16-5 吸血鬼に支配され、魔女に護られる都

「やあようこそ。お待ちしておりました。お久し振りですな。『銀の魔女』殿」


 当然、というか。

 この件に噛んで来たのが、ベネチアだ。ここはニクライ戦争にも噛んでいた。抜け目のない有能な人なんだよ。本来は。


 デイヴィット・ライゼン卿。


「お久し振りです。私も楽しみにしていました。ミッシェルやルーシーと会うのを」

「ですな。ふたりも心待ちにしておりますぞ」


 約1年振りに合うライゼン卿は、見違えるほど痩せていた。頬なんかちょっと痩けてるもん。元々2メートルくらい身長あったから、スラッとしたらもうダンディというか。手足長いし、ちょっと鍛えてもいるのか筋肉質にもなっちゃって。びっくりだ。


「随分と、変わられましたね」

「あはは。これはこれは。ミッシェルのお陰ですな。すっかり、体調管理されまして」


 もうデブなんか、ブタなんか言えないよ。フラン。凄い。ヴァンパイアダイエット?


「ささ。こちらへ」


 人間って、変化する時は凄いよね。まるで変身魔法だ。あの脂ギッシュから、こうも爽やかなダンディになるんだもの。






✡✡✡






「ギンナ!」

「ミッシェル!」

「ギンナ様」

「ルーシー! ふたりとも久し振り!」


 屋敷の玄関に入る前に。庭先に既に待ち構えてくれていた。日傘を差して、プラチナブロンドを華麗に揺らすミッシェル。猫耳と巨乳を揺らすルーシー。ふたりは『第二世代セカンド』だから、1年じゃそんなに変わらないかな。ミッシェルはラフな白のワンピース、ルーシーはいつも通りフレンチメイド服だ。


 で。


 そのルーシーが抱いてる猫が居る。黒猫が。


「ラナ」

『王よ。久しいな』


 ルーシーの腕の中で……いや。おっぱいの間で。ふんぞり返るラナ。


「やっぱりルーシーの所に行ってたんだ。急に消えちゃって心配してたんだよ」

『王があの家から出ぬようになったからな。悪魔の女達の街は護られている。王より号令があった時に出向けば良いと判断した』

「要するに気まぐれってことだね。別に良いけど」


 そう。ラナの扱いは結構難しいんだよね。魔女の家に4人で居た時はごはんあげたら割りとやりやすかったんだけど。ほんと、見ない時はぱったり見ないんだから。猫って気まぐれなんだよねえ。まあ私の飼い猫って訳じゃないし、猫世界のことは詳しくないし、好きにしたら良いけどさ。

 結局、私はこの『猫の王』っていう強力なカードを使いこなせていない。そこが悔しいよね。プラータには期待されたのに。

 まあ、まだ。いつか、上手く活用できる時が来るかもしれない。考えておかなくちゃ。






✡✡✡






 通された、いつもの接待室。商談ルームだ。ダージリンを淹れて貰った。カクテルを勧められたけど、そんな身分じゃないし。日本的な感覚として、仕事中はねえ。


「……その『生活魔力』について。私達の魔力も買ってくれないかって、王子が」

「本当にっ?」


 話はミッシェルから。ルーマニアの、彼女の故郷。ヴァンパイアの国との中継役として、ミッシェルの築いたパイプであるライゼン卿を通して、さらに個人的に友人である私……引いてはカヴンに。


 ヴァンパイアが、『純魔力』を提供してくれるという、大口の商談だった。


「……でも。ベネチアを通すと」

「ううん。良いの。他の所と一緒の値段で良い。後はこっちでやるから。お願いギンナ」

「……!」


 カヴンが直接ヴァンパイアと提携した方が、当然だけど安く済む。マージンって奴だ。間にベネチアが入ると普通はそれだけ高くなる。

 けど、それは要らないとミッシェルは言った。


「それじゃ、ベネチアには利益は出ないんじゃ?」

「違う。逆。利益が要らないのはヴァンパイア側。そもそもこれに参加したいって国はいくつもあるから、それぞれに配分しようとするとビジネスにならなくなる。ヴァンパイア側が欲しいのはお金じゃない。経済活動は全く別だし。最初から、ヴァンパイアの国は裏世界と繋がってない。隠れ住む種族だし」

「…………じゃあ、どうして」

「欲しいのは、『カヴンとの繋がり』」

「!」


 ヴァンパイアは、『第二世代セカンド』の怪物の中でも、結構例外な種族だ。珍しい、ということ。誰も出会わない。けれど実在する。森の奥に霧と共に潜む隠れ里。秘境の種族。他種族との交易なんて、全くの皆無。孤高の存在だった。


 けれど。


 そんなヴァンパイアの心を動かす程に『なってる』んだよ。

 私達カヴンは。私とミッシェルが友達、なんて関係性じゃ希薄なんだ。完全に、ヴァンパイアとカヴンで、繋がりたいってこと。


「ヴァンパイアの国、56の内、52ヶ国が望んでる。魔力生産が可能な健康な成人済みヴァンパイアの人数は全部で約10万。現実的に提供できる量は、この資料」

「! うん。見るね」


 きちんと、調べて。計算して。具体的な数値を出して。私に持ち掛けてきた。準備して。用意して。この商談に臨んでるんだ。

 ……仲良し同士のお茶会じゃない。これは完全に、カヴンの代表としての、折衝だ。私も真剣に、資料に目を通す。輸入経路の安全性はどうか。そもそもの安定供給は可能か。ヴァンパイアの魔力の特徴は。


「……ヴァンパイア世界も、変わっていこうとしてる。どの国にも、先見の明に長けた者が居る。今、『世界の勝ち馬』に乗るには確実にここで、カヴンと繋がっておく必要がある。……52人の王達は少なくともそう判断した」

「…………そう。分かった」


 変わっていく。少しずつ、動いている。ちょっと前から。最初に参加したヴァルプルギスの夜から、感じていたけど。

 もう、目に見えるほど『うねって』る。段々と、その『うねり』は大きくなっている。裏世界全体が、落ち着きをなくしていく。


「……どう?」

「うん。私としては、大歓迎。そもそもまだまだ、供給が追い付かない計算だからね。ウチの見習い魔女達もすぐに戦力になる訳じゃないし。この話、一応カヴンの議会に回すけど、多分通るよ。ヴァンパイア世界との繋がり、歓迎したい」

「やった」


 にこりと笑って返すと、ミッシェルも花が咲いた様に笑った。

 彼女もヴァンパイア世界での貴族令嬢として、一定の立場と責任があるんだ。しかも、ライゼン卿を眷属にすることで実質的にベネチアをも手中に収めてる。彼女から、新しい風がヴァンパイア世界に吹き込んでいるんだろうか。


「こほん。ありがとうございます。では。実際の運用についてですが」

「……はい。卿にとってはそれが本題ですよね。ベネチアの今の純魔力タンクは少し旧式なんです。あと場所もですね……」


 この商談は、スイスイ進んだ。やっぱり見知った相手だとスムーズだね。皆と仲良くなったらいつもスムーズにいけそうだなあ。


「猫からは、魔力は貰えないか」

『それは流石に無理難題である。そもそも仕事にならぬだろうよ』

「気まぐれだもんねえ」


 生活魔力の確保は私の仕事じゃないけど、まあ細かいことは抜きで。






✡✡✡






 そして。ベネチアと言えば。

 絶対会いたい人が居る。


「ギンナちゃん!」

「カンナちゃん! ごめんねアポ無しで来ちゃって」

「そんなの良いよう!」


 ハンター:カンナの探偵事務所。元々はヴィヴィさんの事務所だ。懐かしいなあ。初めて箒に乗った時、ここまでやってきたんだっけ。


 近くまで来ると、私の魔力を察知したのかカンナちゃんが勢いよく飛び出してきて。

 玄関前でしばらく抱き合ってた。今日も綺麗な金髪と金眼だ。


「入って入って!」

「お邪魔しまーす」


 カンナちゃん、凄いテンション上がってる……。あはは。なんだか嬉しいな。


「ギンナちゃん髪と背、伸ばした?」

「うん。ハタチ前後くらいかな? 一応、カヴンメンバーだしさ。子供っぽ過ぎても良くないかなって」

「私も伸ばそうかな」


 カンナちゃんも当然変身魔法は使える。猫になってたしね。でも、基本の姿は変えてない。死んだ時の年齢のまま。そういう人も多いよね。魔法はイメージが大事だから。死亡時の姿はイメージが安定するし。

 髪だけじゃなくて身長のことも含めて『伸ばそうかな』って言うのが、魔女らしいよね。


「ギンナちゃん、今日はどうしたの? 依頼……じゃないよね」

「うん。仕事の帰り。ライゼン卿と商談」

「あー……。あれだ。魔力の家電」

「そうそう。もっともっと普及させたいからさ」

「凄いなあ。ギンナちゃんは本当に凄い。なんだかどんどん、先行っちゃうなあ」

「え……」


 ソファに案内されて。しゅるりと、音もなくホットコーヒーがガラステーブルに出現した。流石魔女の事務所。でも音がしないのは、私やユインより精密な魔法だ。

 だからこそ。今のカンナちゃんの台詞が気になった。


「……逆だと思ってた。カンナちゃんが魔法でも、強さでも。ぐんぐん私達の先を、何歩も行ってると思ってたよ」

「そうなの? だって私がやってることって、怪物退治モンスターハンターだけだよ? ギンナちゃん達は、今回の家電もそうだし、『銀魔四女シルバー・フォー』って。世界中で色んなことして、有名じゃない。カヴンの存在はもう有名。その主要メンバー『銀の魔女』の名前も。裏世界全体に与える影響力で言えば、ダントツだよ」

「…………」


 その、怪物退治が。

 私には到底できないこと、なんだけど。

 あ、でも今ならどうなんだろう。フランとシルクが本気で狩りをしたら。


「私は所詮、いち『魔女』でしかなくて。いくら強くったってね。社会に影響力は無いの」

「……そんなことないよ。『金の魔女ドラゴンスレイヤー・カンナ』の名前も、裏世界中に轟いてる英雄の名前だよ。いつも新聞を見て、凄いなあって。私も頑張らなきゃって、思ってるもん」

「ほんと? 嬉しい。私達、お互いにそう思ってたんだね」

「……うんっ」


 比べるものじゃない。いつかユインがそう言ってた。私達が勘違いして、裏ギリシャに行った時に。そうだよね。私達は私達。カンナちゃんはカンナちゃんだ。それぞれがそれぞれの分野で活躍してる。それで良い。お互いに刺激を受け合って、成長してる。それが良いよ。


「いつかギンナちゃん達とも一緒に仕事したいけど。私は政治や経済はノータッチだからなあ。魔力なら売れるよ」

「あ、えっとね……。それ、残念なんだけどさ。私達『金銀色かねいろ』の魔力は、純化させても魔力家電には使えないんだ」

「えっ。そうなの? 使えてるよ? 今だって魔力エアコン」

「うん。私達が自分で使うなら大丈夫なの。けどね。えっと……詳しい機構とかは専門的で分からないんだけど、『銀の魔力』『金の魔力』に適合するっていうのが凄く難しいらしくて。売り物には向かないんだって」

「そ、そうなんだ……」


 そう。魔力が欲しいならカンナちゃんに頼めば良い。けど、それはできない。私が魔力枯渇になった時も、銀か金の魔力でしか輸血……輸魔力? できなかったように。人に与えるだけなら、色んな人に与えられるんだけど。機械は例外なんだって。テレキネシスで単純な動作をするんじゃなくて、魔力電子機器はもっと精密で、本当の『純魔力』が必要で。金や銀は『魔力として我が強い』らしいんだよね。私もそれ聞いてショックだった。ただ、従来の、旧式の『魔道具』の稼働には最適だから、金銀の魔力自体の価値はまだ下がらないと思うけどね。






✡✡✡






「じゃ、それよりもさ。お話聞かせてよ。ギンナちゃんと、ユインちゃんと。フランちゃんと、シルクさんの話」

「うん。私も、カンナちゃんの怪物退治の話聞きたい」


 ベネチア、良いなあ。末永く、お付き合いしたい街だ。

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