ヴァルプルギスの夜act-2―③

「……まあこれは、議題というより報告、説明というのが妥当でしょうね。あまり気にすることはありませんよ。広い広い宇宙の、ほんの一部のお話です。私達の生活に直接関わってくるものは、『たったふたつの世界』だけですから」

「ねえ、質問」

「はいどうぞ。イザベラ」


 イヴの話が終わり、イザベラが手を挙げた。


「夜風が勝って、世界が『ひとつ』になるとどうなるの? 面積は据え置きで人口は2倍?」

「それは私にも分かりません。それは恐らく……『別の物語』で語られるでしょう。今すぐの話ではありませんよ。それに、ひとつになるのは表世界の話です。どちらにせよ、裏世界への影響は少ないでしょう。それよりも、直近の話は『表世界の滅亡』です。これはもう、早ければ半年以内に起こるでしょう」


 世界全体を揺るがす大きな戦争が、『ふたつ』。カヴンはどちらとも、無関係であり渦中ではない。ただ、傍観をするしかない戦争。首を突っ込んでも、いくらの儲けにもならない価値の無い戦争だ。


「別の物語……」


 ギンナは背中がぞわりとした。イヴの話は、100%理解できた訳ではない。だが何か、宇宙の核心に迫っているような妙な昂揚感が一瞬だけ芽生えた。






✡✡✡






「――分かった。ありがとねイヴ、クロウ。『異界の話』もっと聞きたいけど。ヴァルプルギスの夜の本題から逸れてっちゃうから、今は進行するよ」

「はい」


 しばらく、イヴの話を咀嚼する時間に充てて。イザベラが切り出した。


「抜けたカヴンの穴。それがいくつかって話に戻すよ。今ここに、わたし達が6人。ケイを入れて7人。卒業生枠で8人。……『あと5枠』。だよね」


 半数が、ここ最近で脱退している。これから世界征服に向けて本腰を入れなければならないタイミングで。『13人の魔女』の威厳と実力は保たれなければならない。カヴンとヘクセンナハト存続の危機である。


「誰か、良さそうな人は居るかな。武力、権力、財力……。『力』のある人。魔女に限らずね。それと、カヴンの『やり方』を分かってくれる人」

「魔女だったら、『金の魔女』が良いんじゃない? 武力だけなら裏世界最強でしょ」

「!」


 セレマが案を出した。その名は裏世界中に知られている。ドラゴンスレイヤー・カンナ。

 ギンナの親友である。


「あははー。そうそう。ソフィアが死んだ時に一度打診したんだ。けど断られちゃった。『時代を象徴する金の魔女として、特定の組織には入らない』って。ヴィヴィ・イリバーシブルの時と同じセリフでね」

「へー。残念。『金の魔女』っぽいなあ」


 だが。カンナは親友であるが、仲間にはなってくれないようだ。自分の知らない所でそんなやり取りがあったのかと、ギンナはイザベラとセレマをキョロキョロ交互に見た。


「あ」

「ん?」


 そこで。ギンナは閃いた。同時に背後で、フランも顎を撫でていた。


「ひとり。居るかも知れません。魔女ではないですけど。今回の魔力インフラの協力者でもあります」

「へえ。誰?」


 権力という点で。ひとり該当したのだ。


「ミッシェル・クルエラ。吸血鬼ヴァンパイア第二世代セカンドです。ヴァンパイア世界とカヴンの橋渡し役で、裏ベネチアの実質的統治者。ヴァンパイア世界でも貴族令嬢です。……『格』で言うなら、充分じゃないでしょうか」

「おお、大口の魔力提供元だねー。良いと思うよ。皆どう?」


 その名は、一応皆が知っている。カヴンと直接取り引きをしているからだ。書類に何度も記載されている。ベネチアの代表者と共に。ユングフラウも頷いた。


「クロウは?」

「……ギンナが選ぶ相手なら不満は無いよ」

「おっけー。じゃギンナ、ミッシェルへのアプローチ頼むね。また報告して?」

「分かりました」

「よし。あと4枠。……フラン、何かある?」

「!」


 その、フランの視線を。イザベラは見逃さなかった。何か言いたそうにしていたのだ。フランは無言のまま立ち上がった。


『…………』

『…………』


 そして。ギンナとお互い目配せをして。テレパシーを交わす。


「……ノアさん。裏アメリカの、アメリカカヴン代表。『魔法銃士ガン・ウィザード』ノア。……フランからの提案です」

「ふむ。傭兵の名だな」


 ユングフラウが反応した。ユングフラウ自身、傭兵をしていた魔女である。ノアの名は知っているようだ。


「裏アメリカでは知らぬ者は居ない『最強の傭兵』だ。最近は聞かないと思っていたが、カヴンを設立していたのか」

「はい。えっと……。アメリカカヴンは殆どが『無垢の魂』で、きちんと魔女に成っているのはノアさんだけなんです。新法と純魔力需要の流れでカヴンを立ち上げたんですけど、まだまだ組織としての体裁も保てているかといった状況で。ノアさん個人はとても実力のある魔術師ウィザードなので、ウチで吸収する形で参加してもらったら良いんじゃないか……。と、フランからの提案です」


 フランからのテレパシーを介して、ギンナが説明する。もう、『銀の魔女』はヴァルプルギスの夜でも発言して良いのではないかとイザベラがほんのり思った所で。


「ふむ。我は歓迎だ。確かに奴は強い。『ドラゴンスレイヤー』とは別の強さだが、仕事は充分果たす奴だ。問題はカヴンの『吸収』という所を、奴のプライドが許すかどうかだが。……フランに一任するか、我も出向くか」

「待ってユング。あんたの方が忙しいでしょ。アメリカに居たってことなら、クロウはどう?」

「ああ」


 セレマが提案する。ノアへの説得は、メンバーふたり以上ですべきというユングフラウの意見を踏まえて。


「分かった。フランとアメリカへ飛ぶよ。ノアとは僕も知り合いだ。勧誘できると思う」

「……フランもそれで良いと」


 クロウとフランが目を合わせて頷いた。


「おっけー。クロウ初仕事だね。じゃ、暫定的に、あと3枠。ここで、さっきのわたしの提案に戻ってきたね」

「!」


 イザベラが。にやりと笑った。


「ユインは勿論。フランとシルクも、メンバーに迎えて良いとわたしは思ったんだよ。皆、どうかな」

「……それは……」


 ギンナは、後ろを見た。テレパシーも飛ばす。


「元々、『夜霧一味』だって代表夜霧だけで良いのに何枠もメンバー取ってたし。まあ今回それが仇となっちゃってボコボコ穴が空いたんだけど。『銀の魔女』ならカヴンへの貢献度や信頼感でも充分だしさ」

「あたしもまあ賛成かな。卒業生枠を取るなら、ユインより立場が上になっちゃうしさ」

「カヴンの『力』が保たれるなら、我としてはどちらでも良いが。あと3人、『銀の魔女』以外に相応しい者がまず居るかどうかであるな」


 イザベラとセレマ、ユングフラウは賛成のようだ。これまでの彼女らの働きを間近で見ている3人だ。


「私は、少し慎重に考えたいですね」

「イヴ?」

「はい。……その『力』が、『銀の魔女』に集中することになります。議決権を4枠持つのは少し危険な気もします。『欠席組』はそもそもヴァルプルギスの夜に不参加だったのでこれまでは問題になりませんでしたが。それと、懸念点はもうひとつ」


 イヴは、ギンナ達を心配そうに見た。その蒼い瞳の色に染まった銀色の髪が、イヴの目に映し出される。


「『4人がバラバラになるのではないか』。……今のギンナの表情からは、そんな不安が見て取れます」

「!」


 不安な表情。

 正に、その通りだとギンナは思った。


「…………っ」


 俯く。歯を噛み締める。別に、代表を代わるといったことなら何も問題ない。寧ろ自分よりユインの方が相応しいとすら思っている。だが。

 4人がそれぞれ、『魔女』としてカヴンメンバーとなれば。それは何か、違うのではないか。『自分達が目指す何か』から、離れていっていないか、と。


「……特例でさ。今。今だけ、3人の発言を許可しようよ。――採決」

「!」


 ――パン。

 ギンナも、間に合った。全員での一拍。


「うん。どうかな。『銀の魔女』の皆」

「私は嫌よ。そんな面倒くさい役割」

「!」


 まずフランが。即座に拒否を示した。


「ええ私も。ギンナのもとでやりたいです。これからも」

「シルク」


 シルクも毅然として答えた。優しく、クローネを抱きながら。


 ユインは。


「………………っ」


 一度個人的に、イザベラに勧誘されたのだ。議長を替わってくれ、と。確かに、そうすれば色々と『やりやすい』気はしたのだ。夜風に説教をするほど、カヴンの活動に積極的なユインからすれば。


「…………ユイン」


 ギンナも、どう声を掛けて良いか分からなかった。ユインがメンバーとなれば、カヴンとしては上手く進むだろう。それは皆が分かっている。取り分けユインの功績は大きい。他の3人より。ギンナよりも。


「……分かった。こりゃ駄目だね」

「!」


 ユインが発言する前に。イザベラが寂しそうに言った。


「ごめんね。変なこと言っちゃって。……『そんな顔』して悩むくらいなら、駄目だね。わたしはカヴンのことも大事だけど、今の『銀魔四女シルバー・フォー』の関係性を崩して変な空気にしちゃうのは嫌。今が、ちょうど良いんだよね。ユインも」

「…………イザベラ」


 頭を下げた。ユインは、一度強く目を閉じてから、ゆっくりと顔を上げた。

 ギンナを見た。


「ええ。そうね。心を決めたわ。私は『4人の間に亀裂が入ること』は絶対にしたくない。イザベラの話は光栄だけど、断らせて貰うわ。私達は……今は世界中でそれぞれ仕事してるけど。『いずれまた集まって暮らす』ことを目標にしているのよ。それはギンナ以外の誰かがメンバーになってもできるかもしれないけれど……。それは嫌。もし私がメンバーになって、ギンナと意見が割れたら。フランとシルクはどうすれば良いか分からなくなってしまう。船頭多くして船山に登る。代表はギンナひとりにして、私達は補佐。間違っていたならその場で話し合う。今の体制が一番良いわ」

「ユイン……」


 誰でもない、ユインがそう宣言した。隣に座るフランも得意気に鼻を鳴らした。

 安心したようなギンナの表情を見て、ユインは恥ずかしくなって頬を染めた。


「……うん。分かった。じゃあ残り3席は、保留だね。因みにセレマやユングからは良さそうな人居る?」

「無いわね」

「我もだ」

「ユングは弟子居たじゃん」

「あれはまだまだ修行中だ。任せられん」

「イヴは?」

「私は、これ以上『異界』のことでこちらの世界に影響させない方が良いでしょう」

「ふーむむ。じゃあ取り敢えずはこんな所かなー。じゃ、最後に今決まったことの採決、取るよ」


 ――パン。

 6人だけではなく。

 後ろの3人からも、一拍の音が鳴った。

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