揺れる想いとお正月 ①

 なにが起こったのか理解できずに呆然としていた。時間的にはほんの僅かで軽く唇が重なったぐらいだったが、間違いなく絢からのキスだった。お互い無言のまま絢は恥ずかしそうに俯いている。暗い中でも街の灯りで絢が真っ赤な顔をしているのが分かる。


「行こう……」


 絢が俺の手を取りバス停がある方向に歩き始める。まだ呆然としたまま無言で絢と手を繋いで歩いる状態だ。


「……怒ってる?」


 歩き始めて少し経ってから絢が不安そうに聞いてきた。さすがに状況が整理出来てきたがなんて答えたらいいのか迷っている。


「いや、怒ってはないよ……ただ……びっくりした……」


 とりあえず今返事ができるのはこれだけだ。絢は返事を聞いて少し安心した表情になる。


「本当は合格発表のあの日、よしくんが告白してくれた時にしようと思ってたの……今も気持ちは変わってないよ」


 絢は恥ずかしそうに囁くような声で俯いた。絢の俯いた姿を見て当時のことを思い出してみた。


(合格発表の日か……あの日にちゃんと返事をもらっていれば……絢の返事は決まっていたんだ……あの時返事を聞いてから行けばよかったんだよ)


 今更、後悔しても始まらないのだが、とりあえず今はどうすればいいのだろうとだんだんと焦ってきた。

 バス停に戻った後もお互い無言で待っていた。待っている間はお互い微妙な空気が続いていたが、手を繋いだままだったのに気が付いたのはバスに乗り込む直前だった。バスに乗る時に手を離したが、席は隣に座っていた。

 気まずい空気が続いて、不意に俺の頭の中にあることが思い浮かんだ。


「もしかして絢に会うのがこれで最後になるのか?」


 俺の突然な言葉に絢は困ったような表情になる。


「そんなことないわ、どこにも行かないし……みーちゃんだっているから……そんな心配はしなくて大丈夫だよ」


 絢が柔らかい笑みを浮かべると俺は安心した。いらない心配をしたのといろんな事のあった疲労で少しだけ目を瞑ったつもりだったが、そのまま寝てしまっていた。バスの到着順は絢が先になる。


「起きて! 私、降りるわよ」

「……ん、あぁ……えっ、も、もうここまで来たの?」


 意識の戻った俺は絢にもたれかかっていたので慌ててしまう。そんな俺を見て絢がクスッと笑っている。


「明日、練習頑張って……またね」

「う、うん……」


 まともに別れの挨拶も出来ずに絢はバスから降りてしまった。少し後悔をしたが、絢は「また会える」と言っていたので気持ちは楽だった。とにかく早く家に帰って布団に倒れ込みたかった。

 翌日の練習は美影との約束通り遅刻することはなかった。でもその日は美影の顔を直視することはなかなか出来なかったが、二、三日すると何事もなかったように話をしていた。


 冬休みになってバスケ部の練習は三十日が年内最後で年明けは四日から始まる。今年の年末年始は俺はひとりで留守番をすることになっている。両親と妹が温泉に二泊三日の旅行に行くからだ。温泉に若干心がひかれたが、自宅でのんびりと過ごす時間を選んだ。そのことは冬休み前に美影には話をしていた。

 今日も夕方に練習が終わり暗くなる前に家に帰ろうとしていた。


「明日で年内の練習は終わりだな」

「うん、そうだね」


 学校の坂の下まで美影と一緒に歩いて自転車を押していた。


「美影は年末年始の予定はあるの? それとも家でのんびりとするの?」


 何気なく俺は美影に聞いてみると意外な反応をした。


「あれ⁉︎ 聞いてないの?」

「な、何のこと……」


 立ち止まって頭を捻るが全く思い当たることはない……何か予定があったのか必死に考える。


「えぇ〜お泊まり会のこと……」

「……お泊まり会……そうなんだ……」


 よく分からないが、多分絢とか志保と一緒に誰かの家で泊まるのだろうと美影の言葉を聞いていた。


「他人事みたいな言い方だね……もしかしてまだ聞いてないの? もうよしくんがいいって言ったのかと……」

「えっ、どう言うこと?」


 美影は少し困ったような顔になる。


「私とあーちゃんがよしくんの家に泊まりに行くことだよ」

「はあ〜!知らないよ‼︎」


 思わず声が大きくなってしまった。


「よしくんのお母さんは助かるって喜んでたけど……面倒を見てもらえて更に家が汚れなくて……そう言ってたよ」

「あの母親は何を考えてるんだ……それに美影の親は何も言わなかったのか?」

「うん、母親同士でなんか楽しそうに話してたよ、久しぶりだったみたいで……」


 美影の返事を聞いて思い出した。


(そうだ……あれだけ写真があったんだ昔の……親同士が仲良くて当たり前だ……)


「絢も同じような感じなのか?」

「うん、そうみたい。私も一緒だから問題ないみたい」

「そうか……」


 絢の母親も俺の母親とはよく知った仲だ。


「それで……よしくんは本当にいいの? ダメなら今からでも中止にするよ」


 美影が不安そうな顔をして俺を窺っているが、そんな顔をされたらダメとは言えない。


「……いいよ、今更、中止に出来ないし……俺も助かるかな……」


 俺の返事を聞いた美影はパッと嬉しそうな顔になる。


「よかった〜、しっかりと準備しておくね!」

「ははは、頼んだよ……」


 安心した美影は急に張り切った感じで俺は笑うしかなかった。まずは家に帰ってから母親に説明をしてもらわないといけない、なんでこんなことになったのか……それと後一番重要なのは俺の部屋を片付けないといけない……いろいろと……大仏が来るのとは訳が違う。

 美影と別れて家路の途中で絢にメールを送って返事はすぐに戻ってきた。でも内容は単純に楽しみにしている感じだった。深刻に考えてるのは俺だけなのだろうか……すごく不安な気持ちが強かった。

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