第11話 自分を慕う者と戦いの始まり

 オレが敵を倒すと決めると、レッドスライムのレスラーが言った。


(あるじー)


「どうした?」


(はっせんまんは、たいへん)


「そうだな。8000万は大変だな」

「大変だとか、そういう次元で語れるような話では……」


 ギルドマスターはぼやいているが、キースラとブルースラが言った。


(おなかへる)

(おなかへる、かなしい)


「おなかもすくな」


(たいへん分のごはんほしい)


「まったくの正論だ」


 オレはうなずき、金貨の袋を差し出した。


「ありったけの食材を持ってきてくれ」

「う、うむ」


 ギルドマスターは、指示を飛ばした。

 テーブルの上に、山盛りの料理が置かれる。


(おいしい!)

(ごーじゃす!)

(ぜいたくの王!)


「スライ………。」


 ルールーが、オレの袖をくいっと引いた。


「わたしは、どこで戦えばいい………?」

「王都に避難がベストだな」


 悲しい思いをしてきたこの子は、何があっても幸せになるべきだ。

 ルールーは、両手でオレの袖を握った。

 瞳でじいっと、拒絶の意志を訴えてくる。


「………。」

「でもそれが安全で」

「………。」

「オレはレアなスライム見つけたら、追いかけるかもしれないし」

「ぜったい止めなきゃ、いけなくなりました………。」


 ルールーは、静かに拒否を続けていた。

 しかし断りの声が重なるにつれて、声に涙が混ざり始める。


「あなたがいなくなったら、わたしは…………。」


 ルールーは思い出す。

 暗い地下室の奥で鎖に繋がれていた、過去の記憶を。

 あの時はまだ、父がいた。

 しかし父がなき今、スライまでがいなくなったら――。

 

 ルールーの脳裏に浮かぶのは、完全な暗闇でひとり鎖に繋がれる自分。


「やだあぁ………。」


 ルールーは泣き出した。

 子供のようにぼろぼろと、大粒の涙をこぼしてしまった。

 オレはルールーを優しく抱きしめ、よしよしと撫でた。


 ギルドマスターに言う。


「多少の討ち漏らしがあっても構わないか?」

「1万や2万でも、ありがたすぎる数字なのだが」


 話はまとまった。


「オレは無理しない。

 ほどほど(5000万以上)をメドにして、深追いも避ける」

「ぜったいに………しなない?」

「絶対に死なないよ」


 ルールーは泣き止んだ。


「あなたを、信じます………です。」


 オレはマスターに尋ねた。


「比較的安全だけど、欠かせない役割ってあるか?」

「避難民の護衛だな」

「それはかなり大事だな」


 それでいて、オレがモンスターを討伐しまくれば戦うことになる可能性も低い。

 ルールーに言った。


「今託されたのは、危険こそ少ないが大切な任務だ。

 オレの隣にいたいなら、しっかりとこなしてくれ」


 ルールーは、両手をグッと握って言った。


「ぜったい………がんばる。」


  ◆


 外。

 ギルドの前。

 出てきた料理が思っていたよりも多く、少々準備に時間がかかった。

 それでも支度は整った。


「行ってくる」


 オレはキースラとブルースラに、筒の中で眠っているグースラに言った。


「ルールーを頼むぞ」

(がんばる!)

(まかされた!)

(ぐぅ………)


 キースラとブルースラは、元気に跳ねてルールーに乗った。

 満腹なのでとても元気だ。

 グースラは、筒の中で眠っている。


「よしっ!」


 オレはみんなに背を向けた。グッと軽く腰を落として、反動で走り出す。

 加速する――加速する。

 周囲の景色が、糸になるほど加速する。

 城壁が見えてきた。

 完全に閉じられている。


 ジャンプした。

  

 城壁。

 城壁。

 城壁。

 青い空に黒い雲。

 推定5キロほど先に、魔物の災害が発生している。

 城壁の上には、ギルド員や冒険者が何人もいた。

 ついさっき、ぶつかり稽古を挑んできたモヒカンもいる。


「スライ?!」


 モヒカンが驚くと、酒場にはいなかった彼の仲間も続いた。


「王子パーティを追放された雑魚が、どうしてここに?!」


「枯れた大地に雨が降ったら、お前たちはどうする?」

「神のご慈悲に、深い感謝をいたすが……」

「それとまったく変わらないことを、今のオレにすればいい」


 オレはポーズを取った。


「行くぞレスラー!」

(りょうかいですーっ!)


 変身!

 

 オレとレスラーはひとつになった。

 炎を基調とした、炎神の姿に。

 モヒカンが言う。


「戦ってくれるのか……? 俺たちのために……」

「オレはオレを慕う相手を、できる限り守りたい。

 先代の王じーちゃんも父さんも、そういう風に生きていた」


 オレは温かな笑みを浮かべて、モヒカンに言った。


「お前はオレに卵をプレゼントして、ぶつかり稽古を挑んでくるほどオレを慕った。

 守りたい相手のひとりに、入ってくるのは当然だ」

「そういうことにしてくれるのか……」


 モヒカンはうつむきつぶやく。

 モヒカンとは別の、酒場にいた冒険者たちが続く。


「心の強さでも俺たちは、アンタの足元にも及ばなかったんだな」

「正直に言えば、俺たちは嫉妬していたんだ。

 どこの生まれかもわからないクセに、王子のパーティに選ばれていたアンタに」


 それは無理もないと言えよう。

 クルルは騎士の名門で、ローザは公爵家の三女。

 リスティは庶民だが、選抜武道会の優勝者。


 一方のオレは、自由が好きなフリーの無職。

 妬んでしまう人間がいるのも、仕方ないことだと言える。

 だからと言って、自分を変えるつもりはない。

 オレが自分を変える理由は、オレの中にしかない。

 他人がどう評価するかは、どうでもいいのだ。


 ランプから、二柱の魔神を呼び出した。


「スキールは左翼。サイは右翼で、敵の『壁』となってくれ。

 中央に誘導されてきた敵を、オレが全員ぶっ倒す」


 それがかつて父さんたちと行った、モンスターハザード攻略の陣形だ。

 違いと言えば、当時は左翼だったオレが、中央で戦うという部分。


 スキールは、いつものように飄々と。

 サイはいつも通りに、恭しく言った。


「りょーかいですじゃ」

「命に変えても果たします」


「それともうひとつ」


 オレはもっとも大切なことを、ハッキリと言った。


「死ぬなよ?」

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