第6話 主人公-6

「準備いいよ」という小林の声に応じるように涼子が右打席に入った。気合の入った涼子に負けず気合の入った面構えの小林がボールを投げ込んだ。そのボールは、さっきまでの練習のボールとは違った速球だった。しのぶが驚いている間もなく、涼子は向かっていって空振りした。すごい、と思っているしのぶとは裏腹に、淡々と投球は続いた。そして、涼子の空振りも続いた。ちくしょう、と呟く涼子の声に、しのぶは我を忘れて見入ってしまった。

「はい、そこまで。じゃあ、交代」高松


 涼子はぶつぶつ言いながら打席を下りた。次の恵理奈が打席に入った。初めのボールは涼子と同じような速球だったが、恵理奈が振れないと判断すると小林は少し遅いボールを投げてきた。恵理奈はそのボールを当てるようにして転がした。しかし、しのぶには、そのボールでも速く見えてしまい、そんなボールに対応できる恵理奈が信じられなかった。

 やがて恵理奈も打席を下りて、しのぶの名前が呼ばれた。しのぶは緊張したまま打席に入った。あんなに遠く見えたマウンドが間近に見えてしまった。バットも重くて担いでいるのが精一杯だった。振りかぶる小林の姿が堂々としている。自信に満ちたその投球フォームから繰り出されたボールは、うなりを上げてミットに収まった。あっという間だった。唖然としている間に、ボールは池田から小林に返され、そして次の投球が始まった。と、ボールはミットに収まった。そんなことを何回か繰り返しているうちに、しのぶの番は終わった。終わりだよ、と言われても何が何やらわからないまま、きょろきょろしているしのぶに朝夢見が近づいてきた。

「はい、交代」あゆみ

「え…、ぅん」しのぶ


 朝夢見はゆっくりと、左打席に入った。皆の注目が朝夢見に集まった。静かに構えた朝夢見の姿は、小柄ながらも筋力に満ちあふれた雰囲気を醸していた。小林は、少し緊張した様子で、構えに入った。ゆっくりと、前にも増して慎重なフォームから繰り出された速球に、一閃、バットが舞った。快音を残して、打球は、はるか外野を抜けていった。ボールを追う中沢と林の背中を見ながら、小林は唖然としていた。気を取り直して振り返ると、新しいボールを受け取り、一層気合を入れて振りかぶった。快速球が小林の腕から放たれた、次の瞬間、打球は快音とともに高く舞い上がり、フェンスを越えた。見送る中沢の背中は、誰の目にも、さっきより一層小さく見えた。

 投じるボールをことごとく打ち返して朝夢見は打席を外れた。やんやの歓声が恵理奈やしのぶから上がったが、男子からは何も声が出なかった。

「すっごいじゃない、あんた」リョーコ

「あゆみさん、どうして、いままで野球やらなかったの」しのぶ

賛辞の言葉に照れるでもなく朝夢見はいつも通りにこにこしていた。

「いや…、これは、どうしたら、いいんだ」高松

「仕方ないんじゃない。レギュラーで」池田

「Wonderful! ステキです」サンディ

サンディは叫びながら朝夢見に駆け寄った。しのぶや恵理奈、サンディに取り囲まれて、朝夢見は、さすがにちょっと照れた風であった。ただ、涼子だけは、不満そうにしていたが。

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