェルに指示された市場にて。最後の怨霊を狩り終え、開放されたヴァンパイア達が気絶する。
「ていうか、お前さんイヌじゃなかったか? ニャーはおかしいだろ」
「あっ。確かに! ワンワン!」
「……適当だなあ。日本の『ヨーカイ』ってのは無茶苦茶だって聞いたことはあるが……。色んな意味があるなこりゃ」
ノアは少し楽しそうに呆れる。
『次。2方向。南と北西。そのまま突っ込んで大丈夫』
と、そこでミッシェルからのテレパシー。
「おし。分かれるか。俺はこのまま北西だな」
「ワンワン!」
「ふむ。では私は、ざくろさんに付いて行きましょう」
「ワン?」
二手に分かれる。四足歩行で駆けるざくろの背後に、金髪有翼の天使が現れた。
「イヴです。直接お話するのは初めてですね」
「ワンワン! ワンワワンワン!」
「貴女はイヌですが、同時に人の姿も持っています」
「あっ。確かに! よろしくイヴ! ざくろでーす!」
天真爛漫で天然なざくろ。イヴは優しく微笑んだ。
「(……『妖怪』。私は『
✡✡✡
「ギンナ」
「!」
少し、戦況は落ち着いてきた。司令塔をメルティひとりに任せ、ミッシェルがホールまで戻ってくる。
「『これ』、裏世界中で起きるってこと?」
「……うん。多分。把握が追い付かないほど、『魂』を感じる。今日、急にだよ」
「ギンナ」
「えっ」
ヴァンパイア特有の、造形の整った大きな瞳で。ギンナを見詰めた。
「分かった。今度は私にも分かった。目標だったギンナの思考力に、今やっと追い付いた」
「………………うん」
ふたりの間には。もう『解答』が共有されていた。
ギンナは、ミッシェルと頷き合ってから。
「ラナ!」
叫んだ。
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