ナンバーナイン

@aotoren

第1話 プロローグ

「パパ、行ってきます。私にパパの加護を」


「パパ、名無しの事は俺にお任せください」


 その言葉に呼応するかのように、正面のステンドグラスから太陽の光が差し込む。


「パパが微笑んでくれています。名無し、スガリ、そろそろ出発いたしましょう。就任式に主役が遅刻とあっては、示しがつきません」


「そうだな。リノ、馬の準備は?」


「すでに整っております。後は名無し様だけかと」


「おい、行くぞ」


「わかってるわよ。パパ、行ってきます」


 スガリが開いてくれているドアを抜け、外の世界に飛び出す。ここは、アンドロマキア第6領の東端の村フール。人口は100人にも満たない、小さな村だ。


 すぐ隣には大陸最高峰のマイアナ山がそびえており、山を越えたところには強国トロンが迫っている。決して安全でもなければ、便利でもない。だけど、名無しはこの村が好きだ。災害や敵国の侵入におびえながらも、村人同士が助け合いながら日々を暮らしているこの村が。名無しとスガリを育ててくれたこの村が。


 村人全員が総出で名無したちの出発を見送ってくれる。農作業もあるからいいといったのに。名無しとスガリの乗る馬は、村のみんながお金を出し合って買ってくれた馬だ。この村には馬がおらず、安い馬では恥をかいてしまうだろう、という配慮から一等馬を二頭も買ってくれた。さすがに申し訳なかったが、村のみんなは口々に


「出世して返してくれたらええよ」


「名無しちゃんがここの領主になって、この村を栄えさせてくれ」


「病気には気をつけて頑張ってね」


 温かい言葉をかけられると、断るのも申し訳なくなってくる。結局、名無しとスガリは大人しく二頭の馬を受け取ることになった。この馬に乗って、約半日ほど西に進むと王都エクタバーナである。明日は名無しの評議会議員の就任式なので、今日中に出発しないと到底間に合わない。村のみんなと別れるのは惜しいが、名無しとスガリは育ててもらったパパこと、ルルフェンズの仕事を引き継ぐために王都へ向かわなければならない。


 村のみんなに最後にもう一度手を振って、三人は村を後にした。




 王都への道のりには途中で二つの休憩地点がある。国の構造上、第6領は最も東に位置しており、第1領を抜けると王都へ辿り着けるようになっている。第6領で最大の街ハルカンダで昼食を、第1領最大の街カルエアーラで夕食を食べて明日頃には王都に到着できるはずだ。


 ハルカンダには日が真上に来るより少し早く到着した。さすがに第6領の中心街ということもあり、人の波になれていない名無しとスガリは混乱してしまった。リノが素早く飲食店を発見し、その店で軽食をとることにした。簡素な食事を無言のままでむさぼる二人。評議会議員になるまでは給料は発生していないので、もう少しの辛抱だ。


 さっさと食べ終えてすぐに店を出る。途中の出店で水だけ買ってハルカンダを後にした。ここからは砂漠地帯なので、砂に足をとられて馬の体力が奪われる。適度に休憩をはさみながらカルエアーラに到着したころには日はすっかり暮れ、街には飲んだくれがあふれかえっていた。


 そんな街の中心であるコンスタッド正教会で第1領の領主で軍部のナンバーワンであるサンサンバドルと待ち合わせをしている。王都に入るには身分証が必要なのだが、就任式でもらう予定のため、名無しの手元には今は無い。そのため、身分証を持つ人に案内してもらう必要がある。


 その案内役をしてくれるのがサンサンバドルだ。生前のルルフェンズと交友があり、ルルフェンズの子供である名無しの就任式の案内役を自ら請け負ってくれた。


 サンサンバドルはルルフェンズの生前の話をしてくれた。二人はルルフェンズとの生活しか記憶になく、政治や戦争に携わるルルフェンズの話はとても新鮮だった。ルルフェンズの指揮する擬人兵の部隊とサンサンバドル直属の軍隊である聖徒隊は、数々の戦場で目立った成績を残し、サンサンバドルとルルフェンズは評議会のナンバーワンとナンバーツーにまで上り詰めた。


 その頃の王国は非常に安定した強さと、ナンバーツーの政治力による安定した経済によって最盛期を迎えようとしていた。隣国に侵略戦争を繰り返しては勝利し、ここ10年ほどで領土は二倍ほどにまで拡大された。


 王であるフレズベルク家の血筋は大陸中の王家では最も古くから受け継がれており、名実ともに最強の王国として大陸中にその武勇と轟かせた。しかし、


 第42代の国王が感染症の影響で亡くなった。国王は政治や戦争には関わらないが、国の象徴のような存在であったため、一部の民衆の不安な声をかき消すために評議会は侵略戦争を再び行うことに決めた。民衆の関心を国王の死から侵略戦争へと向けるためだ。しかし、大抵の弱小国は侵略し尽くしてしまったため、軍隊の行き先は産業大国プログレムしかなかった。


 プログレムとの戦争では戦況を有利に進めるものの、軍の士気は一向に上がらなかった。この戦争の意義が分からなかったためだ。次第にプログレム軍の最新兵器部隊に押され始め、ルルフェンズは討たれてしまった。擬人兵を失ったアンドロマキア軍は大敗。逆に領土の一部にプログレム軍が侵攻し、賠償金を払うという形で和平交渉するしかなかった。


 この戦争により評議会の権威は転落、評議会の最高責任者であるサンサンバドルは辞任に追い込まれた。しかし、二人の強力なリーダーを失った評議会はますます混乱し、各地での反乱や敵国の侵略に対応しきれなかった。最盛期に獲得した領土の半分を失ってからサンサンバドルを評議会に復帰させ、なんとか反乱や侵略を防いだ。


 そこからは内政中心に行い、ここ10年以上も侵略戦争は行っていない。国の防衛に当たっているのも聖徒隊と擬人兵の部隊のみで、平和な時代が訪れた。


 そんな国の大功労者に案内してもらうのは申し訳なかったが、そうするほかに王都に入る道がないので素直に好意を受け取っておく。サンサンバドルも思い出話をするのは楽しいようで、名無しやスガリの話すルルフェンズの普段の生活に関する話を熱心に聞いていた。


 遅くまで話し込んでしまったので、今日はサンサンバドルの家に泊めてもらうことにした。領主は皆、自身の領土と王都に一つずつ屋敷を構えるのが通例だ。ほとんどは以前の領主の屋敷をリフォームして自身好みの家に作り替える。サンサンバドルは信仰心が厚く、屋敷内にも簡易な教会が設置されていた。




 翌日、まだ日が昇りきらないうちに名無し一行はサンサンバドルの屋敷を出発した。王都への続く関所での手続きなどが複雑なため、早めに出発しないと間に合わないとのことだ。本音を言うと、こんなに気持ちのいいベッドで眠ったのは初めてなのでもう少し眠っていたかった。


 王都にはハルカンダやカルエアーラとは比べ物にならない程の人とモノがあり、それらが目まぐるしく移動していた。そんな街の中心にあるマグノシュタット城にて就任式は行われる。


 城内には先ほどとは打って変わって厳かな空気が流れていた。厳粛な評議会の就任式のためであろう。この年に数回あるかないかの式典のために、大量の物資と食料が運び込まれる。


 評議会の会合が行われる部屋には、既にサンサンバドルと名無し以外の8人が席についていた。全員が部下を二人まで同行することを許可されている。円卓のちょうど向かい側にサンサンバドルが座る。ナンバーワンから順番に言うと、サンサンバドル、アルタイル、クマノミ、サイモン、ゲツレイ、エンデヴァ―、エース、バロン、オムニス、名無しだ。ほとんどのメンバーは自身の情報を公開しないため、噂程度の知識しかない。それぞれの付き人に関してはもっと知らないが、それぞれが相当の実力者なのだろう。名無しやスガリとはまとっているオーラが違う。


 サンサンバドルも今までの雰囲気とは違うオーラをまとっている。ここでの発言一つが国を大きく動かす可能性を秘めているからだ。全員がそろったとたんにドアが閉まり。王が現れる。現国王のフレズベルク家第43代当主擬人兵ぎじんへいが反対方向のドアから現れた。その名前はサンサンバドルさえも知らない。一つだけ国民全員が知っているのは、年齢だけだ。


 国王はまだ成人はおろか、即位できる16歳にもなっていない。しかし、王家の血筋が他は全て女性ということもあって強制的に即位させられた。今までに女性の国王は誕生していない。基本的には王の発言は世話係のフドウによって伝えられる。現状で王に決定権は無いため、問題は無い。王の仕事は役職の任命などの事務的に行われる式典への登壇だけだ。


 部屋のカーテンが開かれ、いよいよ式典が始まろうとしたそのときに、ドアが勢いよく開かれ、一人の兵が飛び込んできた。基本的にこの部屋には評議会関係者と国王やその世話係以外の入室は禁じられている。重要事項の漏洩を防止するためだ。そんな無礼者は即刻処分される。しかし、その兵士が放った一言が状況を一変させる。


「隣国ストレイジングがアンドロマキア第8領に侵攻。その数およそ七千。既にコルタ砦は攻め落とされ、中心街のヘンドーラに向かっています」


 その兵士はそれだけ叫んで、気絶してしまった。

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