第82話 エルフの王宮
目を覚ますと、無駄に明るい空間にいた。身体が重くて動かない。リディは目だけで周囲を見回した。
「目が覚めた?」
ベッドの傍にはシルヴィアがいた。視界はぼんやりとぼやけていて、シルヴィアの姿がはっきり見えるまで少し時間がかかった。
「ここは?」
「エルフの王宮よ。もうすぐ治療師が来るわ」
シルヴィアの言う通り、すぐに治療師が数名来た。治療師たちはエルフ語で何かを話し合いながら、治療を始めた。何を話し合っているのか、リディには分からなかったが、治療師たちは呪文を唱えたり、リディに薬を飲ませたりした。治療師のおかげで、リディは少し身体が動くようになった。身体を起こそうとすると、治療師たちが魔法で支えてくれ、大きなクッションを背中の下に入れてくれた。
「体調はどう?」
治療師の一人が、リディに問いかけた。共通語だったので、リディにも何を言っているのか理解できた。
「だいぶマシになった」
リディがそう答えると、治療師たちは満足そうに部屋を出ていった。リディはシルヴィアの方を見た。シルヴィアはリディの手を握り、優しい眼差しをリディに向けていた。
「シリルは?」
「無事よ。もう回復してるわ」
「会いたい」
「呼んでくるから大人しく待っていてね」
シルヴィアは部屋を出ると、すぐにシリルを連れて戻ってきた。
「リディ!」
シリルはリディに駆け寄ってきた。見る限り、怪我もなく、元気そうだ。
「良かった。もう、ダメなんじゃないかと思った」
「大袈裟な」
「大袈裟なんかじゃないよ。ずっと目を覚さなかったんだから」
リディはエマのことを思い浮かべた。長い間、帰らないリディを心配しているだろうか。
「じゃあ、私は行くわね。何かあったら呼んでちょうだい」
シルヴィアはそう言って、どこかへ消えた。シリルは先ほどまでシルヴィアが座っていた椅子に腰掛けた。そして、あたりをキョロキョロと見回す。監視を警戒しているようだ。そして、小声でこう切り出した。
「あのエルフの女の人は誰?」
「シルヴィアのことか?」
「違うよ。オーラに呪いをかけた」
「あいつか。知らねえよ」
「でも、あのエルフ、リディと魔力の気配が全く同じだったよ」
リディはあのエルフの女が現れた時の、違和感を思い出した。なんとも言えない、気持ち悪い感じ。シリルが言うように、リディとあの女のエルフの魔力の気配が全く同じだったからなのだろうか。
「それに、リディ、エルフ語が分かるの?」
「はあ?分かるわけねえだろ」
ギルバートは、エルフの血族以外にエルフ語は使えないと言っていたし、先ほども、治療師たちの話すエルフ語を理解できなかった。
「でも、あのエルフの女の人と話してたでしょ」
「共通語だっただろ?」
「違うよ。最初から最後までエルフ語だった。エルフ同士が共通語で話すわけない」
「確かに……」
「俺は全く理解できなかったし。あ、何も覚えてないふりをした方がいいよ。記憶を消されそうになった」
「じゃあ、なんで覚えてんだよ?」
「あの日、オーラに守護魔法かけてもらったでしょ。あれのおかげで忘却魔法が効かなかったみたい」
忘れたふりをするくらい、なんでもないが……リディにも、何が何だか分からなかった。しかし、どうでも良かった。知らなくてもいいことは知りたくない。あの幽霊のようなエルフの女が言っていたことだって、別にどうでもいい。エルフたちがどうにかしてくれることに、首を突っ込むつもりもない。
「何があった?」
「オーラが倒れた後、リディはエルフの女の人と一言二言くらい話してたよ。何を言っていたのかは分からなかったけど」
「あの女のエルフが消えた後は?」
「リディが苦しみ始めて、魔力が暴走した。俺も巻き込まれたけど、オーラの守護魔法のおかげであんまり被害はなかったよ。でも、アシって呼ばれてたエルフは死んだみたいだったし、リディも血まみれだった」
自分の魔力で重傷を負ったなど、情けない。リディは自嘲気味に笑った。
「巻き込んで悪かった」
「仕方ないよ。エルフの女の人に何かされたんだと思う。あの人と話した後、急に苦しみ出したから」
「それで、オーラは?」
「分からない」
シリルは首を横に振りながら言った。
「ライネとヨニにも会えてない」
「……そうか」
リディはエルフの女が言っていたことを思い出した。よく分からないが、二人の魂は合成されたらしい。合成というのは、リディたちが見せられたあれのことだろう。そして、合成した魂は壊れたとか言っていた。リディには、ライネとヨニが無事であるようには思えなかったが、わざわざシリルに伝えるつもりもなかった。エルフたちが治療をしていると言っているのだから、それを信じるべきだ。
「リディの回復を待って、俺たちは帰ることになってる」
「もうどこも悪くないし、帰れるんだけどな」
「よく言うよ。半月近く目を覚まさなかったくせに」
「そんなに寝てたのか?」
長い間目を覚さなかったのだろうとは思っていたが、まさかそんなに長い間眠り続けていたとは驚きだ。
「そうだよ。どれだけ心配したことか。ギルバート様はきっと、怒り狂ってるよ」
「連絡取ってねえの?」
「ここでは結界が強すぎて魔法が使えない。多分、リディでも無理」
リディは簡単な魔法を使おうとしたが、それすらもかき消された。シリルの言う通り、魔法は使えないようだ。エルフたちはこれだけ強い結界の中でも余裕で魔法が使えるのだ。つくづく、相手になれる存在ではない。
「とにかく、大人しくして、さっさと帰ろう。ここは息が詰まるよ。エルフって、人間のことを自分では何もできない赤ちゃんくらいにしか思ってないからね」
シリルはうんざりした様子で言った。リディは赤ん坊扱いされているシリルを思い浮かべて笑った。
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