15-2 悩む世界最強(乙女)

 この1年で、裏世界の情勢は目まぐるしく変わった。

 『魔力電化製品』の登場・普及である。


 表世界と比べて、裏世界の科学技術は遅れていた。それを補うようにして、『魔力を使った道具を用いて生活を便利にする』という方向で開発が進められたのだ。

 背景には元ハンターヴィヴィの尽力があったのだが、詳しくはまたの機会に。


 ともかく、最早『魔道具』とは呼べぬほどに生産性、利便性、効率性の向上した『モノ』が、市場に出回った。伴って、各インフラ整備も進められた。裏世界は魔法的に技術革命が起きたのだ。


 『魔力発電』。これが第一の革命だった。これまでは魔力を用いて『原始的な運動』を行うのみだった魔道具は、『電化製品』の稼働を可能にした。発明したのも、ヴィヴィ。そして共同開発として、彼女の『妹』でもありカヴンメンバーでもあるシャラーラが携わった。

 それが何を意味するか。


 生活用水ならぬ『生活用魔力』の需要である。


 一昨年のヴァルプルギスの夜で話された、『魔力が金、もしくはそのまま通貨となる』未来が現実にやってきたのだ。裏世界の住人とは言え、ただの人間。魔力の調達方法は皆無なのだ。つまり『死者の魂』の成れ果て……魔女や怪物、巫女などから魔力を『買わなければならない』という情勢の変化が起きた。魔道具はもう、一部の特権階級だけが牛耳る贅沢品ではなく。裏世界全体の一般家庭で必要とされる『生活必需品』となったのだ。


 社会全体がそうなるように一昨年から計画的に仕向け、実際に達成したシャラーラは今やカヴンの中でもトップクラスの貢献度であると讃えられ、この1年のMVPという立ち位置を得た。


 さらにカヴンにとって追い風なのが、『魔女学校ソーサリウム』だ。現在カヴンは、魔女園ヘクセンナハトという土地を得て、そこで『無垢の魂』を集め、教育している。本来なら成仏させられる死者の魂は、ヒヨリ死神の忖度を経て魔女園に引き渡され、安全に魔女に成るカリキュラムを履修する。

 つまり、これまで偶然頼りで数の少なかった魔女が、『安定して大量に生まれる』ことを意味する。裏世界のバランスを崩す大変革だが、今はまだ、大きく騒がれていない。

 そうなれば、裏世界全体の『魔力需要』を、カヴンの魔女達で満たすことができるようになる。逆に言うと、魔女達が居なければ裏世界の一般社会は成り立たなくなる可能性もある。


 ――結論。

 カヴンはいずれ、『世界を支配する』。千年の悲願が、ここに達成されることとなる。

 当然ながら、武力など全く使わずに。寧ろ『喜ばれる』形で。






✡✡✡






「――でも実は、そう甘くは無いんだよね」

「その通りだ。懸念点のひとつが、今向かってる『ゴールドラッシュ』。……裏世界社会には追い風だけど、世界の支配を目論むカヴンからしたら目障りな訳だ」


 帆もマストもエンジンも無い、漆黒の空飛ぶ船。『ブラックアーク』。テレキネシスの魔法で運転するギンナの隣に、クロウも立っていた。

 ふたりは早速、このブラックアークで、魔女園のあるスコットランドを出発してアメリカ大陸を目指していた。


「『魔力を帯びた鉱石の出る大規模鉱脈』の発見。どの新聞でも一面を占拠してたね。もう、半年くらい前のニュースだけど」

「『魔力石マジック・ストーン』。一応、無いことも無かったんだけど。その天然物で質も良くて、そして大量に発掘されるのは初めてだよ」


 正確には、採掘されるのは金では無いのだが。分かりやすく『魔力石のゴールドラッシュ』と呼ばれている。場所も丁度、カリフォルニアである。


「要するに、このラッシュの魔力石で裏世界の生活用魔力が賄えてしまったら、カヴンの魔女達は仕事が無くなり、カヴンとヘクセンナハトは財政破綻する。だから、僕達で少しでも魔力石を確保して、それを防ごうってことだね」

「うん。採掘者さん達は人間か、雇われた少数の『怪物』だけだろうから。私の魔法でガバッと一気に採掘したいね」

「……というより、鉱脈の規模の調査で良いそうだけとね。まったく、何で僕まで」


 クロウは溜め息を吐いた。この依頼は、『銀の魔女』へのものだ。


「だって、ユインは先生だから行けないし。他に都合付ける人居ないし。クロウは私と離れたら死ぬもん」

「……1日2日くらいなら大丈夫だ。もう魔力は200あるんだし」

「…………だめ」

「ええっ」


 ギンナはぷい、と顔を逸らした。そのまま船首の方へ行ってしまった。


「…………」


 クロウは。

 考えていた。






✡✡✡






「で、どうなの? ギンナとは」

「…………」


 ある日の、教室で。放課後だった。ユインが呼んだのだ。丁度1年経つ日に。


「……僕が『魔女』に成れない最後の未練は分かりましたよ。ユイン先生」

「誰も居なきゃ、敬語は要らないわよ。元此岸長死神のボスの癖に」


 教室とは言え、日本の中学校や高校のようなものではない。例えるなら、大学の講義室だ。個人の机というものは無い。扇状になっている部屋の、中心に教壇。黒板ではなく巨大なホワイトボードがあり、教壇も木製ではなくスチール製だ。


 出入口に近いやや後ろ側の席に座るクロウ。コツコツと、教壇からユインが歩いてくる。


「その未練って?」

「……ギンナとの結婚だ」

「おっ」


 あまりにもあっさりと、それを告げたクロウ。ユインは妙な声を出してしまった。


「へえ。あんたから恋愛感情、感じたことなかったけど。それが不安要素だったし」

「……生前の話だよ。幼子が、誰しもがやるような、『この子とけっこんする』と」

「なるほど。……それが『昔の話』と切り捨てられずに『未練』になってるのは、『言った当時』にあんたが死んだからね」

「その通りだ。……だから悩んでるんじゃないか」


 コツコツと、隣までやってきて。前の席に座ったユイン。


「いつでも、あんたが魔女に成ってギンナを『解放』するチャンスはあったと思うけど?」

「ああ。僕は魔女に成ったらすぐに、ここを出るつもりだ。いつまでもカヴンの主力、『銀魔四女シルバー・フォー』の一角をこの街に留めておく訳にはいかない」

「ならさっさとプロポーズしなさいよ。今更、あんたらの関係で断られることなんてあり得ないって分かるでしょ」

「…………そのことだ。相談、して良いかい。先生」


 クロウが、ユインと目を合わせた。彼は生徒としては、実に優秀だった。常に模範的な態度と姿勢を他の生徒に示し続けてきた。


「……何よ。聞いてあげるから話しなさい」


 ユインは、正直『先生』と言われると弱かった。






✡✡✡






 そして。

 ほぼ、同時に。

 ユインは、ギンナからも夕食に誘われていた。

 魔女園の、イザベラ自慢の大型ショッピングモール。そのビル上階にあるレストランにて。


「あんたらまだキスもしてないって?」

「う……ぐ。む。そんな、直接的な……」


 サイコロステーキを一瞬だけ詰まらせて、ギンナが答えた。


「クロウは、あんたに養われてる負い目があるのよ。『ひと昔前の日本』じゃないんだし。あんたから押し倒しても良いじゃない」

「…………えっとね。ユイン」


 カチャリと、一旦食器を置いて。


「彼、4歳で亡くなったでしょ? 精神が、そのままなの」

「…………」

「『恋愛感情』が、無いんだよ。……性欲、も。『好き』はあるんだけど、4歳そのままの意味なの。だから、この1年……。何も無いんだ。4歳児と一緒に暮らしただけ」

「成長はしてるじゃない。話し方に佇まいに。生身の18歳より大人びてるわ」

「うん。知識とか経験は18年あるからね。けど、根本の部分は4歳のまま。ホルモンとかそういう、肉体の無い私達『幽体』はきっと、未練を解決することでしか、精神的な成長はしないんだよ」

「……へぇ。つまりあんたが今クロウを襲ったら、幼児性愛になる訳ね」

「…………そんな、直接的な。けどまあ、そう。だから、悩んでるんだよ。彼の未練が分からないからさ」


 1年間、クロウと暮らしてきて。色々と思うことと、考察すべきことがあった。それについては、ユインよりギンナの方が詳しいだろう。『幽体』についての研究は進んでいない。さらにクロウは例外の個体だ。ギンナと同じく。


「…………」


 ユインは考える。正に、このふたりは同じく悩みを相談してきたのだ。


「……まあ」


 考えながら、言葉を吐き出す。ぷすりと、フォークをステーキに刺して。


「セックスだけが恋愛じゃ無いわよ。そもそも私達『銀の魔女』は、シルク以外『セックス嫌い派』だし。シルクの言う『愛あるセックス』は、クロウが精神的成長をしてからで良いわ」

「…………う、うん」


 セックスを連呼するユインをまともに見れず、目を逸らしてしまうギンナ。


「(クロウの未練が結婚って、言っちゃって良いのかしら)」


 ギンナを見詰めるユイン。やがて、結論に辿り着く。


「(別に急ぐこと無いわね。寿命とか無いし。もうしばらくイチャイチャしてたら良いじゃない)」

「でさ」

「へっ?」


 辿り着いた所で。


「ユインの方はどうなの?」

「は?」

「私、ユインなら何でも相談できるからさ。もうセックスしたんだよね? 郵便屋さんの子と。どんな感じなの? 今後の参考にさ」

「はぁぁ――――――っ!?」


 思わぬ反撃を食らった。






✡✡✡






「(私達は私達のペースで良い。……本当にそうなのかな。クロウは。……魔女に成って、私からの魔力供給が必要なくなったら。私の所には、もう……)」


 ギンナは。大西洋沖の風に銀髪を靡かせながら、視線をちらりと後ろへやる。


「(後は未練が何なのかだけど……。それさえ解決したらもう、すぐにでも)」


 クロウは視線に気付いていない。目が合いそうになると、ギンナは瞬時に逸らした。


「(駄目。彼の成長を喜ばないといけないのに。…………うう)」


 はぁ、と。大きな溜め息を吐いた。


「なんか女々しいなあ私。ちょっとキモい。ダサい。やめようこれ。……まだまだ、ダメダメだあ。私。ていうかさ。私って本当に、彼が好きなのかな……」

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