9-4 ヘクセンナハトの街

 4月30日。遂にやってきた、カヴンの日。私が正式に『6代目銀の魔女』となることを、カヴンで認めてもらう日。


「………………」


 寝室にて。プラータに用意された服を、フランが睨み付けていた。


「似合うと思うよ。それ」

「……ねえ、私達、変身魔法が使えないとずっとこの姿なのよね。成長も老化もなく」

「……うんまあ、そうだね」


 ゴシックファッションは、完全にプラータの趣味だ。中世の魔女が好んだ服装らしいけど、多分適当だ。だって私が見たことあるくらいの『アニメっぽい』フリフリなんだから。


「あとさ。私達あんまり髪いじらないけど……リボンとか、似合うよ。フラン多分」

「そう? あんたが言うなら、付けてみるけど」

「うん。じゃあこっち来て。結んだげる」


 着せ替え人形を『4つ』も持ってるプラータは朝からご機嫌な様子だった。私はもう慣れたけど、ユインは未だに拒んでるな。まあそれぞれ、好みとかあるよね。


「……なんだか幼い気がするけど」

「そういうのが似合うんだって。フランは。……できた」


 いつもは4人とも、髪は何もしてないけど。フランは美少女ツーサイドアップに結んでみた。白黒のゴシックファッションに紅のリボン。これは映える。


「じゃ、あんたは『お嬢様ハーフアップ』よ。交代ね」

「えっ」

「私のママ直伝よ。後ろ向いてなさい」


 私とフランは髪が長いから、色々できる。こうしてゆっくり過ごす朝も良いよね。






✡✡✡






「あら」

「……何が『あら』よ。フラン」


 リビングへ降りると、いつも朝早いユインが既に支度を済ませてコーヒーを飲んでいた。


 エスニック風の模様なのに、魔女らしいモノトーンカラー。肩を出すファッションはユインには珍しいかな。まあカーディガン羽織るんだろうけど。全体的にスッキリした服で、ちょっと涼しそう。フランとは対照的な現代風ファッションだ。やっぱりパンツスタイルの方が似合うんだよね。ユインは。


「良いじゃない。あんた放っておいたらダサダサのボサボサなんだから」

「…………それはどうも。興味無いわよファッションなんて」

「あはは……。流石にパーカーじゃねえ」


 私も詳しくはないからなんとも言えない。多分一番オシャレなのは、シルクかなあ。


「おはようございます。丁度パンが焼けましたよ」


 キッチンからシルクが出てきた。彼女も既に着替え済み。背の高い彼女はまんま、プラータのお下がりだ。漆黒の魔女ドレス。胸も腰もお尻もラインがくっきりしていて、スカートの裾からふんわりと広がっている。白くしたらウエディングドレスでも行けそう……は言いすぎかな。とにかくまあ、似合ってる。ちょっと私には着れないかな。恥ずかしくて。


「歩きにくくない? シルクそれ」

「スカートは魔法で操作すればなんとか」

「地味な努力ね……」


 これが、私達の『銀の魔女としての正装』になる。いつもとそう変わらないけどね。シルクの頭には、花飾りがちょこんと乗る予定だ。ユインにもカチューシャしてあげようかな。


 因みに私は、大きめな襟を強調させた白のブラウスに学校みたいなブレザーという、制服風ファッションだった。首元のリボンは深緑と黄色のチェック柄。なんというか、48人制のアイドルみたいだ。プリーツスカートも久しぶりに穿く。なんでも、『銀の魔女』になる私の『日本感』を出したいんだそう。日本てこんなイメージなのかな。よく分からないけど。まあ、あのアイドル、世界進出してるらしいもんね。下着のPVがポルノに触れたとかなんとかニュース観たことあるかも。


 色以外に統一感は無いよね。私達。まあ何着ても正直ちょっと似合うのが、『銀の眼』の特典かな。


「ギンナは、あれですね。『ジェーケー』」

「何それ?」

「ジャパニーズハイスクールスチューデントガールです」

「ふうん。こんなのでスクール通ってたの?」

「いや、本物はもっと落ち着いてるよ。これは特徴を強調しすぎ。舞台アイドル衣装みたいになってるもん」

「ていうかなんでそんなの持ってるのよプラータは……」


 なんのかんの喋りながら朝食を摂る。こんな日常が、これからも続くんだろうな。……恐らくは、百年くらい。






✡✡✡






「準備はできたかい?」


 にゅ、と玄関から透過してプラータがやってきた。なんでいつもドア開けて入ってくれないんだろう。


 と、その肩に黒猫が座っていた。


「ラナ?」

『同行させて貰うぞギンニャ。王の行動は猫世界に影響する』


 きらりとその瞳が光る。ギンニャって呼ばれるのちょっと恥ずかしいんだけど。


「……だそうだ。いつの間にかアタシの森に棲み着いていたケット・シーだね。あんたいつの間に猫の王になってたんだいギンナ」

「ええと。あはは……。成り行きで」

「まあ構わないさ。猫のネットワークは侮れない。これからのあんた達をサポートするには充分な力がある。カンナに感謝することだね」

「…………!」


 やっぱりプラータには敵わない。全部看破してる。


「さて行くよ。もう『出来てる』筈さ」

「? 何が?」

「……『魔女の街』だよ」






✡✡✡






 ぐるんと、景色が一周した。いつもの、プラータの魔法だ。一瞬で長距離移動をするこの魔法も、いつか覚えたいんだよね。


「元ニクルス教国の旧支配地ホルスは、魔女団カヴンによって生まれ変わった。魔女以外立入禁止。不可侵の伏魔殿。魔女の楽園。――通称『魔女園』、その正式名称は」


 かつて、建物も何もかも黒焦げでグシャグシャだった街は、完全な復興を遂げていた。レンガで舗装された道、石造りの家々、とんがり帽子みたいな屋根のお城なんかも見える。

 まだそんなに人は見掛けないけど、私達はその光景に感動した。これが、被災地だったんだ。戦争で燃やされた街だったんだ。……燃やしたのはシルクだけど。


「ヘクセンナハト。とか言ってたっけねえ確か。大仰過ぎるけどねえ」


 プラータ達、今の『カヴン』は街を作る土地を、探していたんだ。それが叶った。ここは魔女の街。


「『銀の魔女』様御一行でございますね」

「ん」


 街の景色に見とれていると、男性の声が掛かった。執事服を着た男性が、こちらに向かって頭を下げていた。


「イザベラの所の使用人かい」

「その通りでございます。早速ですが、会場へご案内いたします。我が主『愛の魔女』イザベラの、魔城へ」

「へえ。あのデカいのはイザベラのかい。早速狭い土地で権利争いしてる訳かい」

「恐縮でございます」


 プラータが歩き出したタイミングで、ラナが離れてフランの方へ飛び移った。

 顔面にびたん。


「んごっ」

『…………』


 フランは嫌々ながらも、抱いてあげる。んごって言いながら。ラナってフラン好きだよね。よく飛び付いてる。






✡✡✡






 男性の案内で、ヘクセンナハトの街をゆく。きっちり日本みたいに整備された訳じゃないレンガ道はグネグネで、それもまた魔女っぽくて少し楽しいと思う。人はあんまり居なくて、箱だけ揃えたような街だ。空き地も沢山。これから、発展するのかな。


 お城には、人は沢山居た。皆執事服やメイド服姿だから、イザベラさん? て魔女の使用人さんなんだろうな。赤い絨毯が敷かれた廊下を歩いて、控室に案内された。


「おや。珍しい顔が居るね」

「!」


 高級ホテルの一室みたいな部屋には、大理石のテーブルとふかふかのソファがあった。ソファには既に、誰かが座っていた。若い男の人と、そのソファの後ろに女の人が立っている。


「……あんたか。プラータ」


 灰色の髪の男の人が、プラータを見て口角を上げた。その隙間から、ギザギザの牙のようなものが見えた。……人間、じゃないのかな。お顔はすっごく整ってて、綺麗なイケメンだ。


「ふふん。あんたが来たってことは、サブリナの奴は欠席かい? キャサリン」

「……俺ぁ奴らの『鬼ごっこ』にゃ興味ねえんだけどな。まあ一応」

「優しい『兄』じゃないか。日本での用事は済んだのかい?」

「……俺のことは良い。その子らが、あんたの『後継』か」

「!」


 白い、月色の瞳が私達を捉えた。するとプラータが、私の腕を掴まえる。


「そうさ。ねえ」

「…………」


 プラータにも見られる。なんだか嬉しそうだな。


「ギンナです。初めまして」

「おう。俺はキャサリンてんだが、まあ母親が勘違いして女性名付けてよ。『ケイ』で頼む。それで通ってる。カヴンメンバーのひとりだ」


 この人は、死者の魂じゃない。けど、人間とも違う。母親が居るということは、『第二世代』なんだ。


「ケイ、さん」

「で、後ろのは?」

「あっ。えっと。一緒に『銀の魔女』をやる、仲間です。一応、私が代表で」

「ふーん……。4人とも『銀魔』か。そんなこともあるんだな」


 私に合わせて、3人もぺこりと頭を下げた。ケイさんは珍しそうに眺めていた。まあそうだよね、と思いながらも。

 実は私達以外の魔女と接するのは、殆ど初めてなんだ。だから本当に『銀の眼』が稀少だって実感するのは、今日が初めてかもしれない。このケイさんはどういう魂なんだろうか。


「キャサリン。それよりそっちの人間はなんだい。性奴隷かい?」

「ん」


 そうそう。気になってた。ケイさんの後ろに控えている、女の人。

 だって、東洋……どころか。日本人なんだもの。腰までの黒髪をゆるいウェーブにして、前髪をちゃんと作ってる、お姉さん、かな? 私達より少し年上っぽい。女子大生? なんというか、オーソドックスなレディーススーツだ。ケイさんはラフなジャケットなのに。


 ……って、いきなり性奴隷かって、やめてよプラータ。


「色葉、こっち来いよ」

「はっ。はいっ」


 ケイさんに呼ばれて、こっちに来た。緊張した様子で、仕草もどこかぎこちない。


「はっ。初め、まして。えっと。楽王子らこうじ色葉いろは、ですっ。えっと、ケイく……じゃなかった、えー……。彼の、えっと、契約者、です……」


 そして、しどろもどろで自己紹介をした。色葉さん、かな。本当に日本人だ。死者の魂じゃない。生身の。


「ほう。契約者かい。じゃあ『探し物』は良いのかい?」

「いや。まだしばらく日本に用事がある。色々面白くなってきた所でな。……色葉はまあ、成り行き……っつうと怒られるんだが。俺を手伝ってくれてる」

「ふふん。余程気に入ったみたいだねえ。日本が」

「……まあな」


 プラータとケイさんは昔からの知り合いみたいに話している。そこへ突っ込むのは、ちょっと無理だな。そもそもケイさんも、カヴンのひとりならプラータと『同格』なんだ。


「契約者って?」

「要するに性奴隷さ」

「えっ」

「子供に何吹き込んでんだ馬鹿」

「………っ!」


 それだけプラータに訊くと、色葉さんがずーっと、耳まで赤くして俯いていた。

 そういう、関係なのかな。邪推だけど。






✡✡✡






「失礼いたします」


 しばらくすると、また執事さんがやってきた。


「皆様。そろそろお時間でございます」

「まだ来てない奴も多いじゃないか」

「いえ。続々とご来城いただいております。皆様を一足早く、会場へご案内いたします」

「……続々と、ねえ」


 いよいよだ。

 魔女達の、会合。

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