異世界転生した女の子の話

つづり

異世界転生した女の子の話

 最近異世界転生がはやっているそうだ。

クラスの不登校だった、上山さんがこの間異世界転生したらしい。

県の陸上大会で入賞した佐久間さんも異世界転生したらしい。

先生は異世界転生なんて、ありえないというのだけど……異世界転生した子は全員行方不明になった。

生きていたとしても見つからない、死体としても見つからない。

 佐久間さんが異世界転生した時、親御さんは泣き崩れて、名前を呼びながら必死に探していた。

でも異世界転生してしまったから、体は見つからなかった……。


 これは私達の世代では有名な話。

上山さんはひきこもりをしていて、どんどん外の世界にでることをおそれていたらしい。

どうしても親御さんは外に出れるように頑張っていたそうだが、それが苦渋でしょうがなかったと。

佐久間さんは周囲から憧れの存在で、同時に嫉妬をかっていた。

結構裏で嫌がらせされていて、悩んでいたという。

そう、異世界転生する女の子はみんな、悩んでいる。


 私は異世界転生をしたかった……。

きっと他にも異世界転生したい人はいると思う……。

悩まない人間はいないのだから。悩まない女の子はいないんだから。


 家に帰るのが本当に嫌だった。

学校にいくことにそれほど楽しいと思えないが、学校の終礼のチャイムがなると、肌がぞっとするほど冷えてくる。

足取りが異様に重く、二十分ほどでつく家に、一時間以上かけて帰っていく。

 家に帰ると母がいる。私の母はとても、恐ろしい。


 家に帰ると裏口から入る。

玄関から入ることは禁じられている。

母の職業上、玄関近くの部屋、寝室が仕事場だったからだ。

仕事中、母と客とのやりとりに水をさしてはいけない。

それは私の家の鉄則だった。


 こそりと自分の部屋にはいり、正座をする。

 母の仕事が終わるまでは、正座し続けないといけない。

何故か、そんな理由を聞いてしまったら、私はどれだけ罵られるだろう。

ルールなのだ、母は、私の行動を決める権利があると言い切った。


 玄関先で音が聞こえた。

客が帰ったらしい。

 私の部屋に近づく足音が聞こえてきた。

 母がずかずかと私の部屋に入る。

 そして目があった瞬間


「なに、その目……あんたまた、バカだって! また罵ってくるんでしょ!!!!」


 母はおかしかった。

いや、正確に言うならばおかしくなっていた。

私のことをかつて、娘だと思っていた。

だが今は自分をきずつけ、売春婦へとおとさせた、恋人の姿に見えないようだった。

母にひどいことをした男は、私の父親だった。

 私は一言も言い返さず、ただ目をつむる。


「おら、なんかいいなさいよ、すぐに黙って……ずるいやつだよね、いつだってずるい!!」


 母は私のことを肉体的に傷つけなかった。

それが、男のやっていたことらしい。

精神的な傷など、目には見えないものを傷つけることでウサをはらしていたらしい。


「死ねばいい!!! しねよ、しねしね、ああなんで死なないんだよ、首切れよ!!!!!」


 そんなことできるわけが、ない、と思いたい。

痛いのは嫌だ、苦しいのは嫌だ、母に自分を否定されたくない。

だけど母を見捨てられない、だってこんなに狂ってまで私を育ててきたのだ。

 私は母を愛してた、でも好きじゃなかった。嫌いになれなかった。

 哀れな暴虐者だった。どうしたら母を楽にできるのだろう、幸せになれるのだろう。


 お母さんも異世界転生できたらよかったのに。

残念なことに、異世界転生は未成年しかできないらしい。


「うるさいな……っていうんでしょぉ、あんたそうだよね、私のことをさ、馬鹿にするだけ馬鹿にして。あんたのために体売ったときだけうれしそうなんだ……金が入るから、くそくそくそくそ、私の人生を……あははははは、嗤ってたよねぇ、あんた嗤うんだよねぇえ、馬鹿だから悪いって!!!! 今すぐ死ねよ!!!! なんでなんで死なないんだよ!!!! 死ね、息吸うなよ、ドブ野郎!!」


 髪に隠れた、イヤホン。

そこから、声が届く。スマートフォンとつながっているのだ。


--異世界転生のための、条件が整いました


 私はコクリとうなずく。


--お母様の心臓です、あなたはお母様とひとつとなり、異世界転生できます


 私は小さく息を吸う。あ、お母さんを……幸せにできるかもしれないと思った。

こんな世界より、私と一緒に異世界転生したほうが……私は嬉しくなった。

好きじゃないけど、私はお母さんを愛してる。愛してるから、救いたい。

何より、こんな哀れなひとを、独りにしたら、もっと世界がおかしくなる。


「お母さん」


 母は目を見開いた。

私は微笑んだ。


「幸せになろう」


 母の首を隠し持った包丁で切った。

肉は想像より、刃物が通りづらく、何度も何度も、祈るような気持ちで刺した。

お母さん、本当に救いたいの。

だから、一ミリも動かないで。

少しでも動けなくなるように、何度も何十度も……私は……。


「あれ……お母さんどこだろ」


 目の前の肉塊が母と気づくのに、時間がかかった。そして私はお母さんといっしょになるため、心臓を食べた。

なんではじめてたべたものなのに、どこか懐かしいのだろう、なんてぐちゃぐちゃしたものなんだろう

……だけど異世界転生するために、必要なんだ。

 母が肉になった日、私は穏やかに眠ることができた。もう母は私といっしょで、私を責めることはない。


 そして私は着替えて、大通りに出る。

予定された時間、予定された場所、言われたとおりに、トラックがやってくる。

まるで躍り出る花びらのように、私はトラックの前へ飛び出した。


--行方不明になり、異世界転生した少女は続出している。

皆は行方不明になるたびに、きっと異世界で元気であろうと話していく。

この世なんてくだらないのだ……異世界にうまれかわったくらいでちょうどいい。

さて、そういえばの話である。


「最近、謎肉ってはやってるけど、あれ、人肉ってうわさ、ほんとかなぁ」


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異世界転生した女の子の話 つづり @hujiiroame

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