11-3 裏世界を牛耳るお喋り

「お昼どうする? 4人で食べよっか」

「あ、はい。セレマさんにも挨拶したいですし」

「真っ面目ー」


 なんだかんだぺちゃくちゃと話していたら、もうそんな時間になっていた。私にとっては有意義な話だったけど、カヴンについてはあんまり聞けてないな。別に急いでもないし、良いけど。


『セレマー。お昼4人で食べよーって』

『おっけー。じゃそっち行くから』


「あ。テレパシーの魔法」

「うん。あはは。便利だよねえ。結構使わせてもらってるよ。議長として色々連絡すること多くて。ギンナには、まだ仕事振ってないからあんまりしてないと思うけど」


 私達が役に立ってると思うと、やっぱり嬉しいな。


 応接室を出て、会食場に案内される。いやほんと、洋画の世界。大きなホールに丸いテーブル、クロスも掛かってて、中心に花瓶なんか置いてあって。見上げると当然シャンデリア。結婚式場かなんかだろうかってくらい。


「ギンナ」

「ユイン。と、セレマさん。こんにちは」


 既に、ふたりが居た。多分また、テレポートの魔法だ。便利だよねえ。本当に。


「ハイ、ギンナ。お喋りイザベラの相手は疲れるでしょ」

「ひどーいセレマ」

「あはは」


 『未来の魔女』セレマさん。こっちは魔法界で有名だ。世界で一番人気の占い師。ユインが読んでる雑誌の表紙によく載ってる。

 肩出しワンピースの、ゆるくパーマが掛かった黒髪。顔立ちはアジア系だ。見た目年齢は、20代半ば、くらいかなあ。それでも500歳らしいけど。


 この『年齢』って、『生まれた時から』と『死んでから』の2パターンの数え方があるんだよね。私はこの前17になる誕生日を迎えたけど、死んでからはまだ1年経ってない。まあ、『肉体の有無で死を定義しない』っていう死神クロウ達の考え方なら、私は17歳ってことになるのかな。


「今日のランチは何? イザベラ」

「スシ」


 アボカド。

 洋画から飛び出したテーブルに着くと。

 オシャレなお皿に乗せられた、カリフォルニアロールが給仕された。アボカドとキュウリ、カニ身、海苔を米で巻いて、ゴマがまぶされてる。

 ナイフとフォークが側に置かれる。

 ダージリンと共に。


「…………」

「…………」

「…………」


 皆の視線が、私に集まる。私の反応を待ってるんだ。『これが正解なのか』判断できるのは日本人の私しか居ないから。

 ええと。


「……まずですね……。こちらはカリフォルニアロールと言って、アメリカ発祥の料理です」


 仕方無いから、言うしかない。いや好きだよ? でも寿司と聞いてこれが出てきたら、ちょっと違うと思うんだよ。いや寿司なんだけどさ。

 もっとこう、トロとか。サーモンとかさ。


「…………イザベラの調査不足」

「……あははー……。でも美味しいよ?」

「…………まあ」


 微妙な空気になってしまった。多分、私の為に用意してもらったのに。

 ごめんなさい。美味しくいただきます。






✡✡✡






「で、会費は払えそう? ギンナ」

「えっ。会費?」

「は? 説明してないのイザベラ? それ目的だったじゃんか」


 ナイフとフォークでカリフォルニアロールを食べながら。セレマさんに訊かれた。


「あはー。雑談が盛り上がっちゃって」

「カヴンの会費ですか?」

「そうそう。年会費で金貨1000枚なんだけど。いつもは皆が年1で集まるヴァルプルギスの夜に回収してるんだけどね。今年は色々あって説明忘れちゃってたなあ。ていうか会計はユングだから、あの子自身忙しくて忘れてたんだね」

「金貨……1000枚」

「うん」

「……!」


 その金額を聞いて。『高い』とかそういうのよりも。

 ユインと顔を見合わせて。お互いに多分、あれを思い出していた。カンナちゃんをベネチアに送っていった後の、プラータの言葉を。


――1年やろう。金貨1000枚でも稼いでみな。したら、もう『銀の魔女』を名乗っても良い――


「ねえユイン。あれって、このことだったんだ」

「……恐らくそうね。1年で金貨1000枚稼いで一人前。それは『カヴンメンバーとして』ということだった訳」


 まあ、実際は『ギリギリ1000枚稼げる』程度なら年会費で全部持ってかれて何もできない。けど、ひとつの定規になってるんだ。世界を支配するグループだもんね。メンバーはそれくらいじゃないと。一般人の平均年収が金貨100枚。その10倍が年会費。いやあ、凄い。


「ギンナ?」

「あっ。はい。払えます。ね、ユイン」

「ええ。昼食後にテレポートで持ってくるわ。それで良いかしら。イザベラ」

「うん。……その様子だと、来年以降も大丈夫そうだね」


 イザベラさんとセレマさんは……というか。多分メンバー全員、私達を評価できてない。どれだけ稼げるのか判断できてないんだ。そりゃそうだよね。私達だって分からないんだから。

 けど、今の所は問題ない。ちょうど、ケット・シーの時にライゼン卿につけてもらった色の分が1000枚だ。


「でも、負担になるようなら言ってね。これまではずっと、全員『余裕』で稼げてたから誰も何も言わなかったけど、これからの時代は難しいかもしれないし。『稼ぎ』だけが『強い魔女』の条件じゃなくなってきてるしね。何よりギンナとかユインとか、優秀な魔女をそんな古い価値基準でみすみす手放すのは勿体無い。お金も銀行ができて色々変わるし。ま、その辺りはユングとまた相談するよ」

「てかそもそも、ユリスモールとか『封印組』は払ってないしね」

「いや、ケイが全部払ってるよ。あの子が入会してからだけど。その前は知らない。アンは初期メンバーだけど、ユーリとサブリナは最近の加入だしね」

「……ケイの負担やばすぎでしょ……」


 私達って、このまま活動してたらどれだけ稼げるんだろう。1000枚は多分全然大丈夫だと思うけど、問題はキャッシュフローだよね。依頼業って収入は安定してる訳じゃないしなあ。


『まあ、一応プラータの置き土産というか。あの「戦後処理」の会議の時のコネが結構太いのよ。ラウス神聖国と、ガレオンとチェルニア。この3国のコネは大きいわ。しばらくは安泰と言える』

『……成仏してからも存在感半端ないなあ、プラータ』


 ユインがテレパシーで教えてくれた。国を相手取る仕事なんて、巨額の報酬に決まってるよね。今の私達ならどんな依頼でもこなせると思うし。

 プラータに感謝だ。


「とは言ってもまあ、イザベラが議長に就いてからは割とユルいよね」

「そうだねー。あ。集まったお金はカヴンの運営に使われるんだけどね。例えばこのヘクセンナハトの街作りとか。土地代もそうだね。初期費用はルーナに預けてたと思うよ。1万枚」


 それ、プラータが自分で2万枚に増やしたんだよね。凄いなあ。


「そうだ。土地の権利書。あと売買契約書関係の書類。名義は『銀の魔女Silver Witch』だから、渡しとかないと。ついこの前届いたんだ。ニクルス教国から」

「えっ。そうなんですか」

「うん。後で渡すねー。その前に、メインディッシュ! テンシンハンだよ!」


 そこで、カリフォルニアロールの次のメニューが出された。ご飯にカニ玉が乗っていて、あんが掛けられている。……これは、『どっち』だろう。私か、ユインか。


「なんだっけこれ。これも日本料理?」

「違うよー。これは中国。ねえユイン?」


 ああ。

 ユインがじっと見て、溜息を吐いた。


「ええと。これは中華料理と言って。日本で生まれた料理です。中国料理とは違います」

「…………えっ」


 そう言えば、セレマさんはどの辺りの出身なんだろう。日本と中国じゃないっぽいけど。


「でも、大好きです。いただきます」

「私も初めて食べるわね。日本の中華料理。天津市も行ったこと無いけど、関係無いのよね」


 と、興味ありげにするユイン。


「詳しくはないけど、確かこれは中国にはない料理って教わったなあ。お母さんに」


 気持ちとしては。

 イザベラさんは、私達を凄く、歓迎してくれてる。それは本当に嬉しい。

 で、ちょっと外すのも何というか、可愛らしい、かな。






✡✡✡






「――つまり、このヘクセンナハトの土地はギンナの物なんだよ。カヴンじゃなくてね。資金は半分カヴンから出たけど、権利的には今はギンナひとり。……私が好きに建築してってるけど、まあ良いよね?」

「それは、勿論。カヴンの為の土地ですし。私達は何も主張する気はありません。というよりその書類の書いてあることは結局、『ニクルス教国』側の管理の観点だけですよね」

「うーん。鋭い。そうだよ。ニクルスの国土はめっちゃ小さくなったから、ここはもうニクルスの手からは離れて、一応どこの国にも属してないことになってる。そもそも戦勝国に搾取される筈だったらしいからね」


 確か、ライゼン卿の土地になる予定だったんだよね。


「でもねえ。一応持っておいてくれる? 裏世界の国際会議とは今後取引あるかもしれないし。あと銀行と法務局だよね。彼らの見えやすい形で私達の資産を示せる資料だから」

「分かりました」


 土地の権利書って、17の小娘の私が持って良いようなものじゃないような……。物凄いめちゃめちゃ大事なものだよね。……多分。


「地代とか取る?」

「取りませんよ。カヴン……魔女同士でゴタゴタするのは、ちょっと嫌です。ヘクセンナハトで土地の権利は認めたくないですね。貸借や売買の目的物になると、一気に俗っぽくなるというか」

「あはは! 正解!」

「え」


 イザベラさんは、こんな性格と話し方だけど。実はとっても、先の先まで読んでる。伊達に500年を裏世界で暮らしてない。

 そんな雰囲気の籠もった指で、『正解』と差された。


「その通りだよね。『自由』を掲げる私達が、数が増えたからって『人間の社会』みたいな失敗はしたくないんだよ。だから、『今』が肝心なんだ。最初の『ルール作り』が。結構慎重にやってるんだよ。これでも」

「……あ。だから土地の権利は銀の魔女に集中させてるんですか」

「正解♪ こういうのははっきりさせてた方が良いんだよ。しかもこの件に関して欲の無いギンナがやるのは、適任だと思うんだ。ルーナも良かったけど、ギンナはさらに適任な気がする」


 これから。

 街には、他のカヴンメンバーも住むようになる。それから、『無垢の魂』を集めて魔女に育てる学校が出来る。その新米魔女達も大勢住むようになる。街は栄えていく。

 人が増えればトラブルは付きものだ。けど、私達は『魔女』だから。『互助会』の理念の元、内ゲバはやっちゃいけない。その為の『ルール作り』。


「具体的なルールは、イヴと相談する予定なんだ。あの子、異世界で『種族』運営に失敗した経験があるらしくて。参考にね」

「……また、壮大な話ですね。種族運営」

「『知恵』の総量はやばいと思うよ。カヴンの13人全員合わせたら」

「確かに」

「勿論ギンナの知識もね。特に日本料理の!」

「……あはは」


 なんだか凄く、楽しい。なんだろうこれ。

 同じ『魔女』同士で仕事の話するの、凄く楽しい。

 ああ、私はまだ魔女じゃなかった。

 早く成りたい。

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