カゲロウスガタ

影迷彩

──

夏の道路から熱気が立ち籠り、白線に沿って並び立った家が揺らめいて見える。

住宅街の向こうは爽やかな山の緑に囲まれているが、こんな季節ではむしろ鬱蒼としていて蒸し暑いとすら思える。


俺はそんな光景を2階のベランダからぼんやり眺めていた。窓の縁に上半身を倒し、足を組みながら手で顔を仰いでいる。


部屋にはアトリエとして必要な画材が揃っている。絵の具と木製のパレットなどが床に散らかっていて、それらは匂いが籠り部屋の蒸し暑さの原因のようだと感じられる。


キャンパスに描かれた裸婦画はまだ完成していない。モデルとなった女性を思い出そうとしても、全く思い出せない。


そもそもモデルとなった彼女は、志願したわけでも俺から頼み込んだわけでもない。ただ俺が昨夜彼女の抱いた身体を、何とか思い出して描いているところだった。


キッカケは何だったろうか。酒の席でいつの間にか隣にいた彼女に、売れない画家としての苦悩をベテランの真似事で語ったところ、大ウケした彼女に気に入られたからか。


あどけない笑みと少々あるタッパは、俺と同年代か少し上のようにも見えた。肉付きはほどよくあった。


起きたら割り勘分のホテル代を置いて彼女はいなくなっていた。連絡先どころか、名前すら聞けてなかった。


俺は一期一会なあの夜に囚われているかもしれない。絵に起こす作業というのは、あの記憶を大切にし、そして先を見通せない俺への慰めとして形にしたいだけかもしれない。


しかし今はスランプに見舞われている。夏の暑さと共に、時が経つにつれ朧気になっていく記憶は、あの夜の記憶の原型を留めなくなってきている。


俺は再び酒を飲みに、夕方からアトリエを出る予定だ。ある程度描きあげる予定が、色づけまで行えていない。

俺は悩んだ。再び彼女に会いに町をさ迷うか、記憶の思い出が消えないうちに画家としてあの夜見たものを描き残すか。


肌色が足りないと感じてきた。

俺はそう思い、アトリエのドアを開き外に出た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

カゲロウスガタ 影迷彩 @kagenin0013

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ