20-3 王の思考力〜Battle of Coven

 ――質量を持った魂よ。無垢の魂は、いずれ『魔女』『巫女』『死神』『怨霊』『怪物』のどれかになる――


 いつかの、ユインの言葉だ。

 魔女Witch。自身の魂を操り、魔法を使う者。

 巫女Medium。自然の魔力を使い、奇跡を起こす者。

 死神Death。他者の魂を操る強力な魔法使い。

 怪物Freaks。多種多様だが、総じて魔女に劣る魔法適性があり、幽体の強度が他の魂より高い者達。


 残るひとつ。

 ギンナはまだ、『怨霊Fiend』というモノに出会ったことは無かった。一度だけ、秋葉原でケイの妹である『半神半霊』という種族のアン……アンナ・アンドレオと会っているが。彼女は怨霊の特性を何も見せずに過ごした。ユインの言っていたように、彼女や『半魔半神』ユリスモールなどは『例外』である。


 これからギンナが対処せねばならないのは、『通常』の範囲内の、『大量』の怨霊である。


「怨霊は、肉体は勿論、幽体も持たない。意志を持った魔力の塊って感じ。肉体や幽体に取り憑いて、支配権を奪う。それから、怨みの元となった事を解決しようと動く。……ざっくり言うと、そんな感じかな」


 既に。

 ヴァンパイア世界、ヴドラクの里では怨霊が大量発生していた。何も知らないヴァンパイア達が次から次へと取り憑かれ、暴れ始める。ギンナ達はその鎮静に里中を駆け巡っていた。


「……結構厄介ですね」


 ギンナは、その無生物干渉……つまりテレキネシスの魔法で、取り憑かれたヴァンパイアの服を縛り上げ、動きを制する。それから、怨霊を引き摺り出し、消滅させる。これがワンセット。


 折角のドレスを着たまま、戦っていた。宴会の途中で、騒ぎが起きたのだ。


「まあ、相手は魂そのものだからね。完全に消滅させられるのは、男連中と、ユング。あとフランとあたしか。イザベラはこういう時何の役にも立たないし」

「あはは……」


 ギンナはその魔力の巨大さから、一度に多数の怨霊を捕まえる作戦を立てた。1ヶ所に集めて、纏めて消滅させるのだ。後のメンバー同士では、それぞれ捕まえる役と消滅させる役でチームを作り、里を回っている。


「特別な技術が必要なんですか?」


 ギンナの補佐に、セレマが付いていた。


「まあ、ギンナのテレキネシスは物質にしか作用しないってのと同じでね。怨霊そのものと干渉できる魔法を使えないといけない。魂、魔力そのものにね」

「…………それって」


 セレマの説明で、ギンナは思い出していた。対アフリカ戦略の時に、聞いていたことだった。


「『呪術』に近いんですか」

「そうそう。あたしはほら。アフリカ行く前から占いで、ちょっとだけ呪術も齧ってたし。一般的……というか、正攻法の怨霊撃退術も身に付けてるからね」

「凄い」

「おっ。『銀魔四女シルバー・フォー』に褒められた」

「あはは……。私なんてまだまだですから」


 フランやクロウは、ここには居ない。ここは宴会会場。ヴドラク城1階のホールだった。円形テーブルに並べられたヴァンパイア世界の美食達が、手付かずのまま放置されている。


「……なんでこのタイミングで」


 表世界が滅亡してから、1ヶ月。それまでは特に問題は起きていなかった。ギンナは割れたワイングラスを横目に見つつ訝しむ。


「吸血鬼達に責任は無いよ。誰も予想できなかった。『文明が滅亡するくらい人が死んだ』のに、『魂を処理する死神協会が居ない』なんて、何千年振りの出来事な筈」


 死神協会は、地球から手を引いた。今何をしているのかは分からないが、恐らくは天界へ大移動したのだろう。これ以降死者の魂は、死神と戦うことなく、現世へと戻ってくる。自発的に成仏する者も居るだろうが、大半は。

 怨霊となり、この地上へ堕ちてくる。


 ――死者の魂を放っておけば現世に悪影響が出る。それを防ぐのが僕ら死神の仕事なんだよ――


 ギンナが死亡してから、一番最初に聞いたことだ。担当死神だった、クロウから。


『避難は?』

『終わってるよー。そっちはどう? 戦闘組』

『男連中とフランが別格で化物だ。この里だけなら後5、6分で片付くだろう』


 テレパシーも頻繁に飛び交う。こういった有事の際は、特に強力な魔法である。


『いや、フランがやばいね。最強無敵強靭』

『はぁ!? あんたっ。あんたにだけは言われたくないわよ! あんたが一番バケモンよ! 現職の死神! 元此岸長!』

『何の喧嘩してんだバケモンふたり』

『おいサボるなよケイ』

『へいへい』


 活発に、テレパシーが飛んでいる。カヴンメンバー全員に垂れ流しで。


『……フラン、肉体の無い相手でも魔法効くようになったんだ』

『そうよギンナ。この3年、どれだけ修行したと思ってるの』






✡✡✡






「……あんたの為に」

「あん?」


 ヴドラクの里、広場にて。テレパシーには乗せずに、その場で小さく呟いた。それを拾ったのは、ケイだ。

 彼の右手から、光の刀剣が伸びている。その武器で怨霊を斬り伏せながら、聞き返した。


「……何よ」


 聞かれてしまって唇を尖らせたフランが弱めに睨む。


「いやぁ。仲の良いこって。羨ましいぜ」

「……そうよ。私はギンナが大好きだった。あらゆる意味でね」


 フランは素直に頷いた。彼女は嘘や誤魔化しはしない。自分の全てを肯定し、自信を持って日々を送っているからだ。誰恥じることなく、毅然と答える。


「あんたんとこは、違ったの?」

「……まあな。全員、好き勝手しまくって。互いが互いに興味ねえ。お前らみたいに、『全員集まった』ことなんざ、一度もねえな」

「……ふぅん」


 ケイ。目の前の男についての情報は、フランはあまり持っていない。カヴンの元欠席組である、彼の弟妹には秋葉原で会ったが。他には妻がふたり居ることくらいしか知らない。


「けどあんた、妹には好かれてたじゃない」

「あれは狂愛っつうんだ。俺のことなんざ1ミリも考えてねえ。自己愛と同じだ。あの女ほどやべえ奴も居ねえよ」

「酷い言い様ね。自分の妹に。あんたがそんなんだから、私達を見て羨ましいとか思っちゃうのよ。あのね、私達だって色々あったんだからね?」

「…………違えねえ」


 ズバンと切れ味の鋭い意見を食らい、自嘲気味に頷くケイ。その、達観したような反応が、フランの鼻に付いた。


「……ていうか、『そういう』相談なら、相手が違うわ。イザベラにしなさい」

「いやぁ、悪かった。相談じゃねえよ。俺らは別に、今の感じで丁度良いと思ってる。ただの世間話さ。忘れてくれ」

「…………」


 フランが力み、魔法が放たれる。範囲内の怨霊が全て蒸発していく。


「……『何かしたい』なら、あんたに協力するのがカヴンよ。説教臭かったなら謝るわ」

「はは。それも分かってるよ。俺より後に入ったお前に言われるとはな」

「サボり組」

「おう。また今度、サボることになるぜ」

「何言ってんのあんた」






✡✡✡






「うわ、わわわわ。わっ。わっ。あー!」

「うるさい」

「ひぃっ!」


 ヴドラク城の屋上にて。尖った屋根にバランス良く立つのはふたり。怨霊の発生場所を特定し共有する役のメルティと、現地ガイドのミッシェルだ。


「あっ。あっち、あのテントの所ですっ!」

「ん。市場の方」


『次。北東に敵影。ノアが一番近い。ふたつ先の区画から階段を降りて、左手の通路を抜けて』

『了解だ』


 ヴドラクの里は、立体的に巨大な城であり、縦と横に迷路が広がっている。素早く索敵し、最短距離を指示する。ふたりの息はピッタリ合っていた。


「まだ怖い?」

「ひっ。ひぇ……。はい。いいえっ。だ大丈です!」

「大丈夫。今の所あなたが一番貢献してる」

「ひゃ……はい!」


 どれだけ取り乱しても、リアクションせず淡々としているミッシェルの隣に居ることで、メルティも徐々に落ち着いてきていた。






✡✡✡






「ほう。…………これは、素晴らしい魔法だ」


 住民達の避難場所となった、城の中庭に設営されたテント。

 誘導をしていたユングフラウが、それを見て感嘆した。


「恐縮です」


 表情を変えず応えたのは、ウェルトーナ。彼女はテントの前でしゃがみ込み、地面に両手を着いている。

 そこを中心として。円形に、魔力のドームが出現していた。大きさは、中庭をすっぽりと覆ってしまうほどだった。怨霊に取り憑かれていない住民の大半は、ドームの中に居る。


「バリアの魔法、だねー。制御と維持が難しい魔法なんだよ。珍しい上に、この規模は優秀。攻撃力MAXのノアの隣に、こんな防御力MAXが居たんだ。そりゃ最強の傭兵だね」


 怪我人の治療に当たっているイザベラも、上を向いて感心した。


「しかも、『エメラルド』の『魔除け』……つまり『魔法耐性』も付与されたバリアだ。『銀の眼』ほどではないが、充分な防御性能だろう」

「ユング褒めちぎるねー」

「同じ傭兵としては、興味深いのだ」

「恐縮です」






✡✡✡






「にゃー!」


 ズバッ。と。

 ざくろがその手から爪を伸ばし、怨霊を切り裂いた。


「やるなあ。嬢ちゃん」

「ふふん! ニャーも強いじゃん!」

「『ニャー』じゃねえ。『ノア』だ」

「ノャー!」


 メルティとミッシェルに指示された市場にて。最後の怨霊を狩り終え、開放されたヴァンパイア達が気絶する。


「ていうか、お前さんイヌじゃなかったか? ニャーはおかしいだろ」

「あっ。確かに! ワンワン!」

「……適当だなあ。日本の『ヨーカイ』ってのは無茶苦茶だって聞いたことはあるが……。色んな意味があるなこりゃ」


 ノアは少し楽しそうに呆れる。


『次。2方向。南と北西。そのまま突っ込んで大丈夫』


 と、そこでミッシェルからのテレパシー。


「おし。分かれるか。俺はこのまま北西だな」

「ワンワン!」

「ふむ。では私は、ざくろさんに付いて行きましょう」

「ワン?」


 二手に分かれる。四足歩行で駆けるざくろの背後に、金髪有翼の天使が現れた。


「イヴです。直接お話するのは初めてですね」

「ワンワン! ワンワワンワン!」

「貴女はイヌですが、同時に人の姿も持っています」

「あっ。確かに! よろしくイヴ! ざくろでーす!」


 天真爛漫で天然なざくろ。イヴは優しく微笑んだ。


「(……『妖怪』。私は『実姉ラウムアビスであるサブリナ』と、『魔女を名乗るサブリナ』のふたりを追わねばならないということでしょう。鍵は恐らく日本。ケイの一味とは、繋がりを作っておいて損は無さそうですね)」






✡✡✡






「ギンナ」

「!」


 少し、戦況は落ち着いてきた。司令塔をメルティひとりに任せ、ミッシェルがホールまで戻ってくる。


「『これ』、裏世界中で起きるってこと?」

「……うん。多分。把握が追い付かないほど、『魂』を感じる。今日、急にだよ」

「ギンナ」

「えっ」


 ヴァンパイア特有の、造形の整った大きな瞳で。ギンナを見詰めた。


「分かった。今度は私にも分かった。目標だったギンナの思考力に、今やっと追い付いた」

「………………うん」


 ふたりの間には。もう『解答』が共有されていた。

 ギンナは、ミッシェルと頷き合ってから。


「ラナ!」


 叫んだ。

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