第8話


「──藤田さん」


 ……申し遅れました、藤田奈桜です。


 まだ裕紀さんが来ていない講義室の中、いつも彼が座る席の隣。

 私の特等席に座って彼の到着を待っていれば、名前を呼ばれたから振り向く。


「……なんですか?」

 声をかけてきたのはなかなかのイケメン。


 でもちょっとチャラそうで、人のいい笑顔が胡散臭い。


「俺、裕紀の友だちの歩夢って言うんだけど、知ってる!?」


 ──胡散臭いとか言ってごめんなさい。

 裕紀さんの友だちに悪い人なんていません。


「……すみません、裕紀さん以外の男の人はあまり見えていないもので……」


 そう答えると苦笑いする歩夢くん。


「裕紀、もうすぐ来ると思うよ」

 って素晴らしくいい情報をくれた。


 ──もう一度謝るね。

 チャラいとか言ってごめんなさい。


 「ありがとう!!」って笑顔を返すと、ぽかんとする歩夢くん。


「なに?」


 はっと我に返ったかと思うと

「え……いや、いつもクールな顔してるからさ。笑った方が可愛いじゃん、絶対!」

 とチャラさ全開の言葉。


「裕紀さん以外に褒められても嬉しくないです」

「ねえ真顔で言わないで」


 なんてやり取りをしているうちに


「……なにしてんの」

 その声に敏感に反応して振り向く。


「裕紀さん!!」

 私と歩夢くんを交互に見て怪訝そうな顔をする裕紀さん。


「おはようございます!好きです!」

 って言うといつものように「黙れ」って返された。


 そんなやり取りを見ていた歩夢くんが


「すっげー可愛いじゃん。奈桜ちゃん」

 なんて余計なことを言うもんだから机の下で足を蹴ってやった。


「……なんで名前で呼んでるわけ?」

 裕紀さんが何故か不機嫌そうに言う。


 私も不思議に思ったよ。なんで彼が私の名前知ってるんだろう。


「ダメなの?」

 歩夢くんが面白そうに笑う。私にはそんなに面白い理由が分からないけど。


「──いや、別に」

 裕紀さんはチッと舌打ちをして歩夢くんを睨むけど、その睨まれた彼はどこ吹く風。


「ダメです、裕紀さんにも名前で呼んでもらったことないのに」


「だから真顔やめて」

「黙れって」

 二人同時に突っ込まれる。


 歩夢くんが後ろの席から移動してきて私の横に座るもんだから、裕紀さんと歩夢くんに挟まれるという謎の両手に花状態。


 まあ別に歩夢くんには興味はないから、いつものように裕紀さんの横顔だけを眺めて授業を受けた。




「──今日はこれで終わります」

 先生の一言でガタガタと動きだす生徒たち。


 いつもならここで裕紀さんと強制的に世間話をするんだけど──。


「あっ!恭ちゃん待たせてるんだった!!」

 恭ちゃんとの待ち合わせ時間が迫っていることもあって慌てて荷物をまとめる。


「──裕紀さん、また明日!!」

 そう言って手を振ると私をチラリと見て


「……明日は俺につきまとうなよ」

 と冷たい一言。


 だけど、めげませんよ私は。


「却下です!!」


 べーっと舌を出していたずらっ子のように笑うと、講義室を走って出て行った。



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