ショートショート

玉鋼君璽/いの/イノ

鍛冶師の王子は国に貢献したい

 「適性職業は……鍛冶師です」

 厳かな場に広がる驚きと落胆がさざ波となり、周囲に伝播していく。

 騒然となる原因を発言した男は非常に居たたまれない表情をしているが、原因そのものである俺は特に感慨もなく事実を受け止めていた。 

 わが国では元服の年、十五歳の誕生日前後一か月以内に職業適性試験を受けるのが習わしだ。

 職業適性は生まれた時から持つ先天的才能と、生まれた後の経験や努力によって獲得した後天的才能によって決まる。

 それは例え王族や貴族であっても例外ではない。

 だからこれは俺が生まれ持った才能と努力の結果であり、周囲の臣下である貴族たちの感情などどうでもよかった。

 寧ろこれで態度を変える者たちが出れば儲けものである。

 しかし、鉄などを触れる機会など剣術の訓練に使う模擬剣くらいしかないのに、何故このような職業適性になったのか不思議である。

「王子よ」

「はッ!」

 王たる父から俺への言葉に、体が条件反射で儀礼の動作を行う。

「……己が才と覚悟を持って王国の一助となれ」

「はッ!非才な身でありますが、国と国民の為―――」

 長ったらしく飾りばった長文が舌の上を転がり出てくる。

 まるでそれは格式ばった呪文だ。あ、王の前だから格式張って無いと駄目か。

「――王国の一助となるよう努力していきます」

 よそ事を考えながらも最後の一言まで淀みなく言い終える。

 王は静かに頷くと傍に控えていた宰相が閉幕の言葉を臣下に発し、俺の、第一王子の職業適性発表会(仮)が終わった。

 

「鍛冶師ですか?」

「そうだ」

「王子って鍛冶場に行ったことありましたっけ?」

「三歳から現在に至るまでトイレ以外傍を離れたことの無いお前がそれを聞くのか?」

「(トイレも実は…)」

「ねえ、お前のこと首にしてもいい?」

 言葉でなくとも一瞬漏れた気配に思わず言葉を投げかけてしまう。

 時折側近筆頭から向けられる獲物を見るような目が、とても気になるのだ。具体的に言うと俺の貞操が。

 こいつの職業適性が猟師だと日夜嫌でも理解する。

「獲も…殿下に気配を察せられるとは、私もまだまだ未熟です。ちょっと訓練するのでお暇貰っていいですか?」

「うん、お前は見えるところで管理しないと駄目だな」

 そもそも隠す気ないだろお前。気配漏らして俺がどんな反応するか見てるだろ?

 ドSじゃんお前。

「しかし、王子が鍛冶師となると腰巾着や風見鶏やヨイショとかの態度がどう変わるか気になりますよね」

「別にどうでもいいんだけどな」

 国の運営は組織として安定しているので誰が継ごうが問題ない。

 だからこそ口さがない一部の貴族や市民は、王族や貴族とは偉ぶっていればなんでも思いのままに世界を動かせると思っている奴がいるが、そいつらに短期でもいいから現場研修をさせてやりたい。

「あ、そうか」

「どうされました?」

「俺の職業適性の使い方が思いついた」

「へえ、どのように運用されるのですか?」

 思いついた立案を紙にまとめ上げ、問題点を側近筆頭や側近たちに修正させ、僅か一か月のスピード決議を得て制度として認定されたのだった。


「王子!私が無知蒙昧でしたッ!どうかどうか!お許しください」

「王子!私めは決して王家に反意を抱いた訳ではなく!王家の為を思って行ったのです!」

 制度が承認されてから2年が経過していた。

 俺の足元に這いつくばっているのは、三か月前に俺たち王族に対する誹謗中傷を述べていた貴族と王族は無能と市民を扇動する記事を書いた新聞記者だった。

「はいはい分かった分かった。ほら、立ち上がって。君たちが必要ないと言った王子の仕事が残っているよ」

「こんな、こんな量の仕事出来るわけない!」

「大丈夫大丈夫。君たちも言っていただろ?『王族など飾りでしかなく、彼らの行っている仕事など誰でも出来る!』ってさ」

 両脇を“彼ら”の側近に抱えられ、再度彼らに割り振られた仕事机に座らされ、今度は逃げることの出来ないように拘束具が巻き付けられていく。

「ひっ⁉帰してくれ!俺には家族が家で待っているんだ!もう三か月も帰れてないんだ」

「帰れないのは、君が“王子”の仕事を終えないからだよ。正直俺よりもここにいる時間が長いんじゃないか?」

 うん。まあ、大体分かると思うが、やりたいじゃなくてやってみた結果がこれだ。

 少しでも王族や貴族の実情を体験した者たちの主な反応は三つ。

 まともな感性を持つ奴ならばこれほど割に合わない仕事は無いと投げ出し、残念な頭の奴は思い通りに行かないことに怒り狂い、極一部のドMだけがやりがいを感じる。

 残念ながら彼ら二人はまともな感性を持っていた一般人だったようだ。

「王子。隣国の外交官との会談の時間です」

「そうだな。では行こうか二人の王子。大丈夫。失敗したら『国民に多少の被害が及ぶ程度の問題』なんだろ?安心していくがいいさ。ああ、君たちの顔写真や交渉のシーンはちゃんと国民全員に見て貰おう。撮影班もバッチリさ!」

「「――――」」

 極限まで極まった緊張と過労によって気絶したが、気絶した程度で本来の責務を担った王族や貴族が問題から逃げることなど許されない。

 例え心身がボロボロになろうと、国と国民の一助となるよう身命を賭して問題を解決するのだ。つまり出来なくなった時点で彼らは王族でなくなったのだ。

「王子今回は簡単にへし折れましたね」

「そうだな。おいこいつらを訓練施設に連れていけ、再度鍛え直す」

 やはり精神に不純物が多いと簡単に折れてしまう。

 精神が不純物を含まなくなるまで肉体を鍛え、健全な精神を鍛え上げるしかない。

 小人閑居して不善をなすとはよく言ったものだ。

「いえ、いきなり王城に連れてこられて、王族に不満があるならお前らがやれと言われ、王族の業務を代行させるとかマジ鬼畜ですよ。しかも、その様子を国民に放映するんですもん」

「そうか?だって彼らは散々組織の上の奴は無能だ、なんだかんだと言っていたじゃないか。つまり自分たちなら出来るってことだろ?実際やらせてみて何振りも良い“名剣”や“盾”が出来ただろ」

 王子でありながら鍛冶師の適性を持った俺は、鉄を鍛える鍛冶師ではなく人を鍛え上げる鍛冶師となった。

 鉄の剣を鍛えることは無理だが、剣に等しい切れ味を持つ人を作ることに成功していた。

 鉄の鍛冶師は炉に火を入れ金属の槌で鍛え上げるが、俺は王城と言う伏魔殿に政争という火を入れ他者の感情と言う槌で打ち付け鍛え上げる。

 たまに心がへし折れる奴がいるが、ちゃんと再利用して資源の無駄遣いはしない。

「そうですね。関係各所から喜びと恐怖の叫びが聞こえてきています」

 拘束具から外された二人が引き摺られていくのを見送り、俺たちは外交官との会談の準備をする。

「喜んでいるならいいじゃないか。なあ」

「はっ!その通りであります鍛冶しッ⁉失礼いたしました!王太子殿下!」

 傍に控えていた近衛騎士の一人に話を振ると、王子ではなく鍛冶師と言い間違えを正す。

「切れ味落ちてきたか?なら一回“研い”でおくか?」

 政治とは一瞬の判断ミスで国や国民に被害が及ぶ世界だ。

 ゲストが騎士やメイドたちに無茶ぶりすることなど普通にある。

 その時に適切な対処が出来るかどうかも、雇用主の責任問題にもなる。特にこいつは俺が仕上げた“盾”の一つだ。品物に不備があったら文句を言われてしまう。

 敬礼したまま微動だにしない近衛騎士を他所に歩き出す。

 側近からの視線が痛いが、別に俺は圧政を引いているわけではない。

 今回の“異議申し立て代行制度”は不平不満を上げたなら、それを改善する代案を提出もしくは代行する制度だ。

 この制度議会だけでなく、国民投票でも既決しているのだ。

 ホワイトオブホワイトの制度である。

 今回の彼らだって仕事に必要な知識と技術をちゃんと教えた結果があれだ。

 たまにある、技術も知識も教えないでやれと言うブラックオブブラックではない。

 実際この制度によって才能が開花した数多くの成功例もある。

「いやー国の将来は明るな!」

「ええ、そうですね」

 側近のどこか諦めたような返事を聞きながら、俺は外交官の待つ応接室へと入っていった。










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