ヴァルプルギスの夜act-2―④

 その後、休憩時間が取られた。皆、イヴの話をまだ全て飲み込めていない。


「……ま、要するに『宇宙は広い』ことの再確認ね。何度も言うけど、私達は気にしなくて良いわ。私達がやるべきことは変わらないから。本来なら一生、関わることのない話よ」


 ユインが休憩室にて切り出した。彼女のテレキネシスで、4人に紅茶が入る。


「でも良かったの? ユイン。メンバーのこと」


 それを啜りながら、ギンナが訊ねる。


「……あんたがそれ訊くの」

「えっ」


 ユインはいつも通り、全員見慣れた『やれやれポーズ』を取って溜め息を吐いた。


「確かに、メンバーになれば恩恵はあるわ。あんたを介さないでも仕事ができるし、カヴン内での権限も大きくなる。収入も増えるでしょう。けどね」


 良い? と。ギンナを咎めるように指す。


「それはあんた達との関係を壊してまでしたいことじゃないわ。……日本人のあんたに影響されたことは認めるわよ。『私達は4人でひとつ』。この原則は永遠に崩さない。さっき決めたわ。もう揺らがない」

「ユイン」

「……『ユイン』。そうユイン。『ユインの原点』なのよ。張雪麗チャン・シュエリーだったら、選んでたかもね」

「……」


 恥ずかしそうに……は、していない。堂々と。そう宣言した。フランがほう、と感嘆した。


「あんた、この3年で成長……いや。『仲良く』なったのね。ギンナと」

「…………うるさい。居心地が良いのは認めるわ。それに『銀の魔女』の後ろ盾が無くなるのは不安だし。世間的にも内部分裂と思われる。よく考えればデメリットも多いわね」

「あはは。今が一番、バランスが良いんですよねえ」

「?」


 シルクが、傾けたティーカップをことりと置いた。


「リーダーはギンナです。ですが、100%イエスマンでは本当に間違えている時に気付けない。リーダーに自信を与えることも勿論大事ですが、間違った時に『NO』を言える人材は必要だと思いますよ」

「むっ。私がイエスマンだって?」

「……『NO』ねえ。まあ」


 シルクの言葉に、フランが頬を膨らませ、ユインが考えながら頷いた。


「なんでも良いよ。まあ、長い目で見たら皆一度くらいメンバーしても良いかなとか思うけど。別に今とやること変わんないだろうしねえ。13しかない枠を私達で埋めるより、もっと色んな人をメンバーに迎えたいと思う気もする。ていうか理論は置いといて『ユインが私達を優先した』って事実がもう嬉しい」

「……うるさい」


 ギンナがユインへ微笑みかける。そこでようやく、ユインは赤らんで視線を逸らした。


「それよりシルク。あんた『アフリカ』の報告は? カヴン全体のことじゃ無いの?」

「あー……。イザベラには話しましたけど。多分今回のヴァルプルギスの夜はそれより重大な議題が多いですからね。卒業生枠の子やミッシェルや、ノアさん? を入れた、改めての臨時議会でも良いと思いますよ。緊急のことではないので」

「ふぅん。長いことアフリカに居たわよね。クローネのことで帰ってくるまで」

「はい。本当に、色々ありました」






✡✡✡






 休憩が明けて。

 一番。ユングフラウからの議題だった。


「これは…………っ」


 円卓に置かれたのは、長方形のトレイ。金属製の、底の浅い容器である。つまり……キャッシュトレイ。ギンナが日本のコンビニでよく見たものより、4倍ほど大きい。


 その上に並べられたのは、10枚の透明なカード。丁度、クレジットカードや電子マネーカードと同じ大きさ、形のカードだった。


「取り敢えずは、まだ『案』の段階であるがな。もう殆ど決定で、一応確認にと」

「……なるほどね。表世界はもう、電子決済や仮想通貨の時代。いくら遅れてるからって、今更『紙やコイン』なんてって、思ってたけどさ」


 つまりは――


「これが、これからの裏世界の、『通貨』」


 ――である。


「どゆこと? お婆ちゃんにも分かるように教えてセレマー」

「あのね。あたしとあんたで年齢ほぼ変わんないでしょうがイザベラ」


 そのサンプルを見て。イザベラが両手を上げて降参した。500年を生きる大魔女。金貨の時代を生きてきた世代。同じく500年ほど暮らしているセレマはやれやれと溜め息を吐いた。


「ユング?」

「ふむ。要するにこれは、規格を統一した、新しい『マナプール』である」

魔力貯蔵庫マナプール? これが?」

「名称は『マナカード』になるであろうな」


 ひとつ、手に取って上げる。イザベラは試しに、そこへ魔力を込めてみた。


「わっ」


 するとガラスのように透明だったカードはみるみるうちに赤く染まっていった。まるで赤ワインを注ぎ込んだように、底の方から赤みが溜まっていった。


「ほんとだ」

「今、イザベラの『真紅の魔力』が溜まった。だが本来は、純魔力を入れるモノなのだ。純魔力は少しだけ青みが掛かっており、溜まると綺麗な空色になる。そのサンプルだ」


 もう1枚、ユングフラウがトレイに置いた。澄んだ青空を少し薄めたような、綺麗なベビーブルーだった。


「これを使い、家電を動かし、電車に乗り、買い物をする。各地の銀行には各々が純魔力を預けており、このカードに引き出す。各銀行へは、裏ローマ中央銀行が純魔力を貸す。各企業は銀行へ申請して、社員の給与として純魔力を口座に振り込むことになる」

「…………!」

「完全に、『魔力がお金』になるってこと?」


 以前のヴァルプルギスの夜でも出た議題だ。それもユングフラウから。中央銀行の件は順調に進んでいるらしい。


「そうだ。今使用されている金銀銅貨は全て、同等の純魔力に換算され、貨幣は廃止となる。来月からもう、各銀行によって、純魔力による『現行貨幣の買い取り』が始まる。それから徐々に現行貨幣の使用できる店舗や銀行を狭めていき、2年後には完全に利用停止する予定だ。裏世界全体へのアナウンスは年末に既に行っている。反対運動も起こっているが、そちらは我らは関与しない。法務局が対応に当たっている」

「おー、ティアが。じゃあ大丈夫そうだね」


 円卓に座るメンバーが、1枚ずつカードを手に取る。手に馴染んだ形と大きさだなと、ギンナは思った。


「これ、どれだけ入るんですか?」

「50、100、500の3種類を用意する。……まあ、『銀の魔女』には1000でも少ないと感じるだろうが」

「なるほど。あっ。1日の消費生活魔力は60だって」

「それは2年前の話だよギンナ。今はもっと変換効率が上がってる。20ほどで良い」

「そうなんだ」


 ギンナの質問に、ユングフラウとクロウが答える。


「この『変換効率』も慎重にしないといけないね。純魔力の価値が変動する」

「その通りだ。魔導科学を突き詰めるのも良いが、現実の影響を計算しながらせねばならぬ。魔力を生産する我ら魔女の全体数や、市場に回る魔力の総量なども、慎重に調整せねばならない。今すぐに価値が暴落することは無いが、先々を見通して計画を進めねばな」

「…………」


 だがすぐに、ギンナは置いていかれた。経済の話はちんぷんかんぷんである。


「とまあ、魔女は『純魔力用』と『自分の魔力用』の2枚使いが基本になるだろう。因みに純魔力用のものは、純魔力以外は入らないような機構になっている。そして専用の機械でなければ取り出せない。破壊すれば霧散する。セキュリティだな」

「これはー? わたしの魔力入ったよ」

「それはサンプルである」

「……そっか」


 イザベラも、あまり要領を得ていない様子だった。だからユングフラウに一任したのだ。それ以外のメンバーは、『結果』だけ享受すれば良い。


「取り敢えず進捗って感じかな? ま、採決取ろっか。このままユングに一任ってことで――」


 パン。

 誰も異論など無い。全会一致で終わった。






✡✡✡






「いやあ、凄いねー。時代の流れを感じるよ。裏世界は長いこと同じ金貨だったしねー」

「シャラーラの理論と、ヴィヴィ・イリバーシブルの技術力がバケモンって訳。これからは、表世界とは違う文明になっていくのね」

「その表世界ももう終わるしね。黙示録を機に、表と裏は完全に分かれる。時代が変わるのは当然とも言えるよ。問題は、表世界の大量絶滅でどれだけの『無垢の魂』が発生するか」


 もう、次のヴァルプルギスの夜までには、表世界は滅亡しているだろう。傍観を決めたカヴンだが、その話題は大いに賑わせている。魔女は全員が、元々生きていた頃に暮らしていた『故郷』だからだ。


「だが我らは、もう『無垢の魂』の受け入れは縮小するのだろう? イザベラ」

「!」


 死神であるヒヨリからの援助を受け、魔女学校ソーサリウムへ通うことになる生徒を受け入れている。それが今のカヴンだ。


「……うん。取り敢えずはね。仲間を増やしたいとは言ったけど、治めきれないほどは要らない。今の全校生徒が121名。このくらいが限界かなって思うよ。一応、卒業生を教師として雇うことも検討してるけど。そっちの話はセレマとイヴ、ユインに任せてるし。ね」

「あー。まあね。少しずつで良いかな。随分安定してきたし。ヒヨリにも伝えてる。よっぽど珍しい魂なら貰うけどさ。例えば『銀の眼』とか」

「…………」


 銀の眼。ギンナ達4人のことだ。プラータの談では、100年にひとりの逸材。それが今代は、同時に4人という奇跡の世代だった。


「ま、もうあと数百年は現れないね。純粋な『銀の眼』も『金の芽』も。まあ半金のヴィヴィみたいな混魂ダブルは数人出てくると思うけど――つまり、『銀魔四女ギンナ達』が居る今の時代に色々と進めていくのが吉って訳」


 占いを本業とする『未来の魔女』セレマが言うのだ。ほぼ間違いないだろう。


「では我はこれにて失礼する。明日は裏パリで会議があるのでな」

「ほーい。お疲れー」

「お疲れ様」

「お疲れ様です」


 ユングフラウが、サンプルのマナカードを回収して退室した。まだまだ忙しいらしい。


「では私も。一度自分の世界に戻ります」

「ほーい」


 続いてイヴがその場から消えた。


「クロウはどうする? 部屋」

「ん。……そうだな。魔女園ヘクセンナハトには僕の――……」

「…………」


 イザベラがクロウのことを心配する。これからまたヘクセンナハトで暮らすのなら、新たに部屋を用意する必要があるかどうか。


 ギンナと。目を合わせた。


「…………イザベラ。少し、待ってくれないか」

「……分かった。きちんと話し合いなよ」


 ヴァルプルギスの夜は解散となったが。


 クロウが戻ってきたことによる『議題』は、ギンナ達にまだ残っていた。

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