16-2 人を想う魔女、人間の砦

「来たね。『銀魔四女シルバー・フォー』最後のひとり。ギンナ・フォルトゥナ」

「……おはようございます。なんですかいきなり……?」


 朝。予定通りにイザベラさんのお城に行くと、玄関口にスタンバっていた彼女に出迎えられた。真っ赤なツインテールを編み込んだ新ヘアスタイルだ。メイド服なのは変わらず。


「あははー。いやーね。やっとギンナと仕事できるなあーって」

「はい。お待たせしました」

「で。クロウは魔女に成らなかったんだ」

「はい。……便宜を図って貰ったのに、すみません」

「謝ることじゃないよ。それにクロウって、やっぱり死神の方が似合うじゃん」

「……そうですね」

「よーし。じゃ行こっかー」

「はい。ええと、ローマでしたっけ」

「そそ。取り敢えずねー。お節介だとは思うんだけど、ギンナも会っておくべきと思って」


 ヘクセンナハトの権利の件は、成り行きだった。それも、私はプラータの引き継ぎで、何もしていない。

 ゴールドラッシュは、『銀の魔女』への依頼だった。


 今回初めて。『私がカヴンとして』仕事をすることになる。ちょっと緊張する。それに、中央銀行のこと、まだあんまり分かってないから。


「じゃ飛んでいくよ? 箒は?」

「あ。あります」

「ほいほーい」


 実は箒は無くても飛べるんだけど。見た目で分かりやすく、箒も使うことがある。今回は、『魔女として』行くんだしね。

 私達は、空で一路、ローマへ向かった。イザベラさんのメイド服と箒って似合うなあ。ていうか外出する時もメイド服なんだね。






✡✡✡






「買った魔力を、どうやって保管するのか。既に空き巣や強盗事件が発生している。魔力とは流動的で、実物資産とも言い難い。金庫に閉じ込めておけるものでもない。上質なマナプールはまだ高価であり、マナプールごと盗まれることは多々ある。一般に普及しているとはいえ、まだまだ魔力とは稀少な物だ。

 そもそも、魔力とはなんだ? 精神的エネルギー? ならば死者にしか発生しないのは何故だ。生きている人間からは全く採れない。魔力は発生しない。精神的エネルギーではないのか? 生者には精神が無いのか? そんなことは無い。

 憶測はどこまで行こうが憶測に過ぎない。事実、起きた現実のみを考察するしか無い。……人を殺して、魂を引き摺り出して魔力を抽出する犯罪がいつ起きてもおかしくはない。かの魔力革命は技術的、文明的に大きく発展し得るが。その陰にある闇への対処も同時に進めなければならない」


 裏ローマ、中心街。中世から続く町並み、その一角に。巨大な城がある。

 『裏世界法務局本局』と書かれた門のある城が。


「――法整備を。進めなければならない。早急にだ。今ある技術革新に、法が追い付いていない。やってくれたな……『カヴン』」


 ギンナ達が通されたのは、大講堂と呼ばれる部屋。扇状になっている、その中心の壇上に。

 スーツ姿で、真っ直ぐな背の高い老人の女性が居た。


「やほー。ティア。久し振りだねー」


 イザベラがいつも通り朗らかに手をひらひらさせて挨拶する。


「イザベラ。貴女は変わらんな」

「ティアもね」

「……そちらが、プラータ・フォルトゥナの後継者か」

「そうそう。ギンナだよ」


 皺の間から光る、透き通ったエメラルドグリーンの瞳が、鋭くギンナに突き刺さった。呼ばれて、ぺこりと頭を下げる。


「初めまして。ギンナ・幸運フォルトゥナです」

「…………頭を、下げるか。私に向かって」

「えっ」


 壇上から降りた女性は、ギンナを睨み付けたまま数歩近付き。敬礼をするように胸に手を当てた。


「私はアマンダ・正義ユースティティア。ここの長を任されている。。ギンナ・フォルトゥナ」

「……!」


 ギンナは、これまで会ったことのないタイプだと思った。射竦められるような視線と威圧感。だが敵意ではない。『見定められている』と分かる。自分を『図ろうと』しているのだと。


「(人間、だ。この人……。死者の魂じゃない)」


 ギンナも、その銀の眼でアマンダを観察する。ただの生身の人間である。魔女や怪物ではない。魔力は当然感じない。見た目相応の実年齢なのだろう。60代〜70代であると予想する。

 魔女に寿命は無いが、だがギンナはこの世に『発生』して18年だ。魔力の有無など、『経験』により容易く凌駕してやるという気概を感じた。


「……本題に入る前に、少し話すか。私の執務室へ招待しよう」

「ほーい」


 しばし目線を合わせていたが、アマンダがそれを切り、大講堂から出て行った。じゃあなんでここに呼んだんだと思いながら、適当に返事をして付いていくイザベラ。

 それを追うギンナ。






✡✡✡






 案内された、執務室。簡素な内装で、巨大な城の外装からは予想できないような普通の事務室だった。デスクがひとつと、会議用の長テーブルがひとつ。そしてキャスター付きの事務用椅子が8つ。


「さて。事前の通達では貴女と、例の『火の花シャラーラ』が来ると記載されていた。何か事情が変わったのか? イザベラ」


 同じテーブルに着いた3人。アマンダと、向かいに座るイザベラ、ギンナ。アマンダはまずイザベラを睨んだ。


「変わったねー。シャラーラの乗るシャトルの打ち上げ日が変わったんだよ。前倒しになった。もう彼女、フィラデルフィアから離れられない」

「……技術だけ発明して、本人は宇宙か。『自由』もここまでくると歴史的だな」


 魔力発電から、魔力家電を発明し普及させた時代の開拓者、シャラーラ。しかし彼女のスピードは速い。もう地球を置き去りに、宇宙へと飛び立つのだ。ギンナはちゃんとした挨拶をしたかったが、もう間に合わないかもしれない。フランが言うには、同じプロジェクトに参加しているエトワールももう打ち上げらしい。


「どうするんだ? カヴンは13人だろう。2席欠けてしまう」

「ご心配なくー。ていうか心配とかしてくれるんだね、ティア」

「…………口が滑ってしまったな。本題に入ろう。そちらの『鉄の魔女ユングフラウ』から聞いていると思うが、『新法』の件だ」

「うん。草案読んだよ。見事にうちら魔女に不利な条項もりもり。笑っちゃった」


 鋭いアマンダの視線を、屈託のない笑顔で正面から迎え撃つイザベラ。


「で、どうだ?」

「んーとねえ」


 その笑顔のまま。声のトーンだけ、少し下がった。


「13条だけ。生活魔力生産者になる『魔女学校ソーサリウム』卒業生の人事権は絶対譲らない。それだけは、カヴンで管理する。後は良いよ」

「…………それだけか?」

「うん。わたしはね。ギンナ」

「えっ。…………はい」


 不意に、話が振られた。アマンダの視線もギンナへ移る。ギンナは、一瞬だけ怯んだが、すぐにいつも通りに立て直した。


「……えっと、2点。5条の『自由化』ですが、私達の総意として『完全独占市場』が絶対条件だと、半年前にシャラーラとヴィヴィ・イリバーシブルのサイン入りで送付させて頂いたと把握しています。誰かに後追いはさせたくないです。ここは削除でお願いします」

「ほう。……『解いてきた』か」

「…………もしかして、『試し』ました?」


 ギンナもギンナで、事前に聞かされている。事の経緯から、それぞれの思惑。これまで進んだ事項。これから決めるべき事項について。ユインと一緒に『予習』したのだ。1年休んでいた『宿題』として。

 アマンダの口角が少し上がったのを見て、そう訊ねた。


「何、あの草案を作ったのは私ひとりではない。『人間』の中にも、どうにか『魔女』を出し抜こうとする奴が居たりする。貴女が来なければ、イザベラは騙せたかもしれないな」

「あはは。わたしはちょろい魔女って認識なんだ」

「…………(危な……)」


 もし、気付いていなければ。隅々まで、夜遅くまでユインに手伝って貰わなければ。

 もっともっと不利な法律になっていた。万が一それが施行されてしまえば。変更には多大な労力と費用、時間が掛かってしまう。今しかないのだ。問題を指摘するのは。


「(ほんと、魔女の仕事ってこんなのばっかりだ。一歩間違えれば、逆に私達カヴンが支配されてた。一緒に法律を考える仲間だからって、油断ならない。そうだよ。法務局の人達は基本的に、魔女を犯罪者として追ってるんだから)」


 魔女や巫女などの『死者の魂』を知る人物は、誰ひとりとして侮ってはくれない。見た目が少女だからと舐めてはくれない。特に法務局員は、全力で隙を探してくる。


「……では、良いか。それで。今指摘のあった所は修正しよう」

「いえ。もう1点。純魔力の貯蔵方法についてです」

「……? そこには『問題』は出していないぞ」

「えっと。こちらは新法草案じゃなくて、企画書の方なんですけど。この通りにするとなると、街に近過ぎます」

「それが?」

「……魔力は、電気より危険です。誰か通行人の強い思念を受けて暴走する可能性があるんです。それに、常に近くで業務をすることになる『人間』の職員さんも、できるだけ24時間体制で、2交替ではなく3交替にできませんか? 人間が剥き出しの魔力を日常的に浴び過ぎるのは良くないです。家庭で使われる純魔力は、量も少なくて問題無い計算だと思うんですけど……」

「…………」

「これ、ひとつの魔力タンカーに1000〜3000の魔力を常時稼働させる計画ですよね」

「…………ああ、そうだ……」


 ギンナの、この提言に。

 アマンダは目を見開いた。


「……人間の、心配を」

「…………? 人手が足りないなら、最初の方は私達が直接管理しても良いです。カメラは回していますので、問題は無いかと」

「……ふふ。そうだな。ありがとう。タンカーの設置場所と人員配置、勤務体制は見直そう。何分、こちらはまだまだ、『純魔力』どころか『魔力』という概念自体に慣れていなくてな。ついては、アドバイザーのような形で、施行まで誰かここに常駐してくれないかと、今思った。イザベラ」

「ほーい。んじゃ卒業生2、3人手配するね」






✡✡✡






 しばらくして、折衝が終わった。ギンナは一足先に、ヘクセンナハトへ帰った。


「……まさか、1年間表にも裏にも姿を表さなかった『銀魔四女シルバー・フォー』のボスが、あのような少女とはな」

「へー、そう見えた?」

「…………いや」


 残ったのは、アマンダとイザベラ。古くから知り合っているらしいと、ギンナが遠慮したのだ。


「切れ者とは思うが、それ以上に。『少女過ぎる』とも感じたな。今まで出会った魔女の誰とも似ていない。勿論、『死神ヴァルキリーフラン』や『教授プロフェッサーユイン』、『煉獄パーガトリーシルク』とも、違う。確かに私は、彼女を試そうといくつかの『宿題』を出したが……どうやら失礼を働いてしまった。逆にこちらが気遣われ、心配されるほどに」

「……ふーん。人間の目からしたら、ギンナってそう映るんだ。ただの真面目ちゃんだけど」

「それはな、魔女の目から見たことは無いからな。私はいつだって地に足付いた人間だ」


 執務室の窓から夕空を見た。そろそろ『魔女の時間』だ。


「……『ギンナ・幸運フォルトゥナ』。長い付き合いになりそうだ。次はもっと分かりにくい『宿題』を出してやろう」

「わー。結局上から目線。傲慢な人間」

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