第16話 少女の戦いと敗北

 戦いの左翼。

 スキールの周辺には無数の樹木が生えていた。

 無数の樹木は無数の枝で、スキールを攻撃してくる。


「臭いほどにシャラじゃのぅ」


 多少のイラ立ちを見せながら、向かってくる枝を避けたり払ったり燃やしたりする。

 そんな風に戦いながら、スライとサイの戦況を感じ取っていた。


(あるじ様は流石の瞬殺。サイも力を解放し、敵を倒したと見える)


「わらわも片付けんとのぅ!」


 紫色の炎をたぎらせる。


「デビルフレイム!」


「これは鋭い炎ですねぇ」


 ウッドは樹木を召喚し、盾として防ぐ。


「樹木のクセに、わらわの炎を防ぐとは……!」

「生きている木は、水を含んで燃えにくい。自然世界の常識ですよ?」


 ウッドは、スキールの背後に移動していた。


「洒落クサイわぁ!!」


 スキールは振り返り際、右ストレートを叩き込む。

 しかしそれは、大きな切り株に変わっていた。

 完全な変わり身の術。

 スキールは、完全に翻弄されていた。

 

 そんなスキールを、ウッドは空から見下ろしていた。


(私の推測によれば、彼女の力は私よりも上)

(上級魔神の三指に入り得る実力の持ち主)


 その分析は、完璧に当たっていた。


(しかし彼女のような魔族は、強いがゆえに工夫を知らない。

 私のような小細工を知る魔族には、いとも容易く翻弄される)


 ウフフフフ。


 ウッドは独特の笑みを漏らすと、街に向かって飛んで行った。


(私たちの目的は、勇者の末裔に『種』を植えつけ覚醒を促すこと。頭を使わない戦いも敗北も、私以外がやればよろしい)


 ウッドは敗北したフレイムやシュヴァルツを見やった。


(そのへんフレイムやシュヴァルツは、なんともはや頭が悪い。

 目の前の相手が勝てるかどうかもわからないまま、前に出て『終わる』のだから)


 ウッドは五曜星の中で、もっとも弱い。

 それゆえに驕らず、狡猾であった。


  ◆


 ルールーvsアクーアの局面。

 

「アタシの顔にヒザを入れるとか、ふざけてるけどやるじゃない」


 アクーアは鼻の右を押さえて、溜まっていた血をブッと吹き出す。

 ファイティングポーズを取った。

 しかし膝が笑ってる。

 アクーアは、戦慄した。


(アタシは、五曜星の一角よ?!

 それにこんなダメージを与えるとか、こいつは一体、どこの何者――――)


 考えていると、ルールーが消えた。

 身を低くしてからの、地面をすべるかのような移動。

 そこからの蹴り。

 言葉にすれば単純ながら、予備知識のないアクーアには完全なる奇襲。

 しかしアクーアは、空を飛んで回避していた。


「地上戦は得意なようね!

 だけど羽がないんじゃ、こっちが空から一方的よ!!」

 

 アクーアは、自身の右手に水球を浮かべた。

 だがしかし、ルールーの姿は消えていた。


「?!」


 などと思った次の瞬間。

 背中にズシリと、鈍い重量。


「飛ぶのは、ずるい………です。」


 ルールーだった。

 ルールーが、アクーアの背に乗っていた。

 

「羽のないお前が、どうやってここまで――」


 アクーアは、ルールーがいた場所を見た。

 地面が足跡でえぐれている。

 アクーアの背筋に、おぞけが走った。


(まさか単なる跳躍で?!)


「………ずるい。」


 ルールーは、アクーアの右翼に手をかけた。


「羽には、羽には手をかけるなぁ!!」


 大多数の魔族にとって、羽は象徴にして誇りだ。

 騎士が背中の傷を恥としたように、魔族は羽の傷を恥とした。

 増してもがれると言うことは、最大級の屈辱にして侮辱。


 しかしルールーは言った。


「はかいがイヤなら、使うな………です。」


 べりいぃ!!


「アアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」


 断末魔めいた悲鳴。


「貴様アァッ!!!」


 アクーアは、激高した。

 目の色が変わる暴走状態。

 拳のラッシュをルールーに放つ。

 線香花火めいた打ち合いが繰り広げられる。


 形勢は、ルールーの圧倒的優勢。

 アクーアの打撃は、当たっていても効いていない。

 逆にルールーの打撃は、多少急所を外れても濃厚で重い。


 ルールーの、カカト落としがアクーアに入った。

 アクーアは落ちる。地面でバウンド。体勢を起こす。

 ルールーの突撃。


(メタモルフォーゼ!)


 アクーアは右手を槍の穂先に変化させ、突きを放った。

 その一撃はルールーの頬をかすめると、地面を激しく抉っていった。

 ルールーの頬から、血液の代わりに霧が吹きだす。


(コイツも魔族?!)


 驚愕した次の瞬間。

 アクーアの腹部に、拳がめりこむ。


「かはっ……!」


 アクーアは血を吐いた。

 その血飛沫は、まるでスローモーションのように見えた。


(これは危なっ――)


 ルールーは、本能的に危険を感じた。

 だが遅い。

 アクーアが、勝ち誇った笑みで言う。


「メタモルフォーゼ・ブラッディランス!!!」

 

 八滴の血飛沫が八本の槍となり、ルールーを貫いた。

 アクーアは、自身の体を武器に変えれる。血液だろうと例外ではない。

 八本の槍は、ルールーの喉笛、心臓、両肩、両肘、両足を貫いた。

 ルールーは、仰向けに倒れた。


 乱雑な標本のように残酷な串刺し。

 アクーアは絶命を確信し、自身の口元をぬぐった。


「魔族のクセに、魔族の翼をもぎりやがって」


 ルールーに背を向けて、もがれた翼に向かって進む。


「まだくっつけばいいんだけど……」

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