Chapter-15 GOLD RUSH
15-1 Sorcerium〜1年後の彼女達
「――クロウ先輩。あの。一緒に帰りませんか?」
「ん。ああ、ごめん。待ち合わせしてて」
10月。今年は冷夏であったため、残暑は無い。秋風が彼の黒髪を撫でた。
「……おっすリカ。今帰り?」
「…………振られちゃったよお、マイ」
「んお? あー。クロウ先輩だろ。やめときな。既に相手居るから」
「嘘。そんなの見たことないよ」
「そりゃ学外だもん。……ほら、そろそろ現れるよ」
「え……」
校門前。彼がズボンのポケットに手を入れて、門にもたれ掛かって待っていると。上空からふわりと、銀色の影が舞い降りてきた。
「ごめん待った?」
「いや。ちょうどだよ。ギンナ」
ふたりはそのまま、去っていった。学生寮とは真逆の方向に。
「…………え、あれって……!」
「そう。この
女学生ふたりは興奮した様子でそれを見送った。
「ギンナ様!? そんな……! ていうかこんな、
「噂によると、クロウ先輩と『生前馴染み』らしいよ。だからあんた、諦めなよ!」
「ぎゃ――!」
4人の『銀の魔女』が解散してから。
1年と少しが経過していた。
✡✡✡
「ねえ見てたけど。あなたモテるんだねえ」
「…………」
にやにやとした顔を向けてくるギンナ。変身魔法により少しだけ背を伸ばし、胸を盛り、髪も伸ばしていた。以前クロウを迎えに学校を訪れた際に生徒と間違われ、『カヴンとして、もうちょっと威厳欲しいなー』と、イザベラに言われたからだ。顔立ちも少しだけ成長させ、外見は
その上制服が指定された為、彼女の魔女正装であったブレザーはもう着なくなった。今は秋らしく、ベージュのセーターに赤いフェルトのスカート。脚はタイツで隠して、革のブーツを履いている。首元には赤いマフラー。胸元には『
「こんな暗くて大人しくて話も面白くない奴がどうしてモテるとかいう話になるんだよ」
「顔」
「………………」
当然、学校指定の学ランを着ているクロウ。だが彼もギンナに合わせて、外見を二十歳前後にしている。
ふたりはイザベラの城を目指していた。飛行やテレポートは使わない。時間もあるので、ふたりで歩くのが良いのだ。
「……魔力は早々に200を超えたんだけどね。まだ、『魔女』に成れないんだ」
「そうだよねえ。私達4人の誰よりも早く200行ったよねあなた。流石元死神」
「そろそろ、第1期の生徒で卒業してないのは僕だけになる。落ちこぼれてるよ」
「気にしなくて良いって。『未練』なんて人それぞれで、解決するために必要な時間もそれぞれだし。あなたはあなたのペースで」
すっと、手を差し出された。『んっ』と。催促の視線が向けられる。
その手を繋ぐ。
『あんなちゃんとけっこする!』
「(……未練、か。アレしか無いよなあ……。どう考えても)」
この1年で、ふたりの関係は。
――殆ど何も、進展していなかった。
✡✡✡
「学校はどう?」
「楽しいよ。友達も、少ないけどできたし。……日本の学校とは、色々違うけど」
「うん。良かった。……私も通ってみたいなあ」
「君が来ると騒ぎになる。カヴンメンバーである君はもう、生徒達の憧れの存在だからね」
「まだまだ、魔女としてもカヴンとしても新人なんだけどなあ」
「他のカヴンメンバーの活躍はよく学内のニュースになるからね。それに、君以外の3人が活動してる。あとユイン先生が身近に居るし。雲の上の存在なんだよ。君は」
「実感無いなあ……。魔女園からあんまり離れた仕事もしてないし」
「ギンナは暇そうだね。もう、僕に付きっきりでいる必要は無いじゃないか」
「……うん。フランは今、アメリカ。エトワールさん宇宙に行くって言ってたでしょ? 打ち上げは裏フィラデルフィアらしいから、その手伝い。……一度、故郷も寄ったんだって。それと、殺しちゃった死神のこともあって」
「……そっか。フランらしい」
「そうなの。何というか、燃える火に向かって顔面から突っ込んでくみたいな。……それでまた、成長すると思う。もう殆ど、魔力も追い付かれてるもん」
「シルクは?」
「えーっと。確かアフリカの方だったと思う。何してるかは……分かんないや。でも元気だよ。たまにテレパシー来るから」
「……世界中に展開してるな。『
「だよねえ。皆好き勝手やってる。それで名前が広まっちゃって、そんな呼び方されるようになっちゃったし」
「日本人の感覚だと、ちょっとダサいよね」
「そうなんだよねえー。外国人からしたらクールらしいけど」
てくてくと歩いて、20分ほど。増築を重ねて歪な形になってしまった、イザベラの城へ辿り着いた。
「遅いわよあんたら。のんびり歩いてきちゃってバカップル」
正面玄関に、ユインが立っていた。彼女の外見は何も変わっていない。スカートスーツの上から魔女のローブを纏っている。
「……あのねえユイン。この前街で生徒さんに見られてたよね。魔道具商店街で――」
「ばっ……!」
「あははっ。どっちがバカップルか、訊いてこようか」
「…………! この……! 処女のくせにっ」
「それ彼の前で言わないできゃー!」
ギンナとユインで、きゃあきゃあと言い合っている。それをぼうっと、クロウは眺めていた。
「…………入らなくて良いのか」
✡✡✡
「来たな。ギンナ」
「わ」
入ってすぐ、ホールにはひとりの巨人が立っていた。何トンもあるような甲冑を全身に纏った、身長5メートルほどの巨大な大男。顔は頭全体を覆う兜で確認できない。
「……あ。ユングフラウさん?」
ギンナは一瞬驚いたが、すぐに正体を見破った。
「依頼だ。『銀の魔女』。今空いているのはギンナとユイン先生だけか?」
兜の奥からくぐもった声で話すユングフラウ。
「えっ。依頼。……えっと」
ギンナは、手を繋ぐクロウの方を見た。1年経ったが、まだ、クロウは魔女に成れていない。つまり、ギンナからの魔力供給が必要なのだ。その間、ギンナは『休業』としていた。この1年、『銀の魔女』への依頼はギンナを抜いた3人が受けていた。だがユインもユインで、教師の仕事が忙しい。毎月のように『新入生』が入ってくるからだ。『無垢の魂』を紹介してくれるヒヨリは、精力的に協力してくれている。なんだかんだで彼女もクロウを慕っていたのだ。
「どんな依頼かを聞いてからね」
「……その通りだ。中へ。詳しく話そう」
ユインが手を広げて言った。ギンナはクロウと目を合わせて、彼らに付いて行った。
「(やはり僕が足を引っ張っているな。何とかしよう。急務だ)」
一瞬だけ、クロウの視線が落ちた。
✡✡✡
ガシャガシャと音を立ててユングフラウが案内したのは中庭であった。テラスになっており、木製の椅子とテーブルが置かれている。
「……あなた、座ったら椅子壊れるわよそれ」
「道理だな。では『変えよう』」
ユインの忠告を受けて。ユングフラウは甲冑を脱いだ。否。
バラバラと剥がれ落ちるように、殻のように剥けていった。ガラガラと崩れて、残ったのは大男ではなく。
「――そなたらに合わせて、『女』で話すか」
目尻のつり上がった顔が印象的な、小柄で金髪の女性だった。
『鉄の魔女』ユングフラウ。彼は変身魔法を得意とする、『不定形』の魔女である。その日の気分で男にも女にもなり、人の形をしていない日もある。本当の性別は女であるらしいのだが、誰も真偽の程は分からない。掴み所の無い魔女であった。
「……ユングフラウさん、甲冑脱ぐのは良いんですけど、服は着てください」
「ふむ。これは失敬」
「………………」
ギンナが必死に、クロウの目を塞いでいた。
✡✡✡
「――さて。依頼の詳細だ」
気を取り直して。ユングフラウは服の変身を面倒くさがってローブだけ身に纏っている。そんな彼が、1枚の紙をテーブルに置いて広げた。
ギンナ、ユイン、クロウがそれを覗き込む。
「依頼主は、正式に『カヴン』から。つまり、『カネ』の話だ」
「…………まあ――」
カヴン。その目的は『自由』。達成する為に『力』を集めている。魔力、資力、人材。世界全体に『幅を利かせる』為に、東奔西走、四苦八苦しているのだ。
「予想はできるわね。今
「ああ」
ユインの言う通り。数百年掛けて歴代のカヴンメンバーが貯めてきた資金は、彼女達が今居る『魔女園』の土地開発や区画整理、住居建設で大半を費やした。さらには学校事業。働くことのできない『無垢の魂』を随時受け入れ、教育し、養うことで必要経費はどんどん増えていった。
「『今』のカヴンの総意だ。誰も文句は言わぬ。シャラーラのお陰で今のところは安泰であるが、このままではいずれ破綻する可能性もある。もうひとつ、『手』を考える必要があるのだ。今も、メンバー達はそれぞれカヴンの為に奔走してくれておる」
ここも、そのひとつ、と。とんとんと指で叩いた。
「――アメリカ!」
「うむ。北アメリカ大陸の裏世界。表だと……モハーヴェと言う砂漠地帯だ。当然裏世界でも砂漠」
モハーヴェ砂漠。カリフォルニア州やネバダ州など4州にまたがる広大な砂漠である。あのラスベガスもこの砂漠にある都市だ。
「ここで何を?」
だが、都市があるのは表世界。裏世界では、ただただ広大な砂漠地帯が広がっているだけだ。こんな所に何があるのかとユインが訊ねる。
ユングフラウはにかっと口角を上げた。
「『ゴールドラッシュ』だ!」
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