14-4 MONOLOGUE:ユイン

 そうね。何から話そうかしら。


 私はユイン。真名は張雪麗。チャン・シュエリー。中国出身よ。……今、ちょっと身構えた?

 表向きは共産主義国だからね。あとまあ、色々あったし。


 けど、私はただ田舎に生まれた貧乏なだけ。大層な政治的主張なんて持ってない。寧ろ母国はどっちかというと嫌い。貧富の差は結局、埋まらなかったし。情報統制もきついし、少数民族問題もある。……まあ、そっちは詳しくもないし、知らないけど。


 『ユイン』という偽名は、ちょっと名付けに工夫があってね。最初は、フランやギンナみたいな感じで、真名からもじろうと思ってたけど。『チャーリー』とか『シェリー』とかしか思い浮かばなくて。似合わないでしょ? 私にそんな可愛い名前。


 『イン』は、銀ということ。銀の魔女に連れ去られた時に聞いたの。私も、プラータと同じく『銀色』の素質があるって。魔法のことも教わった。私の魔法は、とても便利だから。

 でもそれだと、英語圏のふたりや日本人は呼びにくいかなと思って。『ユ』を足したわ。ちょっと韓国っぽくなっちゃったわね。意味はまあ、特に無いわ。今からこじつけるなら、『楽しい』とか『美しい』かしらね。


 ああ、使える魔法。ね。


①『テレパシーの魔法』。私に触れた人と、テレパシーができるようにする魔法。それ以降は向こうからも掛けて来れる便利なもの。私が親機みたいな感じね。いくつかグループも作れて、きちんと脳内で整理してればSNSみたいな使い方ができるわ。並列処理能力が試されるわね。私は苦手だけど。


②『テレキネシスの魔法』。サクラが言うには正式名称は『無生物干渉魔法』ね。これは本当に便利。手が無限に増えたみたい。魔女は基本的に皆この魔法を使える。箒飛行もこれで行う。練度が上がれば物体に触れなくても操れるらしい。私はまだ無理。


③『パイロキネシスの魔法』。シルクの魔法ね。物を燃やすというシンプルな魔法。火力は使う魔力に比例して大きくなる。これも便利。熱とかお湯とかって、人の生活に不可欠だし。ガスが要らないのはお得よね。


④『テレポートの魔法』。これこそ便利。……便利しか言ってないわね。でも、魔女の魔法ってそういうものだから。行ったこと無い場所へは行けないから、そこだけ注意。距離に応じて消費魔力も増えていくから、きちんと計画的に使わないとね。


 私はまだ変身魔法は使えない。まあ、これからね。と言っても、普通の魔女なら4つでも多い方だから。






✡✡✡






 『中国の貧困』って、どんなイメージかしら。少なくとも、私からしたら『日本の貧困層』なんて特権階級に見えるわ。だって、公園に行けば水はタダで清潔なものが飲めるんでしょ? 『泥水を必死に汲む』必要なんて無いんでしょ?

 プラスチック製の卵なんて、売ってないんでしょ? でもね。それを買うしかないのよ。安いから。本物の卵なんて高すぎて買えない。

 田舎には学校も図書館も無い。先生が居ないから、何も学べない。この貧困から脱する術を学べないし、脱しようとも思わない。その発想が出てこないの。


「麗。お前ももう、『働ける』な」


 子供はね。お金を稼ぐ為に生まれるのよ。私の村では、男児は歩けるようになったら。女児は働ける合図。街から来た男達が私を精一杯着飾って、連れ去っていく。そこで初めて、お腹いっぱいになるまで食べた。私は運悪く、周りの子と比べて『多少形が良かった』らしく、まず食事と化粧で不健康さをどうにか取り除いて。

 どこで働くかを決める、競売のようなものが始まった。裸にされて、スポットライトに照らされた舞台に上がる。男達の視線が集まる。私の顔に。胸に。尻に。股に。

 すぐに買い叩かれた。ある娼館に。


 そこで早速、『させられた』。

 訳もわからないまま。何も知らないまま。性教育どころか、初等教育すら受けていないのに。

 1回目は痛みで気絶した。2回目は泣き叫んで仕事にならなかった。毎日ぶたれた。桶に水を張って、顔を無理矢理つけるのよ。反省しろって。

 3回目は我慢した。恐怖が大きかったから、とにかく我慢した。

 慣れてきたのは、2ヶ月経ったくらいから。もう『そういうものだ』と諦めたのがその辺り。それからはどうでも良くなって、自分の身体に対して関心が無くなった。痛かろうがなんだろうがリアクションを取ることは無くなった。とにかく客に従順にしていれば良い。黙っていてもぶたれるし。なんなら喜ばせることを考える余裕すら生まれた。

 賃金は殆ど無い。親へ送金される。私に残されたのは、死なない程度に食べられる食費。栄養バランスとかそんなのは無理。ただ、胃に物を入れるだけ。






✡✡✡






「うーん。……ガキか。可哀想だが、俺の趣味じゃねえな。消えな」

「………………」

「おい聞いてるか?」

「………………」


 私は病気で死んだ。よくある感染症よ。娼館……つまり風俗店で働いてたし。安い所よ。私みたいに、貧乏な田舎から殆ど誘拐みたいにして連れてきて。薄給で働かせるクズみたいな経営。家族としては、飯を食う口が減るし、仲介料も入る。本人は、まだ小さいから何が何だか分からない。分からないけど、街に行って両親兄弟の為にお仕事をすると言われたら。こうなる。


 一人っ子政策? あのね。

 田舎じゃ、そんなの。


「おい! 死んでんのかてめえクソメスガキ!」


 口の悪い死神だった。絶対、口を聞いてやるもんかと思ってた。


「…………」


 私の人生は、ボロ雑巾だった。チンポを突っ込まれていない間に身体に悪い粗悪な食事を摂って泥のように寝る。それが5年続いた。感染症はただの切っ掛けだったかもね。色んなものが重なって、遂に耐えられなくなって死んだ。私の稼ぎで行ける医者なんて居ない。私の身を案じる人も居ない。同じ境遇の子で友達は居たけど、自分が死なないことに必死だから。冷たいとは思わない。薄情じゃない。私だって逆なら、見て見ぬ振りをする。


 罵倒には慣れてる。暴力にも。何も思わない。死んだのなら、早くどこかへ連れて行って欲しかった。私の『狭間の世界』は、実家近くの山だった。何も無い山。道も無い。誰も立ち入らない。昔、遊んだことのある唯一の記憶だった。私にだって、何も知らない無邪気な時代はあった。


「くっそ……。『色』を出しやがらねえ。このガキ……っ」


 さっさと刈れば良かったのに。きっと、この死神は仲間の死神が上手く『色』を引き出している所を見て、やりたくなったんだろうな。そんな、素人臭さを感じた。格好悪い。


「へえ、3人目だ。おや。面白くなってきたじゃないか、ねえ」

「は!? 魔女、だと!?」


 しばらくじっとしていると、そんな声が聴こえた。この時はまだ、テレパシーとか、翻訳の魔法は使えなかった筈。思い返せばプラータは、マルチリンガルだった訳。流石世界中の新聞を取っているだけあるわね。


「さあ来な。……あんた、何もかも諦めた眼をしているねえ。何にも、分かっちゃいない」

「…………」


 ぐい、と腕を掴まれた。死神は既に伸びていた。後のことは知らない。


「『これから始まる』んだ。あんた。生前したいことはなかったかい? 本当に?」

「…………」


 この女の喋り方と、言葉は。

 私の耳に入った。さっきの死神は、自分のことだけを考えたクズの言葉だったから耳に入らなかったのよ。


「あんたの前に来たふたりは全然分かってないみたいだから。あんた教えてやりな。『銀の眼』だとね」


 説明が下手だった。それだけで分かる訳ないじゃない。

 そこから考えて、なんとなく理解ができた。






✡✡✡






 私にはコンプレックスがあった。それは人種。容姿。出身国。挙げていけばきりがないほど。同じ『銀の眼』だからって、あの3人と私は別だと感じていた。三者三様色々不幸はあれど、『先進国』だ。フランもシルクもしたことのない苦労を私はしてる。強いられてきた。

 それが普通だった。私にとって。『知る』までは。

 生前は思い付かなかったような『幸せ』が、世界にはある。先進国に、それはある。親だ学校だ店員だ、目眩のする贅沢な現状に『文句を言える』くらい、ぶっ壊れた価値観の幸せが。


 ギンナもフランもシルクも、『楽しそうに』していた。生前色々あったにせよ、今のことを、現状を楽しんでいた。楽しめていた。


 私には、彼女達は眩しかった。素直に、そんな笑顔になったのなんて。……もう思い出せないくらい昔のことだ。

 付いていけない。そんな急に、状況が変わっても。私は私のまま。暗い女。ネガティブな女。


 変わったのはいつかしら。やっぱり、あの時。ギンナがジョナサンに捕まって、オークションに出品された時。私はどこかで冷めていた。そりゃ、女児がひとりで出歩いていたらそうなっても仕方ない、と。

 舞台に出てきたあの子を見て。その眼と。涙を見て。


 『可哀想だ』と思った。そうしたら、急に。

 『私も可哀想だったんだ』と、理解した。


 結果はまあ、見ての通り。策も何も通じないで、結局クロウに情けを掛けてもらって助けてもらって。その時の借金がまだ、1年経った今も払い終わらない始末。


 解放されたギンナと抱き合った時に。この子は本当に、『何も知らなくて』『怖かったんだ』と分かった。震えてた。間一髪で命が助かったという顔だった。助けに来た私達に感謝をしていた。私と目が合ってほっとしたと言っていた。


 自分で言うのも何だけど。私は3人から『頼られて』いた。と思う。浄化が終わって一番最初にプラータに言われて、ずっと裏世界のことを勉強していたから。知識の部分で、役に立てていたのね。

 正直、私の仮説は外れてばかりで、勘違いも多かったけど。それでもあの子達は、ユインユインと言ってくれた。呼んでくれた。


 嬉しかった。もっと役に立ちたいと思った。……こんなこと、本人達には恥ずかしくて言えないけどね。何というか、『私』の価値がそこにあるような気がして。


 『銀の眼』は100年にひとり。もし、私だけだったら。きっと、上手く行ってない。プラータだって安心して死んでる場合じゃなかったと思う。私は結局、ひとりでは何もできないから。

 『4人』だった。それが、嬉しい。私を金のために売るような夫婦じゃなくて。本当の、『家族』だと思ってる。泣くんだよ。家族は。家族の為に。

 ギンナの実家で。彼女の両親を見て。そう思った。あれが本物だと。


 もう、コンプレックスなんかひとつも無い。自信を持って言える。私は。


 『銀の魔女』のひとり、ユインだと。


 そして、そんな私の話と思いを、次の世代にも伝えたいと思い始めてる。役に立ちたいと立候補した『教師』だけど。今は、それと同じくらい。私みたいに、不幸なが救われたら良いなと思ってる。


 ……そんなところかしらね。独白MONOLOGUEって。次回はシルクよ。じゃあ、またね。

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