Chapter-13 THE DEATH
13-1 火花の怒りと愛〜شرارة
「そう。『星海の姫』
ユインが、そう提案した。魔女の家に着いたばかりの私とシルクは、お互い顔を見合わせて。
「さんせーい!」
ハイタッチした。
「私達が居ない間、寂しかったでしょう? ユイン」
「あのね。たった1日でしょうが。それに……あっ」
シルクのひと言で、ユインが口を滑らせた。
「ほうほう。それに?」
「なになに、どしたのユイン?」
「うる……っさい! もう!」
楽しい。いやあ、改めて思うと。なんだか嬉しい、かな。ユインにボーイフレンドができたなんて。
「ていうか、ラナも居たし寂しくなる要素無いわよバカ」
「ラナ。今回も潜り込んでるかと思ったけど、ちゃんとお留守番してたんだ」
窓の外を見ると、黒猫が家の塀の上で日向ぼっこしていた。前は確か、王である私の行く所に付いてきたんだけど。まあ、猫は気まぐれだからねえ。
「それより、あんたは
「うん。あ、丁度良いから今の魔力計ってみようかな」
魔力が枯渇したのって、思えば初めてかもしれない。なんか、貧血っぽいかな。ちょっとふらふらするよね。
「……73、だって」
「あれ、フランは70あったら元気ですけど」
「フランにとってはほぼ全快だけど。ギンナからしたらいつもの10分の1以下でしょ? そういうことよ」
「あー……」
フランはいつもこんな感じなのかな。いや、違うか。魔力量じゃなくて、割合の話だね。
「じゃ、ごめん。ちょっと寝るね。まだお昼だけど」
「ゆっくりしなさい。あんたの桁違いの魔力、何日寝たら戻るか分からないけど」
こういう時、手洗いうがいもシャワーも必要なく速攻でベッドに入れるの、幽体ならではの利点だよねえ。
あ。丁度お盆だもんね。皆には習慣ないだろうけど。連休だ。
あれ? お盆なら私が世田谷に行くべきなのかな? 『霊』側だよね私。
まあ、いいや。お休みなさい。
✡✡✡
「……あれ。お茶切れてるじゃない。……もう。使い切った奴が補充しなさいよ――」
ユインは。
キッチンの食器棚を見てぼそりと呟いた。そして、今日まで他の3人がアテネへ行っていたことを思い出して。
「…………私が出し過ぎたんだった……。馬鹿みたい。何やってんだか」
深い溜め息を吐いてから、立ち上がった。
「あれ? 買い出しですか? ユイン」
そこへシャワーを浴びて戻ってきたシルクがやってきた。
「そうよ。あんたも休みなさいよ」
「いえ。私も殆ど快復しましたよ。私も行きます」
「……別に、そんなに買わないわよ?」
「いえいえ。たまには、お喋りしながらお買い物しましょうよ。せっかくの休みですし」
にっこりとしたシルクを、ユインは不思議に思った。
「…………あんた、そういうところあるわよね。女子っぽいフリ」
「あはは。ズバッと言いますね、ユインは。私が女子っぽいと不自然ですかね」
「……ま、ギンナよりはね」
笑顔を崩さないシルクに対して、ふん、と息を吐いた。
✡✡✡
「ユインはいつも溜め息を吐いてますね。幸せが逃げますよ」
ミオゾティスの街にて。シルクがそれを言ってみた。
「……悪い
「あはは。口じゃユインに絶対勝てませんね」
「何がおかしいのよ……。はぁ。これはもう癖ね。今更直らないわ」
「良いと思いますよ。ユインの個性のひとつです」
「……随分と魅力的な個性で嬉しいわ」
そんな会話をしながら、雑貨屋へ向かう。
その途中で。
「!」
ドカンと、爆発音が聴こえた。広場の方である。見ると煙が立っていた。
「なんでしょう。ボヤ?」
「いや、魔力を……。『魂』を感じるわね。とっとと買って帰りましょうか」
「いやいや、見に行きましょうよ」
「……野次馬」
魔女は、周囲の『魂』を感じ取ることができる。ユインはすぐに察したが、シルクに手を引かれて向かわざるを得なくなってしまった。またひとつ、溜め息。
✡✡✡
そこは、広場前の書店だった。
「……!?」
屋根は吹き飛び、レンガや瓦が崩れて散っている。既に人集りができていた。
「おい、なんだなんだ」
「爆音? また魔女か?」
そんな野次馬の声がした。ユインは、冤罪……と小さく溢した。
そこには。
「……なんとなく分かってたけど。この街に住んでる……わよね、そりゃ」
「ああ、そういうことですね。今やっと理解しました」
崩れた建物の中心に。ふたりの人物が居た。他に居た客は全員避難している。
少女と、男性。
「おいあれっ……!」
野次馬のひとりが指を差す。
幻想的に淡く光る、紅の髪。彼女の身長よりもずっと長い。それがゆらゆらと揺れている。肌は黒い。黒人の少女だ。そして。
「…………ぐっ」
その少女の小さな両手で。
首を絞められている男性。ユインは書店を利用するから知っている。店主の男性であった。40代程度の男性だ。ユインの印象では、愛想の悪い店主だが。何故少女が『怒っているのか』は分からなかった。
「……『火の花』シャラーラ」
「声、掛けますか? 殺意は無さそうですが」
「…………様子を見ましょう」
カヴンメンバーの、シャラーラだった。シルクが提案するが、ユインは動かなかった。
✡✡✡
「ぐっ。てめえ、俺の店を……っ」
「…………」
店主は顔を歪ませながらシャラーラを睨む。シャラーラも、その紅色の瞳で怒りを表現している。
「許さねえぞ……」
「……
「……ぐっ。決まっ、て……んだろ!」
店主は、声を張り上げた。
「○○○に売る本なんて置いてねえんだよ!!」
ざわり。
周囲にどよめきが起こった。まじかよ……と誰かが呟いた。
何より。
シャラーラのゆらめく髪が、じわり逆立った。
「……よくぞ言った。二度と本を読めないように両目と両腕を砕く。貴様には過ぎた代物だ。『
「…………ぐうっ!」
右手を離した。だが、左手だけで掴まれた首を、店主は両手を使っても引き剥がせない。シャラーラの、自由になった右手が。人差し指と中指だけ残して握られ。
店主の両目へと。
✡✡✡
「――っ!」
ドカン。
店主が次に見た光景は、街の名士の、後継ぎの女性が脚で蹴り抜いた体勢だった。
「……ハンター:ヴィヴィ!」
黒と金の髪。花屋の店名が刺繍されたエプロン姿で。ヴィヴィが、シャラーラを蹴り飛ばしたのだ。
「た、助かった! あの○○○、いきなり俺の店で暴れやがっ――」
「ちょっと黙って」
「――!」
冷たい視線と言葉が、店主の口を凍らせた。
ヴィヴィは。
その視線のまま、瓦礫の山を見た。
「…………」
辛そうな表情だった。言葉を選んでいるような口元だった。『この問題』は――
根深いから。
「…………
「……シャラーラ……」
がらりと、瓦礫を掻き分けて。シャラーラが立ち上がった。この程度では傷ひとつ付かない。それはお互いに分かっている。
「邪魔、である。その男は『肌の色』で『客を選ぶ』悪党だ。やつがれが天誅を下す」
「…………駄目よ」
「何故だっ!」
吼えた。小さな口から、精一杯声を張って。
「……私が、買うから。帰ってなさい」
「ふざけるなっ!! この街に名を記して住み、税を納めて! どうして『書店で新刊を買う』ことが許されぬのだっ!!」
この街には。
圧倒的に、白人が多い。
その会話を見て、ユインは舌打ちをした。あの店主の愛想が悪いのは、店主の性格ではなく。
自分がアジア人だから、だったのだと分かったからだ。
「だからって、器物破損と暴行は。あんたの首を絞めるのよ、シャラーラ」
「貴様もレイシストかっっ!」
「!」
ヴィヴィは。
膝を付いて。力強く、シャラーラを抱き締めた。
「…………っ! 大姉……!」
「……あのね、シャラーラ。私はあなた達の受けてきた苦しみは分からない。店を破壊して、人を殺そうとするほどのことだと、理解はできるけど。真に、共感はできない」
「………………!」
シャラーラは、抵抗せず。
「100年、この世界に居て分かったわ。差別を、無くすことはできない。今後も、あなたは誰かに心無いことを言われると思うわ」
野次馬も。それを聞いている。
「私は何もできない。あなたも、そんなことをしていては、『危険な奴』のレッテルを貼られて、もっと生きにくくなる」
「…………ならば、どうしろと……!」
さらに、力を込めて。シャラーラの背中が反った。
「私には、あなたを愛することしかできない」
「……!」
シャラーラは。
ジョナサンの、最後の『買い物』だ。恐らく彼女も、どこかのオークションで出品されたのだろう。魔力の量は普通の『無垢の魂』と比べても破格である。何より、死んでから最速でカヴンメンバーとなった。逸材である。
ジョナサンが彼女を娘と扱っていたのなら。ヴィヴィにとっては、妹も同然だ。カンナと同じく。
「……大姉……っ」
「……眠りなさい。愛しいシャラーラ」
「……っ」
ぽんと、背中を撫でて。ヴィヴィと目を合わせると、シャラーラはかくんと気絶した。揺らめいていた髪は、ふわりと浮力を失い、光を失って垂れた。
抱き上げて立ち上がり、周囲を見渡す。
「……ウチの妹が騒いで悪かったわ。解散してくれる?」
野次馬達にそう言うと、彼らはそれぞれ解散していった。
✡✡✡
「……なあ、俺の店はどうなるんだよ。商品も全部グチャグチャだ」
「勿論賠償するわ。もっと良い書店を建てる。被害額は生花店の方に請求して。もう既に、大工は呼んでるわ」
「…………あんたの、妹、だったのか」
店主が立ち上がって。ヴィヴィと目を合わせた。ばつが悪そうに。街の名士の、家族と揉めてしまったと。
「だから何? あなたの
「…………うっ」
もし、最初からシャラーラがヴィヴィの妹だと知っていたら。この店主はどうしていただろうか。
「建物も商品も元通りにするけど。……お客が戻るかは知らないわよ。その覚悟で、したことでしょ。見れば分かるわよね? この子が『
「…………っ!」
「失礼するわ。さようなら」
そうして。ヴィヴィは去っていった。ユイン達には気付いていただろうが、素通りしていった。
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