スパチャ貰わないとレベルも上がらないってマ?

カール

第1話 Vtuber異世界へ行く

「いやさ、最近箱推しなんだよね」

「はぁ」

「特にグラグラって事務所。あれいいよね。すっごい好きなんだ」


 グラグラって女性だけ集めたVtuberの事務所だったはずだ。

歌って踊るアイドルVtuberでその人気はいまや鰻上りといったところだ。

既に6期生までおり、当然ながら俺も推している子がいたりする。


「え、誰よ、誰!?」

「急にテンション上げないで下さい。空織ハヤテって子です」

「あぁ! いいよね! その子! ちょっとボーイッシュな感じだけど、偶に見せるメスな部分にぐっとくるんだよなぁ。ゲームはまだ下手だけど、あれは伸びしろあるよ」

「はぁ」

「でも個人勢でもよく見かけるけどさ、最近はバ美肉ってジャンルも流行ってるでしょ?」

「そうっすね」


 ボイチェを使って女声を出し、またアバターも女性を使うことで女性Vtuberになりきってい男のライバーを指している。

俺も偶に見るがちょっとだけ苦手なジャンルだ。

あのボイチェ特有の声がどうしても苦手なんだよなぁ。


「なんだそうなの? 好き嫌いはだめだよ。結構面白い子多いんだ」

「結局、そのライバーの腕次第みたいな所ありますからね」

「そうだね。面白い子は多い。でも日の目に浴びない子もまた多いのも事実だ。それを左右するのは何だと思う?」


 Vtuberとして売れるかどうかの要素。

持論だがそんなものは決まっている。


「――運だと思います」

「そう! いいね、僕も同じ持論だ。面白い配信を見つけても日の目に出ない子はとても多い! そう君を選んだのもそれが理由の一つって訳だね」


 改めて目の前を見るが、そこには誰もいない。

何もない空間。ただ地平線が広がり、何故か水面のように地面は揺らぎ、そこに立っている俺が映りこんでいる。

足を動かしてみるが、足に感じる感触は地面のそれと変わらない。



 そうじて考えることはここは普通の場所じゃないということだ。


「ウマミ君。君は個人勢ではあるが、伸び悩んでいるVtuberの一人だ。でも君の配信を何度も僕は見たけど、輝くものがあると思っているよ。だから、君の秘められた力を世界に発信させようじゃないか!」

「……お断りしますので、元の場所へ返してください」

「君が今から行く場所はこことは違う世界! 剣と魔法の冒険が待っている舞台だ! 

君にはいくつか特殊な能力を与えた、それを使い配信してくれ」


 まったく話を聞いてくれない。

それどころか先ほどまで温厚な声色だったはずなのに、随分と力説しているようだ。


「我々、神も君の事を見ているよ! では、良い配信を!!」




 なぜ、こうなったのだろう。

大学を卒業し、就職に失敗した俺はフリーターをやりながら、趣味のVtuber活動をしていた。

『ウマミダイズ』

本名が佐藤小豆あずきだったため、そこから適当に考えた名前だ。

というより男なのに小豆っていう名前のせいで子供の頃はよく弄られたものだ。


 YooTubeという世界的に有名な配信サイトに投稿し、星の数ほどいるライバーの波に埋もれながらもようやく登録者数が3000人を超えたばかりだ。

収益化も通っているが、入ってくるお金だけでは生活なんて出来ないため、今も変わらずバイトしている。

いつか配信業だけで喰っていけるようになったら良いのだが、それはまだまだ先の話だろう。


 あぁ、そうだ思い出してきた。

3000人になった記念配信をしていたんだ。

生配信で100人くらいの人が来てくれていた。

普段配信しても50人前後ということを考えると随分集まってくれたなと感動したのを覚えている。

そんな中に変な奴からスパチャを貰ったんだったっけ。


:【神】3000人おめでとう! もっと面白いことをしたくない? 500円

:神www

:やったなウマミw。神来たぞwww


「え? 神様? はっはっは! ホントだ! 神様スパチャありがとう! そうだね面白いことしたいなー」


:ウマミゲーム上手いんだからもっとゲーム配信増やしたら?

:確かにな。結構初見の死にゲーもクリア早いし

:歌でも歌ったら? 男の歌なんて聞きたくねぇけど


「ゲームは好きだけど、お金ないんだよ……。でも今日はあり難い事にスパチャを結構貰えたから、何か買おうかな」


:【神】楽しいアクションゲームがあるから、後で声掛けるよ

:いっその事レトロゲーとかやってみたら?

:神がお勧めするアクションゲームとか草


「え? うんありがとう! じゃあツブッターにでも送ってもらっていいかな。

じゃあ、時間も遅くなってきたし、そろそろお開きにするね。おつかれ!!」


:おつかれ

:おつー

:おつおつ


 

 配信を停止し、一息ついた。

そして、早速SNSでお礼なんかを呟こうかと思った時、DMが来ているのは分かった。

さっきの神って人かな。お勧めゲームを教えてくれるみたいだし、見てみるか。

そう考え、DMを開いた時だ。






「あぁ、そうだ。それであの変な空間に飛ばされたんだっけ」


 そう一人愚痴を零しながら周りを見渡す。

少しぼろい壁があるどこかの部屋のようだ。

俺が今座っているのはベッドのようで、大よそ6畳程度の広さだろうか。

本当にベッドかと疑うような固さのマットを確かめながら、ゆっくりと立ち上がる。

すると一つの違和感に気付いた。


「なんかいつもより目線が高いような気が……」


 俺の身長は160cmとかなり小柄だ。

それが何故か妙に視線がいつもより高い。

変だなと思って自分の身体を見てみると、先ほどまで来ていた部屋着ではない。


「なんだこれ、いつ着替えた? ってか、なんか見覚えあんだけど……」


 スニーカーにジーンズ、そしてエプロンのような物があるこの黒い服は割烹着か?

っていうかこれ間違いない。


「ウマミダイズの衣装か!?」


 料理が出来もしないくせに名前からのイメージで着ている割烹着。

そこそこ有名な絵師さんにお金を出して作ってもらったもう一人の自分。

それと同じ衣装を着ている。


「ちょっと待てということは……」


 自分の頭を触る。

伸ばしっぱなしにしていたボサボサの髪ではない。

サラサラとした短髪の感触だ。

髪から顔、そして腕やお腹なんかを触っていく。

あぁこれは間違いなさそうだ。


「俺ってウマミになってるのか?」


 元々身長にコンプレックスが合ったため、アバターのウマミは身長180cmという高身長にしている。

つまり20cmもサバを読んだのだが、その結果が今の目線の高さなのかもしれない。


 俺は次にベッドの近くにあった窓ガラスの方へと足を進める。

自宅にあるような綺麗なガラスではなく、どこか歪な形をしたガラスだ。

震える手を抑えながらゆっくりと止め具を外し、窓を開けた。


 そこに広がる眼下には、多くの人が往来し、道には露店のような店が並んでいる。

恐らく俺がいる場所はどこかの建物の2階のようだ。

近くに広場があるようで見晴らしはよく、そこから見える街並みは本当にゲームのファンタジー世界のようでもあった。


「――す、すっげぇな」


 そのまま後ろに後退し、ベッドにぶつかってしまいそのまま固いベッドに座った。


「これは所謂異世界転生的なやつ? いや、そんなバカな話が……」


 一瞬、急に訪れた非日常に心が舞い上がってしまいそうになったが、冷静に考えてこの状況はかなり不味い。

あの神が言っていた事を思い出せ。


「確か、”楽しいアクションゲーム”って言ってたよな」


 アクション。

つまり戦う系の世界って事か?

無理無理無理。

運動なんて大学卒業してから何もしてないんだぞ。

定番で考えれば、外には魔物がいるって事じゃないのか!?

RPGで言う序盤の町であれば、外にいる魔物は弱いかもしれない。

でも、そんなゲームっぽい感じなのか?

開けた窓から見える街並みの遥か向こう。

そこに巨大な壁が並んでいる。


 つまり、あの壁はこの町を守るために建造された物ということ。

言い換えれば、ああいった壁が必要になる程度の何かがあるという事だ。

仮に魔物なんて存在がいなかったとしても、どこかと戦争をしていて、外に出たら辺りで戦いが起きるという可能性だってある。


 どうすればいい。

このままここに居ていいのか?

そもそもこの部屋は本当に俺がいて良い場所なのか?

そう頭を抱え悩んでいると視界の端に何か見える。

視線をずらすと、気付かなかったのだが、ベッドの直ぐ近くになにやらRPGの宝箱のような物が置いてあった。


「――開けてみるか?」


 流石にこんな無用心に貴重品を置いているとは思い難い。

だがらと言って開けていいという流れにはならないだろう。

RPGじゃないんだ。人の家の宝箱を開けて許されるのは勇者くらいだ。


 でもこのままじゃ、ジリ貧だ。何をすればいいのかも分からない。

こんな状態で配信しろって意味が――


「そうだ、配信だ」


 あの神はなんて言っていた?

そうだ、配信しろと言っていた。

でもどうやって配信なんてするんだ? ここにはPCなんてない。


「そもそもなんの配信をしろってんだよ、こんな場所で雑談か?」


 そんな訳がない。

自分で言ってるがもう気付いている。

今のこの状況を配信しろってことなんだろう。

でも、どうやって?


「やっぱり開けてみるか」


 俺は恐る恐る宝箱に近付き、ためしに蹴ってみた。

特に反応はない。


「開けたら矢が飛んでくるとか、そんなトラップじゃないだろうな」


 念のため、正面から開けず、横側からゆっくりと箱を開けた。

震える手を押さえながら慎重に。

何があっても逃げられるように、気をつけながら箱を開けた。


「なんだこれ?」


 そこには一冊の本が置かれていた。





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