授業 凝視 停止の針

 時計の長針が、静かに八を指す。開始。廊下にあったノイズが次第にフェードアウトしていくように思えてから数分。のんびりとした足音が聞こえてきたら合図。あ。


「やぁおはよう、あ、もう昼か、ん? これ? コンタクトにしてみたんだ」

 朗らかに登場しては、教壇ではなく、最前列の机に腰掛けてこちらを見ている。そのままビリヤードでも始められそうな雰囲気だ。


 ほぼ手ぶらでやって来て板書もなしなら、突っ立っている意味がないと本人が認識したのだと思うケド、つくづくリバティな教員だなぁ、と思うよ。


「前はどこまで話したかな? ああ。日本がひとつになる時の話しだね。明治維新の話もしたね。テストはええと、補講があるからだいたい二週後からだね。と、いうことは今日はテスト前最後の講義かな。じゃあまず先週のおさらいから」

 

 そう言ってシャツの襟元を緩めてから両手を膝の上に置いた。私は椅子に背中を預けてリラックスしていた。ちょっとドキドキしてもいた。誰も話をしていない。窓から入ってくる風でカーテンがなびくだけだった。


 すると園山先生の表情が止まった。再生中のビデオを一時停止させた時みたいだった。明らかにこちらを見てる。と、いうより、広瀬くんを見ている。

「あ、ひょっとして広瀬くん?」

「はい。はじめまして」

 そう言うやいなや、広瀬がペコンと頭を下げた。ネジがゆるんだオモチャか、起き上がり小法師を想像した。みんながこちらを見た。


「あー、そうかそうか。浪川さんと友達だっんだ」

 先生ちがうよ、と心の中でぼやいた。「はい。実は」と、広瀬が言った。


「事務員さんが、連絡取りたがってたよ。授業のあと、ちょっといい?」

「はい、僕も……」

 そう言って広瀬はちらっと私を見た。まさかコイツめ。合宿の話を一緒にすべく、講義に来たなあ! ん? それって二人で説明できるから、いいことなのかも。


 そのまま先生はいつものように授業を、はじめた。早く終わってほしいような欲しくないような。そんな気持ち。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る