13-2 魔女に成れない魔女

「……あんたは、どうなの?」

「何がですか……?」


 帰り道。気分は優れなかった。裏世界でも、表のような社会問題はある。ユインは、元々の性格的に気にしていなかった。気にするだけ無駄だと諦めていた。ギンナもだろう。『知らない』可能性すらある。今の、この質問は。

 もしかしたらシルクを怒らせる結果になるかもしれないとユインは思っていた。逆にシルクは。

 自分の考えを正確に伝えなければ、ユインを、ギンナを深く傷付けることになると思っていた。


「あんたとフランは、コーカソイドでしょ」

「……さあ。私達わたしとフランは、そもそもが『弱者』として育ってきました。『そんなこと』、考える余裕すらありませんでしたよ。……これを恵まれた環境と言うかは、分かりませんが。少なくとも、これまでの私達を思い返してください」

「……そうね。『普通』は、そうなのよ。一部の奴らがおかしいだけ」

「フランなんて、ギンナが大好きですからねえ」

「……まあ、私やギンナはまた違うのかもね。私も、国に居たら同族からしか迫害は受けたこと無いし」

「私の子供時代はクラスに数人居ましたが、全員友達でしたよ。けど彼らは親から、常に周りに注意しろと教えられていたそうです」

「……私は……。『自分達と外見の違う者を排除する思考』は、正しいとは思うわ。生物は同族同士で暮らすのが自然だし。けれどまあ、悪いのは歴史よね。『外見が異なる』ことと、『優劣がある』ことは全く違うことだもの。けど……。私やギンナがイングランドで普通に生活できているのは、『魔女だから』という理由も大きそうね」

「様々な第二世代や理性のある怪物が居る裏世界でも、人種差別問題があるのは悲しいですね。……忘れましょう。あの店に今後行かなければ良いだけです。基本的には、皆普通ですよ。もう、21世紀ですし。私達は皆、戦後に生まれた世代ですし」

「……そうね」


 ユインは、その人生の中で『実際に差別を受けた』ことは無い。ネット上でいくら侮辱されようが気にならない。それより思うのは、実生活が脅かされる程の損害を日々被っている人達だ。彼らの思いを真に受け止めることはできない。ネットで軽く調べて分かった気になって上から目線でどうのと言いたくは無い。繊細な問題だが、ユインとしてはそれより、『自分の国全体が世界から嫌われている』ことが問題だった。

 黒人は確かに、悲惨な歴史を歩んできた。それは同情して余りある。しかし。

 『白人』『黒人』と……。

 『その他の人種』と扱われ、民族も全てごちゃまぜにされている『アジア人』であるユインにも、言い分はある。白人は黒人を差別するが、黒人は黄色人種を差別している事実もある。しかも、無意識に。


 だが、ここで言っても詮無きことだと、ユインは言わなかった。後で、ギンナにだけ話そうと思った。


 ギンナは勿論。フランもユインもシルクも、ただの『少女』であり、それ以外の何者でも無かった。偏った思想や、政治的な信念を何も持っていない。ユインなどは特に、自国を支配している政党に、虐げられてきた側だ。

 ただ自分の人生に必死で。『主義思想』など介入する余地もないほど早く亡くなった。


 だからこそ、4人の関係にはこれまで致命的な亀裂は入っていないのだ。恐らく他のどの人種が居たとしても、変わらなかっただろう。たかが『肌の色』による関係性の変化など無かった筈だ。






✡✡✡






「はーぁ。なんだか私もどっと疲れちゃった。ヴィヴィの所への挨拶は、また今度ね」

「ですねえ。カヴンでは差別発言なんか無くて良かったですね。エトワールさんは、ちょっと口悪いですが」

「エトワールは、全員に対してああだから。差別にはならないわね。それに、古株の『鉄の魔女』ユングフラウも正体は黒人よ。セレマから聞いたわ」

「ふむ。まあ魔女にとってはあまり関係ありませんね。そもそもが社会のはみ出しもの同士と」

「ふぅ。お茶にしましょ。新発売の買ってきたから」

「ちょっと高めのクッキーもありますよ」


 彼女ら4人は、10代という若さで死んだ。『世界が広い』ということを知る前に死に、死んでからそれを知った。人生は終えたが、今が彼女達の『青春』なのだ。全ては、これからなのだ。






✡✡✡






「最近、カヴンメンバーと会う機会が多いですね。あのヴァルプルギスの夜から急に」

「ま、今まで意識してなかっただけだと思うけどね。どこかでニアミスはしてたかも」

「でもなんだか、皆さん普通ですよね。ケイさんなんか特に。いやそりゃ、魔力は凄まじいのでしょうが」

「……一応、調べてみたわ。全員」

「流石。ユインは優秀ですね」

「……まず『愛の魔女』イザベラ。生前は分からなかったけど、魔女として登場したのが約500年前。その頃は裏世界でも戦争が常にあったらしくて。被災者や戦災孤児に対してずっと有志で支援していたみたい。伝説の魔女よ。今風に言うとボランティアの女神。だからこんな名で呼ばれてるのね」

「ボランティアですか。私は日本に留学中、震災の時に一度行ったくらいですね」

「……次に『未来の魔女』セレマ。これは有名ね。見た者の魂の情報を解析して、助言をする占い師。未だに現役で、予約は何ヶ月とか、酷い時は何年待ちとかあるらしいわ」

「占いですか。私結構好きですよ」

「私は嫌い。……『異界の魔女』イヴは、何にも情報が無いわ。実際会ったけど、本人の談だと本当に異世界から来たらしい。それで、ある種族の王族だったけど、運営に失敗して戦争になって、めちゃくちゃになっちゃったんだって。今は救世主の新女王が即位してなんとか立て直してる途中。この世界には、留学というか。勉強で来てるって。こっちも異世界の情報が欲しいからって、イザベラから誘ったみたい」

「へえ、異世界ですか。まあ、地底大空洞を見たばかりですからねえ。驚きませんよ。興味はあります」

「『鉄の魔女』ユングフラウは、傭兵専門の魔女ね。この前のニクライ戦争には参加してなかったみたいだけど。主な活動地域はヨーロッパじゃなくて、アメリカとオセアニアらしいわ。あっちもあっちで、裏世界は戦争が多いし。金属製の道具を自在に生み出せる魔法が使えるみたい」

「だから、あんな鎧姿で登場したのですね」

「『偽計の魔女』ソフィアは、人間ね。悪魔と契約したらしいけど、表世界での失われた呪術らしいわ。詳細は不明ね。裏世界の人じゃないから」

「表世界にも、そういうのがあるんですね」

「後は……もっと意味不明な存在ばっかだけど。多くは詳細不明ね。シャラーラやエトワールも含めて」






✡✡✡






「――ギンナは、まあまだ寝てるわね」

「後で様子を見に行きましょう。どれくらいで快復するんでしょう。ホテルでも家に帰ってからも、ふらふらしていましたが」

「さあ。何せ『例外』だからね。フランはすぐに快復したけど」

「……私達を守る為に、全力で頑張ってくれたのです」

「まあお金はあるから。しばらくは働かなくても良いわよ。……借金さえ無ければ」

「期限は無いので、それもゆっくりで良いのでは?」

「……うーん」


 ギンナは、まだ『魔女』ではない。『無垢の魂』のままだ。ユインの立てた仮説では、魔女に成るあとひとつの条件を満たしていない。

 それが、借金の債権者であるクロウだとユインは睨んでいる。


「できれば早く、完済したいのよ。ギンナの為にも」

「クロウへの負い目が無くなれば、ギンナは魔女に成れますか? それとももう、直接クロウとの関係の進展でしょうか」

「…………」


 クロウが、ギンナを特別扱いしていることはこれまでのことから明白だ。それは間違いない。しかし。

 ギンナが、彼をどう思っているかは未だにはっきりしていない。

 以前、ギンナは『性行為』について興味を示していた。魔女に成る条件とは、未練を断ち切ることだ。つまり彼女は、『処女のまま亡くなった』ことを心の底で未練に感じているのかもしれないと、ユインは考えている。


「あの子、多分『恋愛』すら経験無さそうなのよね。まあ私も生前は無いけど。……だからクロウへの気持ちに自分で気付いていないかもしれない。まあ、普通に考えてもあの男に惚れる理屈は見付からないんだけど」

「助けてくれた相手を好きになるのは自然だと思いますよ?」

「……単純ね。だけど、あの子らしいと言えばそうね」

「思い切って告白させてみましょうか」

「やるとしても完済した後でしょ。だから急ぎたいのよ」

「……しかし、だとすると不思議なのはクロウがギンナを好きになる理屈が無いことですね」


 その通りだ。ギンナは、生前にクロウと会ったという記憶は無いと話していた。記憶喪失していたような時期も無いと。では何故。クロウはギンナを気に掛けるのか。わざわざ日本からこちらへやってきて、大金を叩いて助けるほど。


「……一目惚れ?」

「……それなら、もっと積極的になりそうだけど。クロウっていつもどこか、大人しいというか。口説く様子は無いじゃない」

「日本人ですし、草食系というやつでは?」

「…………まあ否定はできないけど」


 謎は残る。だが全ては、借金返済だ。それをまずは果たさなければならない。


「……時間掛かるわね。金額負けてもらって、利子も無しにしてくれてるのに。もうすぐ1年くらい? ずっと尾を引くわね。借金て」

「そうですねえ。あと金貨3万枚。今度のミノタウロス討伐の8500枚を使って、またいくらか返せそうですが。道のりは険しいですね。フランが帰ってきて、ギンナが快復しないと次の仕事にも行けませんし」

「小さな依頼なら、私達だけでできるけどね」






✡✡✡






「……はぁ……。は……っ」


 苦しい。

 なんだろうこれ。死んでから。幽体になってからはこんな事なかったのに。


「……ンナ? ……丈……? 入……わよ。……売の……茶……る?」


 誰かの声がする。うまく聞き取れない。私は今、何してるんだっけ。


「ギ……ナ!? ちょ……! ……んた!」


 遠くから声がする。駄目だ。目が開かない。瞼が重くて。

 どうしちゃったんだろう。身体が動かない。多分、誰かに腕を掴まれてる。けど、あんまり感触が無い。

 息が苦しい。


「……ナ! …………ルク! 今す…………の……へ!」


 これ、皆心配するだろうな。ほんと、どうしちゃったんだ。私。確か……。

 バハムートとの戦いで、魔力をマナプールごと使い切っちゃって。その快復は……終わったのかな。あれ。それで寝てたんじゃなかったっけ。


「……ンナ! ……っかり…………さい!」


 あれ。


「――ンナ」

「え?」

「アンナちゃん」

「……あっ! ●●●●!」

「おまたせ。あそぼうよ。あんなちゃん」

「うん!」


 あれ。なんだっけこれ。

 誰だっけ。


 いつだっけ。

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