第10話 無双な親と最強な息子

 ギルド――酒場も併設されている――に入った。

 騒がしかった空間が、オレを認めると静まり返る。

 ひそひそ話す声も聞こえた。


(王子パーティを追放されたスライじゃねーか)

(あんなに無様に追放されて戻ってくるとか、恥知らずにもほどがあるだろ)

(俺なら恥ずかしくって死んでるぜ)


 笑い声が響く。

 

 小柄な女がやってきた。

 長い銀色の髪をポニーテールに結った、眼帯の女だ。

 ギルドマスターのマスターである。


「悪いがスライ。

 出入り禁止だ。

 王子パーティを追放されたキミと仲良くしていたら、王子からの心象が悪くなってしまう」


 酒場のやつらが合唱を始める。


「「「かーえっれ! かーえーれっ! かーえーれっ!」」」


「ここにいるみなも、キミを歓迎していない」


 オレはギルドの光景を見て言った。


「ローティの独立を、オレの存在で曇らせるな――ということか」

「なに???」

「オレが近くにいるだけで、オレへの依存心が蘇る可能性は否定できない。

 だから心を鬼にして、出入り禁止を言い渡す。

 そういうことだろ?」

「いったい何を言っているのだ?!?!」


 ギルドマスターの動揺に、スキールがぽつりとつぶやいた。


「ウチのあるじ様は、かつての仲間には甘いというか、ピントが外れるところがあるのぅ……」


 スキールはそう言うが、そんなことはないと思う。

 ローティを思うみんなの気持ちに、オレは素直に感動する。


「これでも食らえやぁ!」


 モヒカン男が、オレに卵を投げてきた。

 オレはキャッチし、スライムのみんなに問いかけた。


「卵を食らえって言われたがどうする?」

(たべる!)


 オレは卵を宙に放った。

 一回転して右手で手刀。卵を割って、左手で炎。


「ファイアーボール!」


 卵が一瞬、ぼわっと浮いた。

 皿を素早くセットする。


「お前たちの大好きな、半熟のめだま焼きだ」


(やったー!)

(うれしい!)


 みんなが卵にくっついた。


 \おいしい!/


「タマゴをくれたあの人に、キチンと礼を言うんだぞ?」


(((はい!)))


 スライムのみんなは、元気に震えた。


「テメエェェェェェェェェェェェェェェェ!!!!」


 卵を投げたモヒカンが、オレに向かって突撃してきた。

 

 酒場にいた他の冒険者たち――総勢50人が、モヒカンに続いた。

 マスターは言った。


「ほどほどにしておけよ?」


「スライに手を出すなら………。」


 ルールーが、赤い瞳で殺意を放った。

 スキールとサイも、不穏な空気を50人に向かって放つ。 

 オレは左手に卵の皿を乗せたまま、右手で三人を制した。


「大丈夫だ」


 先頭のモヒカンに、右手の指を一本突き出す。

 動きを止めて足払い。


「グワアァァァァァァァァァァァァ!!!」


 モヒカンは、その場で高速回転した。

 地面に倒れる。

 ルールーに、笑顔を向けて親指を立てた。


「マスターが言う通り、ほどほどに押さえる」


「お前に言ったわけではないぞ?!?!」


 マスターは何か言ったようだが、オレは気にしないことにした。


 冒険者たちを、足と右手で倒していく。

 スライムのみんなは、半熟たまごを食べている。

 食事の邪魔をしないよう、左手は常に上。

 舞踏の動きをイメージしながら、50人を積み上げた。


 マスターが、驚愕の表情を浮かべている。


「キミは……こんなに強かったのか?」

「前はローティたちに経験を積ませるため、後方支援しかしていなかったからな」


 ギルド民の山を見る。


「しかしオレの強さを肌で感じようとする彼らの姿勢は、すばらしいの一言に尽きるな」


 オレは単なる事実を言った。


「有無を言わさず飛んでくるのは、熱意に溢れすぎとも言えるが」


 一応苦言も呈しておく。

 彼らの心意気はすばらしいものの、慎みを忘れてはいけない。

 ギルドマスターが頭を下げる。


「……すまない。

 私は『王子パーティを追放』という事実だけで、キミという人間をロクデナシだと思っていた。

 本当のキミは、自分で戦えば得られる名声を捨ててでもパーティに尽くし、襲撃した相手を責めることもしない。

 そんな人格と実力の両方を兼ね備えた、英雄王の器だった」


「大したことはしていない。

 ローティとの関係も、じーちゃ……先代の王からの〈成人するまでよろしく頼む〉を聞いていただけだ」

「義理人情にも厚いとは……。まさに完璧だな」

「すてき………♥」


 ルールーが、オレの背中にくっついてきた。


 マスターが言った。


「それで結局、何しにきたのだ?」


「ローティたちのクエストは、どうなったかと思ってな」

「平時ならFランク。増殖期でもDランク領域の雑魚退治だ。

 実質Sランクにいる王子様一行が、失敗するはずはなかろう」

「調査員は派遣したか?」

「王子が、『無事に終わった』と言ったんだぞ? 調査員など送ったら、不敬罪に問われかねん」


 マスターは、真剣な顔でそう言った。

 そもそもローティのことを、信用していない雰囲気がある。


「それに北の森なら、ハザードが起きても100万規模だ。

 元がFランクのモンスターと思えば、私ひとりでも対処可能だ」

「それでも一応、チェックはしてくれ」

「……わかった。

 明日にでも、ギルド員に確認調査を依頼しておく」

「礼を言う」


 しかしこのお話は、無駄に終わってしまった。


「マスターーーーーーーーーーーーー!!!」


 ギルド員が入ってくる。


「北方の森に、ハザードクラウドが!!」

「なんだと?!」


 ハザードクラウド。

 モンスターハザードが発生した時、災害地の上空に発生する黒い塊。

 その正体は、飛行系モンスターの集まりだ。

 雲の大きさと色合いを見れば、ハザードの規模がおおよそわかる。


「推定規模は、どのくらいだ?!」


 ギルド員は、ごくりと唾を飲んで言った。


「8000万です」


「8000万……?!」


 マスターが、青ざめてよろける。


「あり得ん……。北の森だぞ?」

「さらに斥候の報告によれば、ブラックドラゴンなどの姿も……」

「ブラックドラゴンだと?! 北の森には存在しえない、Aクラスモンスターではないか!」

「しかし現実に、それほどの雲とモンスターが出ているのです!」


 ルールーが、小首をかしげた。


「………すごいの?」


 マスターは答える。


「軌道線上にある都市をすべて放棄。

 魔物の餌場にならんよう、街のすべてを焼き払う。

 冬を越すために蓄えてきた食物。

 思い出が詰まった家や街。

 逃げ足の遅い老人や病人。時には妊婦や子供ですらも、魔物の栄養エサにならんよう消し炭にする。

 そのような行為を、10を超える街や村に行わなければ対処できん」


 ギルドマスターは、悔しげに言った。


「相手の『エサ』となるものを徹底的に削減し、餓死を狙うことでしか戦えんのだ……!」


 握られた拳からは、赤い血液が垂れた。

 ルールーが蒼白になる。


「オレが立ちあがるしかないようだな」


「戦う気か?!」

「オレひとりだと厳しいが、仲間がいればなんとかなる」

「8000万だぞ? 800万ではないのだぞ?」

「問題ない」


 オレは確信していた。


「あれは20年前のことだ。

 西の孤島に悪の兆しアリ――という予言が、宮廷の占い師から出された。

 孤島ゆえに騎士団は出しにくい。

 だからじーちゃ……先代の王と今の王。それからオレと、オレの父さん。

 当時の国家最高戦力で、問題の孤島へと向かった」


 オレは当時を思い出す。


『ぬおおおおおおおおおっ!!!』


 雄叫びをあげながら、船を持って海を走るじーちゃん。

 15代目レイブレイド王国の王にして、人類史最強とも謳われた戦士。

 オレがもっとも尊敬する人のひとり。

 船の上には、当時25歳だった今の王とオレの父さん、そしてオレが乗っている。


「何も父上が、船を担いで走る必要は……」

「担いだほうが! 速い!! じゃろがい!!!!」

「確かに船で進むより、父上が担いで走ったほうが速いですが……!」


「見えてきたぞ」


 今の王(当時は青年)が言った。


「推定規模は……8000万と言ったところですか」

「ワシが8000万を打ち倒しおヌシらが立って見ていれば、討伐できる計算じゃな!!」

「それ父上が、全部ひとりでやってますよね?!」


 父さんが言った。


「若とスライの修行でもあるんだ。爺さんは、サポートに徹していてくれ」

「そういうことなら、言葉に甘えるとしようかのぅ!!」


 じーちゃんは、ハザードクラウドに向かってオレたちの船を投げた。

 父さんが、獰猛な笑みを浮かべて叫ぶ。


「行くぜお前ら!!」


「あっ、ああっ」

「はいっ!!」


 父さんの号令に、王子はレイピア。オレは拳を構えた。

 そしてオレたちは父さんを中心に、三人で8000万を討伐した。


「懐かしいなぁ……」


 オレはしみじみつぶやくが、ルールー以外の全員が引いていた。

 スキールが、全員を代表するかのようにつぶやく。


「人知を越えた回想を見たのじゃ……」


 スキールがぼやいていたものの、オレはまったく気にしない。


「オレは父さんのことも尊敬している。

 父さんが勝利した相手に、負けるつもりは毛頭ない。

 逃げるつもりは論外だ」

 

「すてき………です。」


 ルールーが、オレにすりすりくっついた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る