第71話 四面楚歌
翌日も、その翌日もリディはエマに会えなかった。リディはどうやら夕方頃に家に帰り、植物の手入れをした後、リディが帰宅するより前に研究所へ戻り、宿舎に寝泊まりしているらしかった。
「どうやってマイユールと研究所を行き来してるんだ?」
リディが呟くと、隣で朝食を食べていたシリルが顔を上げた。
「俺が魔力をあげてる」
「はあ?何言ってんだ?」
「マイユールと研究所を結ぶ魔法は、リディが作ってるから、魔力を封じ込めた物を持っていれば、魔力がない人でも使えるんだよ。だから、エマに俺の魔力を封じ込めた髪留めをあげた」
「何勝手なことしてんだよ」
「だって、エマがリディと話したくないなら可哀想だし」
「エマに避けられ続けてる私は可哀想じゃないのか」
「リディは大丈夫でしょ?」
なんとなく馬鹿にされている気がしてリディはイラッとした。
「エマなんか言ってたか?」
「何も。でも、落ち込んでるみたい」
「そうか」
リディはため息をつく。エマも誰かに言いたくても言えない状況なのだろう。セルヴェ家の娘だということは、ギルバートとテオドアしか知らない。そのうちのテオドアと微妙な感じになっていて、ギルバートとはあまり関わりがないとなれば、話す相手もいない。確かに可哀想だ。
「二人とも朝食を終えたら俺の部屋へ来てくれ」
突然リディの頭の中にギルバートの声が響き、リディは舌打ちをした。シリルは仕方がないと言うように肩をすくめた。
食事を終え、リディはシリルと共にギルバートの執務室へ行った。今日もテオドアの姿は見えない。
「例の件の関係で、仕事を頼みたい」
「例の件?」
リディが言うと、ギルバートは眉間に皺を寄せた。リディは自分がおかしいのかと思い、シリルを見たが、シリルも何の話か分からないようだった。ギルバートは呆れたように息を吐く。
「掲示板に張り出されていただろう」
「掲示板?」
そんなものどこにあるのだろうかとリディはシリルを見たが、シリルも首を傾げていた。
「研究所の玄関ホールにあるだろう」
「知りません」
シリルも頷く。ギルバートはもう一度ため息をついた。
「大事な知らせが貼ってある。今度から確認するように。で、噂も聞いてないのか?」
「噂?」
「陛下が婚約される」
「へえ」
「やっとですか」
「ああ、やっとだ。国民への発表はまだだから、外部へは漏らすなよ」
「分かってますよ」
「国民へ婚約発表は五日後。お前たちには、婚約者の警護を任せたい。詳細は追ってテオドアから伝える。以上だ」
ギルバートはそれだけ言うと、仕事に戻った。それまで仕事はないのだろうかと思うと、リディは憂鬱な気分になった。エマの研究室に行けない今、あの湿っぽい自分の部屋に籠るしかないのだから。
「学校行くのか?」
ギルバートの執務室を出ると、リディはシリルに尋ねた。
「いや、今日は行かないよ。部屋で卒業課題仕上げようかな」
シリルも忙しいらしい。リディは本格的にやることがない。とりあえず研究所へ戻ろうとしていると、最後で扉が開いた。ギルバートが立っている。
「リディ、ちょっと」
嫌な予感はするが、どうせ暇だしと投げやりな気分でリディはギルバートの執務室へ戻った。シリルは手を振りながら、研究所へ戻っていった。
「なんですか?」
ギルバートは事務机ではなく、長椅子に腰掛けた。リディも座るように言われたので、向かいに腰掛ける。
「まだケンカしてるのか」
またその話かとリディはため息をついた。面倒くさいような気はするが、誰かに話したい気もしていたので、ちょうどいいかもしれない。
「ケンカというか、エマは怒ってます」
ギルバートはリディを見つめたまま、考え込むように顎に手を当てた。
「何か他にも余計なことを言ったんじゃないのか?」
「言ってないです」
「何も?」
リディは数日前のことを思い返した。リディに家に戻れと言って、それから……
「……エマの家族は私の家族じゃないとは言いました」
ギルバートは目を細める。
「そうかもしれんが、そうじゃないだろう」
「はあ?」
本当に、テオドアもギルバートも意味の分からないことばかり言う。リディの味方はどこにもいないのか。
「セルヴェ家が不仲という話は聞いたことがない。家族関係は良好だったはずだ」
「まあ、恋しがるくらいだしな」
「その家族を、家族であるお前に家族じゃないと言われれば複雑な気分になるだろう」
「はあ。そうですか?」
本当に意味が分からない。どう考えてもセルヴェ家とリディには何の関係もないのは事実なのに、それを口にしてはいけないのか。エマだって、会ったこともないシルヴィアのことを母親だとは思っていないだろう。
「全くお前は本当に……」
ギルバートはため息混じりに言った。
「なんだよ」
「なんでもない。とにかく、エマの研究室へ行けないのなら、暇だろう。ここにいろ」
「はあ?なんでですか?」
「お前がいた方がエルフ避けになるんだよ」
自分の護衛のことをどれだけ邪険に扱うつもりなのだろうか。確かに、一日中監視されていては息が詰まるというのも理解できる。しかし、護衛はすぐそばにいるから役に立つものなのだ。それに、リディがいたら二人が来ないという意味もわからない。
「こないだも同じようなこと言って、私の部屋に居座ってたけど、なんなんですか?何で私がいたらあの二人が現れないんです?」
「扉の向こうくらいにはいるんじゃないか?姿を見せないだけだ。まあ、気にするな。俺は仕事をするから、そのあたりで、好きに過ごしていろ。暇なら、仕事を手伝ってくれ」
「……手伝います」
何もせずにエマのことを考えるよりは、つまらない仕事でもした方がマシな気がした。ギルバートは書類の山をリディの方に寄越し、整理するように言った。リディはその大量の書類を一日かけて整理し続けた。
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