11-2 好きなことして、生きていく。

「あんた明日来れる? イザベラが話あるって」

「? うん分かった」


 ユインは、毎週火曜日と金曜日に魔女園に行っている。魔女の為の学校の、先生をする為だ。まだ開校はしてないけど、教科書カリキュラム作りで、同じく先生に立候補したセレマさんと打ち合わせをしている。

 魔女園にはセレマさんだけでなく、街作りを担当してるイザベラさんも居て。そのイザベラさんから、お呼びが掛かった。

 そう言えば、ヴァルプルギスの夜以後、カヴンでの仕事はこれが初めてかな。私は。






✡✡✡






 翌日。

 カヴンの仕事ということで、魔女正装JKファッションに着替えて降りる。夏服でね。半袖シャツにリボンはほんと懐かしい。リビングでは既にユインが魔女正装黒スーツでテーブルに着いて郵便物を見ていた。彼女によく似合うパンツスタイルで。


「あ。黒ス似合う。もう先生じゃん」

「……どうも」

「ていうか暑くないの?」

「幽体は熱を溜め込まないし、色々調節できるからね」

「ずる〜」

「魔女だからね」

「……もう出る? 私の箒なら音速だけど」

「いや、箒は要らないわ」

「え? 電車じゃ間に合わないよ」

「こっち来なさい」


 早朝。シルクもまだ起きてない時間。静かな魔女の家。

 ユインに呼ばれて、彼女の目の前まで来る。朝ごはん、どうしよっかなと考えながら。


「はい」

「?」


 手を差し出されて。

 反射的に握った。






✡✡✡






 瞬間。


「え?」


 景色がぐるりと渦巻いた。


「…………!」


 気が付けば、目の前にはあの大きなお城。

 振り向けば、ぐねぐねした特徴的な道。

 前に来た時よりも、建物が増えていた。広場なんかも見える。ここは。


「魔女園っ!? っていうか、テレポートの魔法!?」


 魔女園――ヘクセンナハトに到着していた。私が驚いたのはその事実よりも。


「お、覚えたの!? プラータの魔法!」


 これは、プラータの魔法だ。何度も経験してる。それを。


「ぶい」


 ユインは、表情を変えずにVサインをした。この子こういうことするよね。私に気を許してくれてる証拠だとしたら嬉しい。


「いつの間に?」

「少し前ね。『銀の魔女』として、順調に成長してるみたい。魔力は300超えたわ」

「ええっ。凄い!」

「……それでもあんたの半分だけど」


 凄い。なんだかもう、どんどん置いていかれる。シルクもいつの間にか変身魔法使えるようになってたし。やばいなあ。私とフラン。


「……じゃ、私は向こうだから。イザベラは城に居るわ」

「うん分かった。お昼にまた」

「はいはい」


 学校も、既に校舎はできているみたい。そっちの方へとユインが去っていった。

 お城は目の前だった。ヴァルプルギスの夜に来た時は夜だったけど。今は、お城の全貌が見える。


「……大きいなあ」


 西洋のお城って、なんでこう雰囲気満載なんだろうね。






✡✡✡






「やほーギンナ」

「おはようございます。イザベラさん」


 掃除やら荷運びやら忙しなくしている使用人さん達を横目に城内を歩いていると、一際目立つ赤髪ロングツインテールの女性が居た。服装は他のメイドさんと同じメイド服なんだけど。ていうか一緒になって仕事してたみたい。


「呼び出してごめんねー。忙しいだろうに」

「いえ。最近は割と落ち着いてきたので」

「そうなんだ。まあこっち来なよ。何飲む?」

「おすすめはありますか?」

「こないだ買ったダージリンかな。産地インドから直送だよ」


 以前ヴァルプルギスの夜で会った時は、ライトがあったとは言え夜だったし、今改めてしっかりと、イザベラさんと顔を合わせる気がする。

 若い。ていうか私達と同じくらいの外見だ。ちょっとツリ目なのが気が強そうで可愛らしいんだけど、実際はのんびりした口調で話すんだよねこの人。


 案内されたのはソファとテーブルのある応接室で、部屋の雰囲気は赤色。ソファはもちろん、カーペットや鉢、そしてティーカップまで真っ赤だった。


「赤色、お好きなんですね」

「まあねー。愛の色だから」

「……愛」


 『愛の魔女』。それがイザベラさんの二つ名だ。どういう意味なのかは知らない。私達みたいに、魂の色って訳じゃないとは思うんだけど。

 由来が分からない魔女、カヴンに多いよね。


「生き物は愛し合って、命を繋ぐでしょ? 愛の結果、生まれてくる生き物に等しく流れているのが『赤』。愛の液体が身体を満たしている。既に死んだ私からすれば眩しくてさ。与えられた幽体と魔力を使って『愛』を追求ボランティア活動してったら、そんな風に呼ばれるようになって。今に至る感じ」

「……凄い」


 イザベラさんは、ヴァルプルギスの夜もそうだったけど、優しいんだ。新人の私にも優しく対応してくれたし、他のメンバーにも色々配慮してた。カヴンの議長とか街作りなんて大仕事も笑顔で受けて、しかも自ら現場に立ってたし。

 愛の液体、か。なんだか、そんなこと考えたことなかったから、尊敬しちゃう。


「因みに恋愛相談コイバナも受け付けてるよー」

「ええっ」


 不意の言葉に、ダージリンを溢しそうになった。危ない危ない。


「ふーん。へへぇ。居るんだ?」

「……うっ。それは……」


 あ、カマかけられたんだ。私、まだまだだなあ。


「ま、それは置いといて。『魔女団カヴン』についてさ。色々と説明しようかなと思って。ルーナはそういうこと、しなさそうだしね」

「それは助かります。お願いします」


 そうそう、気になってたんだ。カヴンて具体的に何をしたら良いのか。プラータを見てたら結構適当そうなんだけど、あの人もしっかり仕事してたもんね。ていうかカンナちゃんをジョナサンの店で見付けた時からずっと、カヴンの仕事をしてたんだもん。


「えーとね。じゃまず、成り立ちから、かな。理念というか」

「理念」

「と言ってもそんな大したことじゃないよ。魔女達が『好きなことして生きてく』ために協力し合う互助会だから。つまり『あらゆる障害を取り除く』という訳で、魔法の共有とか、金銭もそうだね。『自由』の選択肢を広げる集まり。国だの法律だのに縛られない『力』を集めること。それ自体は、もう感じてるんじゃないかな」

「…………なるほど」


 確かに、プラータ含めみんなそんな感じだ。私達も裏世界の法律はいくつも、いつも破ってる。けれど、それを気にしない『力』があるから活動できてる。ミオゾティスの結界と、魔女の森の結界。二重の結界があるから、法務局の役人やエクソシストは私達を捕まえられない。

 それにもし、最悪『人類との全面戦争』になった所で。

 フランとシルクが居る。彼女達の魔法を防ぎながら私達を捕らえるのは不可能だ。数に物を言わせて昼夜問わず襲ってきたとしても、私達は交代で休息できるから。相手が何万でも何億でも、ちゃんと4人が揃ってれば。フランやシルクの魔力切れは、私が補給すれば良いし、ユインがテレポートの魔法を覚えたのならもう誰にも捕捉されない。

 真の自由。誰にも縛られない。まあ、そんなことしないけどね。


 でもそれは、先々代のコネクションと、先代のコネクション。つまりジョナサンの結界と、カヴンとの繋がりがあるからだ。

 互助会。なんとなく、理解はできる。


「歴史は古いんだよ。まあ殆どは代替わりしてるし、私も初代達のことは知らないんだけどね。普通に仲良し魔女達の駄弁りサバトから始まったんだって」

「……長いとどれくらいの方が居るんですか?」

「うんとねー。最年長……というか『この世に存在した順』でいうと、ユーリ……ユリスモールとアンと……サブリナかなあ」

「ユーリさんとアンさんが」

「およ、知ってる?」

「この前、日本で会いました」

「えー。封印解けたならこっち連絡しなよって言ったのにー。次叱ってやろー」


 プラータが死者の魂となって200年として。それよりも長く居る人もいるよね。多分。


「あーそっか。ユーリ達は確か6000年前に生まれたんだけど。イヴとどっちが年上なんだろ。よく分かんないなあ」

「6000年……!?」


 意味不明な数字が飛び出してきた。そんなの、紀元前どころか……。


「うんまあ、けどずーっと封印されてたからねー。『活動してた時間』は合わせて十数年くらいらしいから、年下の筈のケイを『お兄ちゃん』って呼んでるんだよね。変なの」

「……なる、ほど。イヴさんも?」


 封印て、なんだろう。悪魔とのハーフとは聞いたから、その関係なんだろうか。

 『異界の魔女』イヴさんとは、ヴァルプルギスの夜でもあんまり話してない。どんな人かも知らないんだよね。


「イヴはねえ。私達の宇宙と違う所から来たから。時間軸とか合わせにくいんだよね。普段も『そっち』に居るみたいだし。体感だとどれくらい生きてるんだろ」

「……『異界の魔女』」

「そうそう。あの見た目だし、向こうでは天使って呼ばれてるらしいよ。変なの」


 違う宇宙。そういうのもあるんだ。

 天使。確かに、西洋の絵画に出てきそうな金髪と白い肌と青い瞳だった。服装も古代ローマみたいな感じだったし。

 ていうか『変なの』で済ますイザベラさんの胆力も凄い。


「……色んな人が居ますね」

「あははー。そうそう。『ありとあらゆる存在』が居る。それが今のカヴン。まあ歴代でも、『無垢の魂』のまま入ったのはギンナだけだけど」

「あ……」


 私も、その『変なの』の仲間らしい。良いけどさ。


「で、次に私とセレマかなあ。ユングはもう少し若くて、次にエトワール。で、ケイ。そんで、『人間』のソフィアと来て、ギンナ。最後にシャラーラだね」

「……ソフィアさん、人間だったんですか」

「うん。やばいでしょ? あ。あと夜霧……じゃない、夜風か。あの子は知らない。まだ会ったこと無いし。まあ多分私と同じくらいだと思うけど。500歳くらいね」

「イザベラさん500歳なんですか!」


 次元が違う。死者の魂は大体、100から200年で生きる欲が無くなって消滅するって聞いてたのに。6000だの500だの。


「……えっとね。ルーナは、結構『普通』の子だったんだよね」

「えっ」

「私は、まだまだやりたいことあって。全然死ぬつもりなんてない。……異常なんだよ。こんなに生きててまだ欲があるって。カヴンは異常者の集まりなんだ。まあ実際の活動時間が短いユーリ達や、たったひとつの目的を追い掛けるエトワールとは別かもしれないけど」

「…………」

「でもそんな中で。『普通に』好きに生きて。『普通に』後継を育てて。『普通に』この世界に満足して逝ったルーナは、多分幸せ者なんだ。私やセレマ達よりね」

「……普通」


 あのプラータが。普通。

 ちょっと考えたことは無かったな。


「あはは。全然本題に行かずに駄弁っちゃってるね。これぞ魔女ってね」

「…………」


 イザベラさんの話、もっと聞きたい。

 多分、こんなに生きてる魔女は他には居ない。

 思ったより、カヴンは世界の中心に居るんだ。

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