【小説:掌編】ケダラズキ

綾沢 深乃

ケダラズキ

 本当、嫌になるくらい寒い。

 吹き荒れる寒風は、乱暴にどこまでも乱暴に僕の体に衝突する。下に薄いフリースを着ているのに、期待している程の効果は得られない。やはり、時代はもうヒートテックなのだろうか。

 校門を出る時に耳に押し込んだカナル型のイヤホンは、風から耳を守ってくれるのだが、コードの先の0円携帯は、電池切れ寸前の為、音楽は流せない。高校から最寄駅までの長い道のりは、それこそ一種の修行を思わせる何かを含んでいるようで、周りの学生は寒さから身を守るように両手を学校指定のダッフルコートのポケットに、首にはマフラーを巻いていた。


「ねえ、聞いてるの?」


「えっ……、何が?」


 僕がそうとぼけると、隣にいる菜々子の赤く染まった頬が膨らむ。

 白い手袋をはめた彼女の右手が、両耳のイヤホンを取った。一気に両耳が丸裸になる。ビュッと吹く風に体を震わせた。名残り欲しさを残しつつイヤホンを携帯に巻き付けてブレザーのポケットに押し込む。


「だからぁ、この後三ノ宮でお茶しよ。ほらっ、付き合って三ヶ月経つけど、放課後に制服で遊んだ事ないじゃない? 一度してみたかったんだ、制服デート」


「お互いの家が真逆だから。一緒に帰るのも角のバス停までだし」


 今日は、普段とは違って期末テスト最終日。割と早めに終わる時間割と解放感も相まって、菜々子のテンションはそこそこ高め。(返ってきた英語の点数が良かったの

もあるだろう)


「いいよ。でも、三ノ宮って大丈夫かな? ほらっ、赤西先生とかが見回りしてるかも」


「平気平気、今日は先生達テストの採点をしてるもの。来ない来ない♪」


「まあ、それもそうか」


「やった。行こう行こう」


「はいはい」


 放課後の行先を決めた僕達は最寄駅に到着した。バス通学の菜々子は券売機で、三ノ宮までの切符を購入。300円……高校生には結構な値段だ。


「ごめん、ちょっとお手洗い。先にホームで待ってて」


 改札を通ってすぐに菜々子は、トイレに向かって早歩き。


「分かった」


「電車来ても乗らないでよー?」


 分かってるって……。僕は了承代わりに手を振った。


 路線は地下鉄だが、この駅は残念ながら地上にあるのでホームに降りてもずっと寒いまま。一人になった僕はまた、一度は外したイヤホンを再び耳に装着する。ああ、暖かい。

 どうやら電車はさっき行ってしまったらしく、ホームには人がいなかった。そのせいか、余計に寒さが身に染みた。僕は、ホームの隅に忘れられたように存在する古い木のベンチに腰を落とした。

 そこは人が座るとちょっと違う景色が見える。それは、銀の広告看板の裏側だ。電車の窓から見える広告看板は、ここに座る事で、何も書かれていない銀の板を見せる。

 通学路にそんな物があるので看板の裏側は、当然、学生達の落書きだらけだった。

 先生の悪口、授業の愚痴、意味のない呟き。お世辞にも綺麗とは言えない、マジックの黒文字が、銀の板を塗りつぶしていた。中には携帯電話の番号まで書かれている。

 そんな中で、こんな落書きがある。

【2年の高山菜々子は彼氏を作り過ぎ! シネ】

【高山マジキモイ! 中絶してんのに学校来るなよ、サイテー!】

【コイツ男好きすぎるだろ(笑)】

【馬鹿のくせに男引っかけるのだけは上手なヤツそれが高山(笑)】


「ーー毎度毎度、彼氏より菜々子に詳しい看板だこと」


 目にする度に少しずつ、更新されていく落書き。

 他にも沢山書かれているけど、全部が誹謗中傷。大きな看板の裏、手が届く範囲に書かれている無機質な文字の訴えには、圧倒させられる。

うーん、凄い凄い。少なくとも”死”という単語が十個は超えてる。

 菜々子本人はこれを知らないだろうな、バス通学だし。

 ボーっとした頭で電車と菜々子を待つ。彼女の悪口を読みながら。

 目で何となく追っている落書きに一つ興味深いのがあった。

【高山菜々子に騙された哀れな男達→ 】

 と、矢印の先に箇条書きになって人の名前が記載されているのだ。ああ、隣のクラスの堀江君、一回も話した事ないや。

 他にも何人かの名前は知っていて、自分の携帯の連絡帳に登録されてる。

 適当な感想を抱いてから、僕は通学カバンからサインペンを取り出した。(よく書けて滲まない油性の優れもの)そして、最後の人の下に結構しっかりした字で自分の名前を書き加えた。勿論、フルネーム。これで良し。なんか他より綺麗に書いたせいで、妙な存在感を与えてしまった。


「お待たせ~」


 書き終えたタイミングで菜々子が階段を下りてきた。僕は自分の名前にカッコして、一言を添えておく。そして、何ともない顔で彼女に近付いた。


「電車そろそろ来るんじゃない?」


「うん。あっ、さっきに何か落書きしてたでしょ。いけないんだぁ~」


「別に、ちょっとした注意書きだよ」


「ふーん。あっ、電車来た!」


 トンネルの向こうからやって来た眩しいオレンジのライトと、ホームに響く音割れた気味古いアナウンスが途端に菜々子の興味を向けさせた。僕らは黄色い線の内側にある、ドアの印がある所に二人並ぶ。


「今日は奮発してチョコケーキも食べよっと」


「へえ、じゃあその菜々子のチョコケーキを一口貰おうかな」


「もうっ! 意地悪なんだからっー!」


 馬鹿な会話をしながら、開いた電車のドアに乗る。

 乗る途中、一瞬だけ書いた文字を思い出す。菜々子が階段にいたので、最後はちょっと走り書きになってしまったけどちゃんと書けただろうか。

 また今度、一人の時に確かめる事にしよう。

 走り書きしたのは非常にシンプルかつ、誰でも読める言葉で。



【ここで終わり】



 僕はそう書いた。


                          <ケダラズキ (了)>


<あとがき>

 小説フォルダを整理していて、折角だから何かnoteに投稿出来るショート作品がないかなと探した時に出て来たのが、この作品です。

 この話は、私が高校生の時、朝の教室でコソコソ書いてたお話の一つです。モリモリと家のパソコンで120ページ超のお話を書きつつ、学校ではノートに手書きで小説を書いて友人に見せていました。

 高校生をテーマとして書く事は今でもありますが、当時と今では高校生活の純度が違うので、敵いませんね。

 朝の下駄箱の空気とか、教室のザワザワとした感覚とか。大人になってしまった今では、思い出す事で何とか補完しています。

 あの頃の貴重な空気感を大事にしつつ、これからも高校生を書き続けたいです。


 拙い作品でしたが、読んでいただき有難うございました。


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